第115話 トリニティ・カーム
平面的に見て、帝国領域で最も南東に位置しているのがアルペジオである。こちらは完全に共和国領域との国境線とあって、地方貴族からはハズレとされている宙域でもある。
では南西はどうだろうか? こちらもアルペジオに負けず劣らずのド田舎辺境であり、帝国辺境部南西の出身などと自己紹介しようものならば、中央貴族は鼻で笑い、同じような地方出身の貴族達ですら下に見る、そんなアルペジオと同じような扱いの宙域だ。
だが、南西出身の貴族達は逆に中央やら他地方の貴族を馬鹿にする。お前達は何も知らない。中央貴族の中でも上位に位置する高位貴族達は、南西出身だと分かると、諸手を挙げて歓待するのに、と。
なぜ上位貴族達は歓待するのか、それは南西の貴族達は常にトリニティ・カームと格闘しているからだ。
トリニティ・カーム。つまりはこちらで言うところの三連恒星、三重恒星が存在する星系の俗称である。意味は三死の凪。超重力で潰され、超磁力で狂わされ、電磁パルサーで焼かれるという、絶対の死が約束された凪という恐ろしい名称だ。
しかし南西の貴族達は凄かった。
発端は皇帝。彼が何も考えずに突っ込み、散々迷いまくって出てきた時に、その船体に付着していた物質、これこそが貴族達を奮起させた。
その物質は、トリニティガスと呼ばれ、トリニティ・カーム内部でしか採集できない特殊触媒である。この触媒の力は、化け物のような高効率でエネルギー変換を助ける能力を持っていたのだ。
彼らは戦った。超重力に潰されない採集船を、超磁力に惑わされない防護シールドを、電磁パルサーに焼かれない方法を、創意工夫と試行錯誤を繰り返し繰り返し、ついに彼らは成し遂げた。トリニティ・カームの浅部であるが、なんとガス採集ステーションを建造してみせたのだ。
これにより帝国のジェネレータが数世紀進む事となったのは歴史書にも書かれた事実であり、南西貴族達の誇りである。
「だんべよ、あぶねぇっていってんべっ! おらたつぃ(達)の、じさまのじさまのじさま、そらぁいっぺぇ(いっぱい)いつぁ(いた)ごせんずぅ(先祖)さんたつぁ(達)が、いっぺぇ(いっぱい)どりょぐ(努力)して、やぁっといけたっぺよっ! やめどげやめどげ(やめろやめろ)!」
そんな話を、目の前のクララベル子爵閣下から聞かされたんだけど。いやぁ、南西訛りっていうらしいんだけど、脳内変換も限界があるっつうのっ! もう言語体系が別の国の言葉じゃねぇかってくらい分かんねぇ!
冗談でアニメとかで、関西弁に日本語字幕付けるジョーク演出があったけど、今、切実に、すんごい、字幕が欲しいっ!
「ですから、皇帝陛下と同じ船の、同じ素材で作られた探索船を持ってきてるので、領内を通る許可を頂ければ」
んで先程から辛抱強く、うちの第五分隊の司令であるアッシュ四等大翼士が説得をしている。
彼、裏のルートを使って秘密裏にサンライズへ亡命してきた元共和国のレッドネーム部隊の隊長。本人は隠せてると思っているようだけど、甘い甘い、ちゃんと裏は確認するのだよふっふっふっ、俺達も成長したなぁ!
まぁ、レッドネーム、懲罰部隊とは言われているけれど、まともなのが原因で捕まったっていう、心底アホな理由だったし、彼らの戦績を見るに、これをよくぞ使い捨てにしようとしたよ、と呆れるばかりだったので、おいしく迎え入れた。身重のお嫁さんと、多感な娘さんもいるから、しっかり福利厚生は手厚く保護してやったぜ! ドヤァ。
いかんいかん、あまりの訛り具合に現実逃避をしてしまった。
「隊長、グランゾルト閣下の親書を見せれば良いのでは?」
「あ、それもそうだな。すまん。子爵閣下、こちらを」
アリアンちゃんの親書に目を通したクララベル子爵はその後も引かず、結局、南西貴族と繋がりが強い、ウルティナ・キソソ・ブエルティク経済卿と通信を繋げて説得、通行許可を貰うのにまさかの三日を要する事となった。
しかし凄かった。怜悧っぽいバリバリのキャリアウーマンって感じのウルティナ女史が、まさかの訛り全開で説得し始めた時は、腹が捩れるくらいの衝撃であった。うん、あの時間を良く笑わずに耐えられたよ、俺。
「すみません、手間取ってしまい」
「どんまい。いや、しっかし、うくくくくくっ、貴重な体験をしたよ」
「そうですね。自分も何を言っているか理解不能でした」
アッシュは鉄面皮なのか、一切表情がピクリとすら動いていなかったのが凄い。一応、笑いを堪えてはいたらしいんだけど、俺から見ると凄い涼しい顔してたんだよなぁ。
さてはて、今現在俺がいるのは第五分隊スラッシャーズ。その旗艦の高速戦艦ブラック・シザーに俺は乗り込んでいる。編成は重巡洋艦一隻、巡洋艦二隻、補給艦一隻、そこへ更に試験工作艦アイアンハンマーを一隻追加して、トリニティ・カームへと突き進んでいる。
「とと様? うみょうみょしてる」
「複雑な要素が重なりあって、空間が歪んで見えるんじゃなぁ。見てると不安になるのぉ」
「スリーディーショック! ダゼ」
「いやそれは違うだろう。つか、お前と言い、ルルと言い、どこでそういうネタを拾ってくるんだ?」
「企業秘密ダゼ!」
「「だぜっ!」」
全く、ルルとせっちゃんのお陰で緊張感も何も無くなるわ。まぁ、緊張でガチガチになるよかええけども。艦橋のオペレーター達も笑ってるから、良きとしよう。
「オジキ、本当に大丈夫なのか?」
「傭兵団時代は、あそこは絶対近づくなってガイツさんが注意してましたよ?」
「帝国本星では、絶対の死の象徴ですね」
今回、申し訳ないが俺と付き合うはめになったカオス君と恋人達が、モニターを不安そうに見ている。
「大丈夫大丈夫。ちょっと癖の強い、操縦性の悪い貨物船で、激しい戦闘機動をする程度の難易度だから、簡単簡単」
「「「「それは簡単とは言わない」」」」
心配性だなぁ。何ならライジグスの翼兵の子達でも、中を飛ぶ程度ならば出来ると思うけど。
「隊長、アイアンハンマーから通信」
「繋げ」
「繋ぎます」
『陛下っ! ちょ、ちょ、ちょ!』
「ちょこぼーる?」
『違います! 何ですかここ! レアな金属の反応があっちこっちから!』
「ああ」
試験工作艦アイアンハンマーは、ブルーエターナルのデータをブラッシュアップして新造した船で、今現在はレイジ君肝いりの試験的技術士官を乗せて、試験運用中である。もったいないからやれる事はやろうぜ! の精神で急遽決まった。
それで通信でハッスルしているのが、その技術士官を将来的に束ねる長となる逸材、クルルちゃんという女性だ。つまりトランジスグラマーでメガネキャラの彼女が、アイアンハンマーの艦長である。
典型的な研究馬鹿であり、サンライズを解放しに行った時すら、その騒ぎに全く気づかず、研究室に籠り続けた筋金入りである。そして、帝国ではかなり有名な天才だとか。
『か、か、か、回収っ!』
「いや、やめとけ」
『何故にっ?!』
「いや、キロトン単位で回収して、実用に耐えるレベルの金属を抽出したら、ナノグラム程度しか取れんぞ?」
『へ?』
「つまりここらで漂ってるのは粗悪品」
『がびーん』
いや、がびーんって……面白い娘さんだ。
「「がびーん!」」
「いやまぁ、君らがやると可愛いだけなんだけどもね」
可愛い娘ちゃんだ。
「ちゃんと粗悪品じゃない塊を採掘してくっから、それまでちゃんと試験運用のチェック項目をこなすんだぞ?」
『本当ですね! 絶対ですよ! 嘘だったら正妃様と側妃様と才妃様に嘘吐いたって、有ること無いこと告げ口しますからねっ!』
「いや、無いことを言うなや」
『絶対の絶対の絶対だかんねっ!』
「うおぉーい、話を聞けー?」
言うだけ言うと気が済んだのか、通信が一方的に切れた。その様子にアッシュが頭を抱え、カオス君がちょっとピクピク青筋を立て、カオスラバーズがクスクス上品に笑う。何だかな、空気が緩いぜ。
「とと様のかんせんりょく!」
「なるほどのぉ。確かにタツローの側にいると緩む」
「アル意味デノ、パンデミック! ダゼ」
「うるさいよ。つか娘ちゃんよ、君まで俺の心を読むなや」
「ええー、とと様、ばればれだよ?」
「そうじゃのぉ、凄い顔に出るしのぉ」
うぉぉぉ、まさかの子供にまで言われるとはっ! ちょっとショック! つか、俺ってそんなに顔に出るの? リーマン時代、能面みたいで気色悪いってのは良く言われたけど。
「あー、陛下。そろそろ分隊の待機ポイントですが」
「任せるよ」
「はっ! 予定通り、指定ポイントへ向かえ」
「了解、作戦指示通りのポイントに向かいます」
さてはて、あのバカはどこで遭難しているのやら。見つけたら絶対あの顔面に拳を叩き込んでやる!
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