閑話 恐怖の帝国貴族令嬢淑女模範規約
マダムバジュラの話題が出た繋がりでの、お茶会の続き――
「しかし、マダムの話題が出たからではないが、帝国貴族令嬢淑女模範規約という悪法はどうにかならないのかね?」
「無理でしょ。アタシらの祖母世代だと、あれは完全にあるべき姿なのよ? ギリギリ母親世代でおかしくない? って感じてるってレベルだし」
自らを黄金の輝きを秘めたる世代、ゴールドエイジなんて呼称する世代の大局を思い出し、盛大に顔をしかめるファラに、ゼフィーナも心当たりがあるのか、疲れた溜め息を吐き出す。
「そんなに酷いのですか?」
「ああ、そうね、シェルファは一般のコロニストだったわね。そうねぇ……例えば、家で父親と会話する時は、必ずある一定の距離から話すのが美しいって決まりがあるのよ」
「え?」
「身内であろうと、男性の一定範囲内に近づくのは恥、なんて決まりもあったなぁ」
「は?」
「家の為にー常に美しくー正しくー可憐でいるーなんて決まりもありましたねー」
「冗談ですよね?」
「「「冗談に見える?」」」
「アッハイスミマセン」
予想してたよりずっと悪い内容に、瞳から輝きが消えたファラ達の様子で、それが真実であると悟るシェルファ。会話に参加せず、何となく聞いていた元一般人な嫁達も絶句している。
「一番最悪だったのは――」
「父親が決めた相手とは必ず結婚し――」
「どのような相手であったとしても――」
「不平不満を口にせず――」
「家の為に納得せよ」
「クソがっ!」
本当に最悪だったのだろう、普段だったら絶対に見せない表情や口調で、元帝国貴族令嬢達の暴言が止まらない。そしてその語られる内容に、一般ピーポー側だった嫁達の絶句が終わらない。
「で、問題になったわけよ。クソ野郎のクソ貴族に嫁いで不幸になりました、心を病みました、その挙げ句に自殺しましたって子達が増えて増えて。アタシはそれを見て、あ、この国もうダメだ、逃げよう、って決意して逃げたのよ」
「で私達は、ファラ姉様の行動で、実は淑女経典には穴だけしかないんじゃないかって気づいて、そこをつついて帝国士官学校へ逃げたって形だな」
「まあーあれもー執行猶予みたいな感じでしたけどもー」
「……何て言うか、大変だったんですね」
「大変ってレベルで語られるモノじゃないわよあれ。最近だと帝国貴族で晩婚化が進んでるのは、経典の弊害だって言われてるし」
「離縁をしたがる夫人が多いって言われてるな。家庭に無関心な夫が嫌になったとか」
「我が家ではーほとんど形式上の家族でしたからー、家庭に夢や希望を見ないですよねー兄様達も言ってましたしー」
「うわあ……」
結構な大きい器を持ち、結構エグいレベルのやらかしでも、そんな時もある、の一言でさらりと許してしまうようなタツローが、それこそなぜに蛇蝎の如く嫌っているか、その理由が見えたように思うシェルファだった。そして、帝国貴族出身の嫁達が、タツローにここまで惚れ込んでいるのかも、すっごく理解出来た瞬間でもあった。
「あれ? でも、そんなにイっちゃってる悪法なら、もっと昔から問題にならなかったんですか?」
「そこに関係してくるのは、皇帝至上主義とされる貴族の存在ね」
「皇帝至上主義ですか?」
「そうだな。皇帝陛下を尊敬して、皇帝陛下の臣民として常に己を厳しく鍛え上げ、帝国人としての模範を示し続けなければ陛下への不敬である、っていう過激派だな」
「か、過激派?!」
「当人達が行ってるー訓練が過激って言う意味でー、その当人達が過激っていう事ではありませんよー?」
「あ、そうなんですね」
「ようは昔の貴族男子は、タツローみたいなストイックな良い男が多くてね、どんな家に嫁ごうとも不平不満なんて出ようはずがない、っていうのが大多数だったって事よ」
「まぁ、皇帝陛下が武威を示す場面というのが減少した弊害だろうな」
「緊張感のー欠如ってヤツですねー」
やっぱりそこにも皇帝が関わってくるのか、良くも悪くも帝国は皇帝の存在が大きすぎるのが問題だ、という本質にシェルファは気づき、そうなるとライジグスも似てるのかしらと不安になる。
「安心なさい。ライジグスはそうならないから」
「へ?」
ファラに言われ、顔に出てましたか? とペタリペタリ表情を確認するように触れるシェルファに、ファラはニヤリとタツローのような表情を浮かべて、その手を握りしめる。
「いつもより可愛いよ」
「あ、どうも」
「うっすいわねぇ」
「笑い方は似てましたよ?」
「ありがとう」
「それで、どうしてならないんですか? 結構タツロー頼みな部分が多いと思うんですが」
タツローの真似をして滑った自覚があるのか、咳払いをしてからシェルファの問いかけに答える。
「なるわけないでしょうに。皇帝は結局は個人なのよ。そして我らの旦那様は、ちゃあんと国家、多くの人っていう単位で考えているのよ。あんな武力しか使い道が存在しないヤツと一緒にしないでよ」
「「「「ニヨニヨ、ニヨニヨ」」」」
結局はファラの惚気になり、聞いていた周囲の嫁達が同じ顔で笑い、同じ顔で見る。そんな仲間へ、しゃー、と威嚇をしながら照れ隠しをするファラ。そんなファラの言葉に、シェルファはなるほどなぁと納得するのであった。
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