第113話 帰ってきたぞアルペジオ だけど問題は多い……

 アルペジオよ! 私は帰って来たっ!


「はいはい、タッ君はこっちねー。あ、君がレイジ君ね。君もこっちよー」

「いやちょっと?」

「え? 僕も?」


 宇宙世紀の悪夢ごっこをやってたら、待ち受けていた側妃に連れられて執務室へ直行。そこには真っ白い物体が積まれていた。


「はい、頑張って処理しましょうね」

「ん?」

「処理?」


 とりあえず白い物体に手を伸ばせば、それはコピー用紙みたいな紙で、色々な数字やら文言やらが……


「書類仕事って事?」

「イエス!」

「え?! 何で紙?!」

「データパレットだと危機感が出ない。どれだけ仕事が滞っているか実感しにくい。緊張感が出て仕事に取り掛かれるから」

「「……」」

「はい、こっちはこっちで忙しいんです。こっちは是非に二人で処理してください」

「「マジかよ?!」」


 というやり取りがありまして。そしてその日から隔日でずらしながら時間加速を使用してやっているんだけども、終わらない。それもこれもあれもそれも――


「ちょっとお父さん、帝国本星に行ってきてもいいかな?」

「気持ちは分かりますがヤメテ」


 原因はコロニー公社である。いや正確には、だった、か。


 前にアリアンちゃんが来た時に、公社の行っている杜撰な管理形態やら業務を、ちゃんとした証拠となるデータを渡して、おまけにクヴァース時代のアルペジオで私腹を肥やしまくってた奴らも引き渡したのだが、またあの皇帝バカがやってくれた。コロニー公社をその場で切りやがったのだ。唐突に、思い付きのように、何の予告も無く。そうしたら当たり前だが、切られた奴らがコロニーやらステーションやらを占拠しやがったのだ。今や帝国辺境部は内乱状態の下克上上等状態である。


 無論、即、アリアンちゃんには正式な抗議という名の必殺遺憾の意を発動したのだが……


『初めまして、帝国で七大公爵などと呼ばれている一角を担っております、ミレーネ・ナドゥエ・ガムティガエと申します。ミレーネとお呼びください』

「アリアン殿は不在だろうか?」

『ただ今、皇帝陛下のちょうきょ……教育中で手が離せません。申し訳ございません。ですが、ライジグス国王陛下から賜った例のアレ、とても有効活用しております。ご懸念の皇帝陛下のやらかしも、これ以上は出来なくなると思われます』

「あー、そっちでも公社関係はさすがにアウトだった?」

『お陰さまで、愛しい旦那様に三週間近く会えてません。連日の徹夜仕事で美容関係が疎かになっておりまして、わたくしも教育に参加したいくらいでして』

「あ、ああ、うん、ガンバ」

『ありがとうございます。ですので、申し訳ありませんが、後日、改めまして謝罪と賠償関係の使者を送りますので、それでご容赦いただけたらと』


 というやり取りがあり、お互い被害者だし、それでギスギスするのも違うよね、という事になりました。というか、あまりにミレーネさんが怖すぎて、それ以上突っ込む勇気が俺にはなかったとも言う。


「とりあえず、ガイツ特務光翼士に制圧を依頼してますし、比較的近場は新加入の元傭兵の実地訓練として向かわせてます。ライジグス関連はそれで落ち着くはずですから」


 書類仕事のほとんどのウェイトが、レジスタンス気取りの元公社の奴らのやらかしなので、こっちはこっちで一応の対応策はやってはいる。全然、書類が減らないが。


 だがしかしかし、問題はそこで終わらない止まらないやめられない。


「だって、それで終わらないじゃん」

「そうなんですよねぇ」


 何が問題かって、共和国の内乱が問題をややこしくしているのだよ。


「やっぱり追い出された共和国負け犬軍団の溜まり場になってる?」

「溜まり場程度ならかわいいモノですよ。問題は、そいつらを使って色々やらかす辺境貴族達の暴走で……」

「両方ろくでなし集団じゃねぇか」


 帝国の辺境部にあるコロニー公社のお得意先、共和国の軍部なんだよ。上得意って訳ではないけど、結構パイプは太い感じ。だもんだから、行き場を無くした共和国敗残兵という名の脱走兵達が、こぞって辺境のコロニーへと集結している感じなのだ。んでそいつらを憂国の同士だとか何だとかで持ち上げて、帝国軍と戦わせるっちゅう感じ。貴族と公社からしたら、懐が痛まない即戦力、という訳だ。


「まともな貴族はおらんの?」

「居ますよ……すんごい少数派ですけど」

「各個撃破されそう」

「そっちは優先的にエッグコア隊を送りました。評判は良いですよ」


 さすが宰相閣下である。俺が書類仕事にひーこらしている間に、そこまで手を回していたとは、頭が下がる。


「となると、その内、同盟関連からヘルプが来そうな感じがする」

「同感です」


 何つってな、あははは、と笑いながらイソイソと書類仕事に戻った。まさかこれがフラグになるとも知らずに……




 ○  ●  ○


 あれほど執務室を圧迫していた書類が消え、やっとこさアナログからデジタルに戻り、普段の仕事もデータパレットで済ませるレベルに回復するまで、実に時間加速込みだと五年、実際には一ヶ月の時間が必要であった。どんだけー。


 いや、マジで大変だった。夫婦の時間が取れねぇって嫁達はキレる。レイジ君ちの嫁達からもせっつかれる。ルル達年少組から冷たいと泣かれる。せっかく楽しみにしてたのにと、せっちゃんにぽかぽか叩かれる。マジで地獄であった。


 だが、俺達はやり遂げた! やり遂げたのだよ! これでやっとこさ嫁及び子供達への家族サービスが! とか思ってたんだよ、ついさっきまで。


 えーっと、覚えておいでだろうか? 疲れきって、軽口叩くように言ってしまったアレである。


 そう、一ヶ月前に俺とレイジ君が建築してしまったフラグを回収する瞬間が、まさかの全てが片付いたその日に来やがった。


「ご無沙汰しております」

「……」

「あ、あのー、やっぱり怒ってらっしゃる?」

「怒ってはいない、怒ってはいないが……厄介事の匂いがな」

「……あは、あはは、あははははははは」


 王様モードの俺の前には、仰々しい菓子折り(帝国で一番のパティシエの焼き菓子だとか)を押し出し、ぎこちない表情で笑うアリアン・ファコルム・グランゾルト。そしてその横には、嫁達から苦労人と評価されしスーサイ・ベルウォーカー・ダンガダムが、青白い顔で座っている。これだけで、厄介事の匂いがプンプンしやがるぜ。


「それで、今回は謝罪と賠償の事か?」

「ええっと、それも含まれます」

「……本題は?」

「皇帝陛下が逃げました! ごめんなさい!」


 ジト目で追求したら、あっさりゲロったアリアンちゃん。


 前回アリアンちゃんに、あの野郎を大人しくさせ、かつ躾を行う方法を伝授したのだ。彼女はそれを使って、調教に近い再教育をしていたらしいのだが、執務で少し目を離した時を見計らい、あの馬鹿が逃走。しかも、特殊なエネルギー磁場がある宙域へ逃げ込んだらしく、帝国の艦船ではそこに行けないらしい。さらにさらに、その事が外部へ漏れ、下克上な辺境部が皇帝不在を追い風と見て、行動が激化するというおまけ付き。スーサイの顔色が悪いのは、あまりの激務に休む暇がないらしい。


「あの野郎……」


 マアマァッ! とか泣きながら逃げていく姿が安易にイメージできらぁな。


「大変お恥ずかしい事なのですが、その特殊な磁場の宙域でも行動できる方法を、ご教授いただければと」


 アリアンちゃんはひたすら恐縮しながら、平に平にーと頭を下げまくっている。


「その宙域とは?」

「ええっと」

「グランゾルト様、こちらです」

「ああ、ありがとうスーサイ殿」


 スーサイからデータパレットを受け取ったアリアンちゃんが、俺にそれを渡してくる。データパレットに目を通せば……


「まぁーた面倒臭い場所へ逃げ込みやがって」


 宇宙だから色々な星系が存在するんだが、一番面倒くさいのが三色恒星系と呼ばれる宙域だ。これはゲーム時代にそう呼ばれていたので、本当にそういう星系があるかは知らなかったが、どうやらこっちにはあるらしい。


 三色恒星。つまり、超高温の恒星、それよりは冷たい恒星、最も冷たい恒星の三つが同じ星域内に存在する星系で、超重力やら超磁場やら電磁パルサーやら色んなモノが複雑に絡み合った宇宙空間で最も危険なデッドゾーンである。


 確かにあの馬鹿が乗っている船なら、そこも問題なく入れるけれども……あいつの腕で、切り抜けられっか? 結構難しい空間だぞ、ここって。非常識の塊であるデミウスですら、行きたくない、って言うレベルの場所だ。


「技術的な問題を解決出来ても、まず間違いなく二次遭難すると思うが」

「……ええっと、皇帝陛下は遭難していると?」

「だってあいつの腕で、ここ、切り抜けられねぇもん」

「えっと?!」

「あ、げふんげふん、失礼。色々と難しい場所なのだよ」


 思わず地が出てしまったが、わざとらしく誤魔化しつつ、何が難しいかを説明。今度はアリアンちゃんの顔色が土気色に。


「そうだな、皇帝の使用しているレガリアと同型の船を貸出ししよう。それで皇帝は戻ってきたと偽装しよう」

「え?」

「その間に、こちらの精鋭で皇帝の探索をする。もちろん、それなりの報酬は貰うがね」

「え? え?」


 混乱しているアリアンちゃんの代わりに、スーサイ君がお願いしますと言ってきた。うん、お願いされましょう。


 ふっふっふっふ……これで合法的に、あの野郎の顔面に拳を叩き込めるぜ。


「まぁ、なるべく急ぐが、それまで帝国内のゴタゴタを何とかしてくれ。こちらにも被害が出かねんのでね」

「は! ありがとうございます!」


 こうして、家出した皇帝を探す仕事を俺は請け負ったのであった。ちゃんちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る