メイド道3 どうしてその時、メイドは動いたか?

 トリニティ・カームへ向かう前の、とある昼下がり。いつものように嫁達はお茶会を開き、何だかんだと作業で忙がしいタツローの代役で、ルル達の面倒を見ていた時の一場面――



 ゼフィーナ達の要望により、ライジグスのプラントで開発が始まった高級茶葉(粉末)。香り高く、自然と甘く、何よりすっきりとした飲み口で余韻も豊かとあり、最近のお茶会ではもっぱらこればかりが消費されるようになった。


 以前は神聖国方面の農業プラントで作られた茶葉を愛用していたが、すっかり自国のお茶に魅了されてしまった。なので、以前ならばメイド達が、その最高の技量でもって提供していたモノで無くなり、その事で最近メイド達が不満げである。


「そんなに不満なら、旦那様に言って粉末じゃなく茶葉の状態で作ってくれ、って提案すれば良いじゃないか?」


 ゼフィーナに言われて初めて気づいたのか、それもそうだと、早速タツローに連絡を入れるガラティア達。そんなガラティア達をのんきに見ていたせっちゃんが、自分を抱き抱えるゼフィーナの方へ、ぐりんと顔を向ける。


「なーなー、聞いてもいいかの?」

「ん? なんだい?」


 自分を見上げるせっちゃんに、ゼフィーナは母性を感じさせる顔で、とても優しく微笑む。


「どうしてタツローと結婚したのじゃ?」

「ぶふーーーーーーーっ!」

「わっ、きたなっ?!」


 不意打ち過ぎた質問に、ゼフィーナが口に含んでいたお茶を吹き出し、近くにいたファラが素晴らしい反射神経で、さっと避けた。


「けほっ?! けほぉっ!? なっ? けほっ!?」


 顔を真っ赤に染め上げ、目を白黒させているゼフィーナを、他の嫁達が生暖かい瞳で見守る。気持ちは分からんでもないが、そこまで動揺するような事だろうか? と。


「ファラでもいいぞ?」

「んー? アタシねぇ」


 せっちゃんは足をプラプラ遊ばせながら、改めてルルを抱え直して座るファラに聞くと、ファラはさして動揺した様子も見せずに、ゆったりルルの頭を撫でながら中空で視線を泳がせる。


「決定的だったのは、ふとした瞬間、消えそうだったから?」

「なんじゃそれ?」


 ファラの言葉は、多くの嫁達の共感を呼び、しかしせっちゃんは意味不明じゃとばかりに首を傾げる。


「うーん、やっと最近マシになったんだけど……出会った当初は、面白い奴ではあったけど、時々、こう、言葉にするのが難しいな……」

「目を離すとどこかに行ってしまうような、誰かが見てないと自分からいなくなってしまいそうな不安定さ、みたいな部分がありましたね」

「そう! それよそれ!」

「それとーガラティアの洗脳ですかねー?」

「失礼ですの! そんな下世話な真似はしませんでしたの!」


 やっぱり分からない、とせっちゃんは咳き込んでいるゼフィーナを見上げる。


「けほっ! あーひどい目にあった……わたしは簡単だぞ、一目惚れだ」

「あ、開き直った」

「うるさいぞ? っていうか、もうやる事やってる夫婦で、何を恥じらう必要があるんだと気づいただけだ」

「惚気ですねー、あのゼフィーナ様がー」

「お前だって一目惚れだろうに」

「まぁーうちの部隊は出会いが出会いでしたからー、もうーあれで盛り上がっちゃってー」

「アルペジオの事を聞いた時は、あ、これ逃したらダメな奴、って覚悟決めたもんなぁ」

「そうそうーまさしくそうですねー」


 そっちはとても分かりやすい。せっちゃんはうんうんと頷いて、ガラティアを見る。しかしガラティアは、ちょっと苦しそうな表情を浮かべていた。


「あまり、言いたくありませんの」

「何故じゃ?」

「うーんですの」


 せっちゃんにじっと見られ続け、ガラティアは根負けしたように溜め息を吐き出し、立体ホロモニターを立ち上げると、一枚のフォトグラフを表示する。


「ん? 誰だこの気持ち悪い感じの男は」


 ゼフィーナが不快感丸出しで言う。それも無理は無い。不潔そうなボサボサ頭に、不健康そうな青白い顔色、目の下には大きな隈があり、青い無精髭に血走った瞳。その瞳は死んだ魚の目のように精気が無く、表情もどこか作り物っぽい感じがする。全てが絶妙に気持ち悪く感じる、そんな男性だ。


「なんだ、タツローではないか」

「「「「ぶふーーーーーっ?!」」」」


 ゲーム時代のタツローのアバター。プロフェッサーと言えば、この絶妙に気持ち悪い男の代名詞であり、ゲーム内掲示板ではキモ男の名前で呼ばれていた人物だ。


「え? ちょ? はぁっ?!」

「なになになになになに?! 天変地異?!」

「え? ちょっと? え? 何?!」


 もれなく大混乱である。しかし、せっちゃんがゲーム時代の事で、現在は多分、ゲームの外、現実世界の影響で本来の姿に戻っているだろうから、気にする必要もないだろう、と説明されて何とか収まった。


「見てもらえば分かりますが、第一印象が最悪でしたの。だからずっと自分の主人を嫌ってましたの」

「「「「……」」」」


 いや、そりゃぁ、これじゃぁねぇ、と誰もが同情する。


「でも、当初から中身は今のタツローでしたの……かなり、卑屈でネガティブでしたけど、本質的には同じでしたの」

「「「「あー」」」」


  ガラティアが何を気にしてるか、嫁達は気づいた。気づいて、それを気にするのは無駄じゃないかなとも思った。今のタツローは、きっと、絶対、それを笑って流すだろうと誰もが確信していた。


「だからガラティアは全身全霊をもって、ご主人様を幸福にしなければ気が済みませんの!」


 なるほど、結構なタツロー原理主義はここから来ていたか、意外なところで原因を知ってしまったと、ゼフィーナ達は苦笑を浮かべる。


「ふーむ、やはり結婚というのは良いモノなんじゃなぁ」

「なぁに? せっちゃんも結婚したいの?」

「ん? 我はもうタツローに嫁入りしているようなものじゃぞ?」

「へ?」

「感情型のAIが制御権限を渡すというのは、そういう意味じゃぞ?」

「はい?」


 せっちゃんのカミングアウトに、嫁達はマヒロに視線を向ける。視線を向けられたマヒロは、きょとんとした様子で、そんな事常識では? という感じに頷く。


「……ちょ、ちょっと待って、じゃ、じゃぁ、アビ――」

「「「「それ以上いけないっ!」」」」


 気づいてしまったファラが、思わずといった感じに呟くと、他の嫁達が一斉にそれを止めた。


 そんな感じでお茶会は微妙な空気感のまま、終了時間まで続くのであった。



 後日、タツローから感情型AIの制御権限うんぬんの話を確認した嫁達。すると、アビゲイルの権限はタツローじゃなくて別の人物、TOTOという老人がマスターで、タツローはあくまでもサブマスター的な権限であることが判明し、嫁達の平和は守られた事をここに追記する。


『あらんやだん、いーけーずぅーですのん』

『お姉様、チャンスはいずれ』

『パピヨンちゃん、ありがとぅーですわん』

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