第125話 友よ

 妖精帝国ル・フェリ所有のステーション、遠く遥かなるアヴァロンは、まさに楽園のようなステーションであった。


 豊かな自然。狂う咲く花々。清涼なる水質の水場。ここが宇宙である事を忘れてしまいそうな、そんな美しい場所であった。


 本来ならばルルとせっちゃんが喜んで走り回りそうな場所であるが、彼女達はじっと一点を見たまま動けないでいた。


 ここは楽園であり、そして厳かなる霊廟。そう、霊廟なのだ。


「おいおい、楽しそうな顔して笑ってんじゃねぇよ」


 ここまで痛々しく、ズタボロな様子を隠そうともしないタツローを彼女達は見た記憶がない。


 ステーションの中央。装置に安置される二人の男女。片方は耽美な美貌の男性。薄く微笑み、今にも目覚めそうな穏やかな表情で眠るアーサー・ペンドラゴン・ヴェスタリア。もう片方は、王が孤独に一人で死ぬのは寂しいだろう、そんな理由で自ら毒をあおり、王に頬をくっつけて寄り添う王妃グィネヴィア・エメルサス・ヴェスタリア。まるで幸せな新婚夫婦のような姿であるが、彼、彼女が目覚める事はない。


「友ヨ、我ガ親愛ナル友ヨ。先立ツ僕ヲ不甲斐ナイト笑ワナイデ欲シイ。僕モ頑張ッタンダケド、チョッピリ子供ノ教育ヲ失敗シタミタイダ。デモ、コレダケハ胸ヲ張ッテ言エル。僕ハ頑張ッタ。そして力ノ限リ楽シンダ。ダカラ友ヨ、ドウカ悲シマナイデ笑ッテ欲シイ。ソシテ願ワクバ、僕ガヤリ残シタ事ヲ引キ継イデ貰イタイ。友ヨ、我ガ親愛ナル友ヨ。ドウカ頼ム、妖精ヲ救ッテクレ。妖精狂イノアーサーヨリ、タツロー、デミウス、イツカドコカデ」


 装置の前に設置されたプレートには、ポンポツが読み上げた文面と、岩に突き刺さる美しい剣が一振。それを見たタツローは、泣き笑いの表情で、涙をボロボロ流していた。


「きっついなぁ……わざわざ名指しって、きっついよ、アーサーさ」


 かつての友達が遺骸としてそこに存在する現実は、昔話として聞かされた事より、直に心へと訴えてくる。この対面は、タツローとしても予想外で、どんな風に心を整理すれば良いか分からないでいた。実際、一番最初にこの装置の中を見た瞬間、物凄く取り乱したし、何かをデタラメに叫んだりもしたのだ。やっとここまで落ち着いたが、もう何が何やら意味が分からない状態ではある。


 だが、少しだけ落ち着いて友の姿を見れば、それなりに一緒に遊んでいた仲だし、色々と察する事も出来る。この人物のこの手の笑顔は、本当に楽しかった時の笑顔なのは、誰よりもタツローは知っているのだから。


「……でもまぁ……その表情を見る限り、楽しかったんだな……アーサーよ」


 どう見ても寝取られを心配する要素のない、ラブラブな夫婦の姿そのままで寄り添う二人に、タツローは涙を流しながら、へへへと力無く笑う。


「まさか、こいつを大切に持っていたなんてなぁ」


 視線を剣へ向け、タツローはおもむろにそれを引き抜いて見せる。


「俺が作った聖剣エクスカリバー。絶対レーザーブレイドの方が手入れが楽だし、実体剣なんて使い方が難しいって言っても使い続けてたっけ。それなりに頑丈に作ったけど、ここまでキレイに使ってくれたんだな」


 大きな歪みも無く、刃こぼれした様子も無い、新品のような剣を確かめ、タツローは目を閉じる。


「出来れば、お前が生きているうちに会って、またお前とも遊びたかったぜ。でもまぁうん、何でか知らないが、お前と同じ立場になったからな、お前が残した心残りは俺がちゃんと引き継いでやる。だから、その美人さんとあっちでずっとイチャコラしてろ」


 末永く爆発しろ、そんな言葉を呟き。タツローは乱暴に顔を袖口で拭う。


「……はぁーびっくりした」


 痛々しいが、目が離せないくらいには格好良い、実に男らしい表情を浮かべ、タツローは剣を肩に担いで、嫁達を安心させるように、男の子のようにニカリと笑った。




 ○  ●  ○


『説明不足でしたな』

「あー、うん。確かに衝撃だったな」


 上手に笑えているか分からないが、何とかマーリンの気遣う言葉に自然に返せたと思う。俺もまかさ、アーサーの遺体がそのまま安置されているとは思って無かった。


 アーサーも、何か波長が合う感じで、デミウスの奇抜な行動も笑って許せる度量を持ってた奴だから、アイツが自分のクランを作るまでは良くつるんでた。その思い出が一気に駆け抜けて、凄い泣けたわ。うん、びっくりした。ちょっとここまで号泣した経験が無いから、ちょっとだけ恥ずかしいが。


 その恥ずかしさを誤魔化すように、眠っている二人の様子を見ながら聞いてみる。


「仲が良かったんだなぁ」

『ええ、男勝りな王妃でしたな。そして何より、マスターを愛しておられた。長男はアレでしたが、次男と長女、三男四男は優れた資質をお持ちでした』

「……ん? ちょい待て。モードレッド以外にも子供いたの?」

『ええ、ですからすんなり混乱が終息したのですよ? 次男がジゼチェス、三男がオスタリディ、四男がファリアスのそれぞれ初代国王ですから』

「「「「えっ?!」」」」


 何か王権委譲がスムーズだなって思ったが、実際には分割統治みたいな感じだったのか。そのわりにはゼフィーナ達は知らなかったようだが。


『それもマスターの願いでしたから。長男の失敗から、他の子達の重荷にならないように、すんなりヴェスタリアを忘れて新しい世界で生きるように、と』

「あー、あいつ、色々気にしいだったしなぁ」

『ええ全く。ですが長女のシスティーナ様だけは、そういう世界に関わり合いになりたくないと、何処かへ出奔されてしまわれましたが』

「なるほどねー」


 アーサーの横で、静かにだけど嬉しそうに笑う女性を見て、それからシェルファを見れば一目瞭然だ。そのシスティーナという女性はしっかり生き抜いて、その血統を紡いで来たんだろう。何しろシェルファとそっくりだ。


『では奥の院へどうぞ。そこにマスターが目指した真の姿があります』

「おうよ……んで、勢いでこれ引っこ抜いたが、俺が持ってて良いのか?」

『ええ、もちろんです。是非にお持ちください。マスターもさぞ喜んでいる事でしょうから』

「そうか。んじゃ、新しく鞘とか拵えるかねぇ。それに色々と手入れしてやらんと」


 エクスカリバー(アーサーがそう言い張った)を数回素振りし、危なくないよう持ち方に注意しながら、嫁達を呼ぶ。


「旦那様」

「ん? ああ、ごめんな。ちょっと友達の死に衝撃をうけっちゃったよ。へへへ、取り乱しちった」


 へへへと笑うと、ゼフィーナは複雑な表情を一瞬浮かべたが、優しく微笑み頷いた。


「そうか。我々は旦那様が老衰で死ぬまで、死なぬから安心すると良い」

「そいつは頼もしい限りだね」


 彼女の優しさが染みるなぁ。また涙が流れそうになったが、気合いで止めて、奥の院とやらに進む。


『登録をしますので、まずは生体スキャンから』

「おう、頼むわ」

『では』


 遺体安置装置の裏側にある隔壁、そこでスキャニングを受ける。


『……ああマスター! なんという! ああ! なんというっ!』

「んん? ど、どうした?」


 俺と嫁達。ルルとせっちゃん。そして護衛として付き添うアベルちゃんとロドム兄貴をスキャンして、突然マーリンが感激したように歓声を上げた。


『アヴァロンへお帰りなさいませ! 正当なる王妃の血筋たる方! ガラハット卿の血筋の騎士よ! パーシヴァル卿の血筋の騎士よ!』

「「うえぃっ?!」」


 そういやシェルファの説明してなかったわ、と思ったらシェルファだけじゃなくてアベルちゃんとロドム兄貴でも反応がががが。


「おいおい、どーなってんだ?」

「お、おれに聞かないで下さい! おれは親に見捨てられた孤児ですよ?!」

「う、うん。し、知らないです」


 いやまぁ、二人が知らないのは当たり前か。確か、マドカさんが隠居してアルペジオに来てるって聞いてるし、後で彼女に確認すれば何か分かるか?


『これは喜ばしいっ! 王妃様の妖精、ガラハット卿とパーシヴァル卿の妖精も喜びますぞ!』

「……は? え? ちょい待ち、妖精ってそんなに長生きなの?」

『そうですね。寿命的な要素で死ぬ事はないようですな。妖精がその数を減らした最大の原因は、人間の乱獲ですからな』

「マジですか」


 ん? って事は、俺の妖精ちゃんサクナもどこかで生きてたりするのか? これは探さないといかんパターンかしら?


『ささ、どうぞこちらへ』


 頑丈そうな隔壁が轟音を上げて開いていく。この先に妖精ちゃん達の楽園があるようだ。さてはてどんな妖精ちゃんがおるんやら、ダチが目指した楽園とやらをしっかり見てやろうじゃないか。

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