第105話 嵐の前の……

 Side:苦労人スーサイ・ベルウォーカー・ダンガダム大公爵


「いやマジで勘弁してくれ。帝国にいた頃とは、君らの学生時代の頃とは状況が違うんだよ。相手は本当の王族なんだ。しかも皇帝陛下は同等であると認めていらっしゃるんだ。今回は向こうが矛を引いてくれたが、本来なら君の首が飛んでいた可能性だってあったんだ。分かるかい?」

「……はい」


 アリアンからダンガダム大公爵の娘と結婚し、彼女の軍事卿としての責務を補助せよ、という命令を受けた時は何の冗談かと思ったものだ。しかし、あれよあれよと怒涛のごとき勢いで状態が進み、気がつけば本当に結婚していた。幸いだったのは、相手のプラティナムがスーサイに惚れ込んだところだろう。お陰で、強制見合い結婚で仲睦まじい夫婦、というなかなかお目にかかれない関係を築き上げている。


「それに、今回のサミット。ライジグス宰相の発案、そこからのフォーマルハウトへの流れ……あれは完全に彼が描いた形だ。あれだけでも、あの国を敵に回すのは危険って分かるだろ?」

「……はい」


 サミットが終わり、式典もつつがなく終了。今は各国外交官を交えた晩餐会を前にした休息日というか、変化したルナ・フェルムを見て下さい、的な時間だったのだが、あまりにプラティナムの落ち込み具合が酷かったので、フォローと釘刺しの意味で、改めての注意喚起をしているスーサイ。


「同じ帝国人、帝国貴族出身者だから、プラティーが浮かれている気持ちは分かる。そう思ってくれているのも嬉しい。これは本当だ」

「旦那様……」


 自分をキラキラした瞳で見る、本来ならば高嶺の華であるべき令嬢の姿に、スーサイは嬉しいのと同時に複雑な感情を抱く。


 皇帝が迂闊な発言をした事で制定された、帝国貴族令嬢淑女模範規約。通称、淑女経典は、色々と問題のあるモノである。それは内容を義務教育課程で知る事になる貴族子息達ですら、同情なりドン引きするような内容なのだ。自分の妻となった女性が、ほとんどそのくびきから解放されて、ちょっとしたハイテンションになっている事も、ああ仕方ないね、と思えるくらいの理解はある。


 自分を、自慢の旦那様、と自慢して回りたい彼女の気持ちはありがたいのだが、やはりそこは相手を選んでやってもらいたかった。


「後で正式な書面で、あの二人に謝罪をしてくれれば良い。ライジグス王国へは、自分から謝罪をしておくから」

「はい、お手数をおかけしますわ旦那様」


 気にするなの意味を込めて頭を撫でれば、彼女は見た目以上に幼い表情で笑う。これも淑女経典の弊害だ。あの心得と言う名の呪縛は、多くの貴族家庭の親子関係すら歪めてしまったのだから。


「せっかくホスト国の方で機会をいただいたのだから、ルナ・フェルムを見て回ろう。プラティーの気張らしにもなるしね」

「旦那様!」


 抱きついてきた嫁を受け止めながら、ニヤニヤと笑ってこちらを見ていた同僚達に睨みを利かせると、同僚達はわざとらしい咳払いをしながら、的確な指示出しをして警備体制を整えていく。このお出掛けで嫁の気持ちが少しでも軽くなれば良いなぁ、と思いながらスーサイはプラティナムをエスコートするのであった。




 ○  ●  ○



 Side:ルミエ・ユリ・エフリオ


 雑然とした活気と情熱溢れる自由商区と、秩序だってジャンル事に専門店的な店が並ぶ商区、その二つを見られる場所に立つ美女。


 神聖国では一般で伝統的な衣装を、まるでドレスのように着こなすその美女は、面白そうにその光景を眺めていた。


「陛下。もう本当に勘弁してください」

「これこれカラカス殿、私は神聖国外交官のルミエですのよ」

「マジで勘弁してください」

「ほっほっほっほっほっ」


 ばさりと芸術的価値が高そうな扇子を取り出し、上品に口許を隠しながらルミエと名乗った女性が笑う。


「しっかしまぁ、これは喜んで良いのか悪いのか」

「強固な同盟関係になったのですから、その同盟国の国力が増したという意味では歓迎すべきです。ですが、商売相手として手強くなったのは痛いですね」

「そうよなぁ」


 大商人という釘は抜け落ち、統制されながらも自由に商売が出来る環境、上手く立ち回ればいずれは大規模な商会へと至れる、という将来性の提示。国民の意識改革、目に見えない差別意識への切り込み、なーなーで済ませていた部分の明文化。それらが確かな熱量を持って国民自身が推し進める改革として歩き出している。


「これをあの小娘が描いて進めているのなら、最大級に警戒をすべき相手だが」

「レイジ・コウ・ファリアス宰相閣下ですか?」

「……本当に頭の痛い話よなぁ。まるで昔の英雄譚ではないか。優れたる王の膝元へ、きら星のごとき英傑が集結する。ほっほっほっほっ、ロマンじゃの」

「笑い話ではありませんよ」


 神聖国の諜報機関である『風の囁き』からの報告では、あのルブリシュの遺児を取り込み、彼らの支援を対等な立場でしているというのもあったし、多くの良識ある、ある意味での統制がとれた暴力集団の傭兵団もガンガン引き込んでいる。国として見た場合、今現在最も警戒すべき国だ。その危険度は帝国を凌駕する。


「船もそうだが、問題は他にもあるのぉ」

「会場で正妃方を警備していた護衛の装備、ですね?」

「うむ。本当に頭が痛いのぉ」


 神聖国では船のレガリアよりも、個人個人で装備可能なレガリアの方が価値が高い。元々戦闘民族が多い神聖国の人間にとって、船での戦いよりも個人での戦いの方が重要であり、特にレーザーガンやレーザーブレイドの技術は価値が高い。


「いっその事、妾が嫁ぐかの?」

「マジで勘弁してください。陛下が嫁いだら、神聖国全体がライジグスへ攻め込みます。例えそこに大恩あるオスタリディの姫君がいらっしゃっても」

「一番手っ取り早い手段なのじゃがなぁ」

「私も同感ですが、自重をしてください」


 神聖国聖女王。永遠とも思える時間を生きる女性であるが、その奉るべき神聖なる存在の教えで、純潔を保たなければならない関係上、未だに未婚。象徴であるからこそ求められる神聖性のせいで、永遠の処女王と揶揄されてもいる女性だ。


「まぁ、ボチボチ交流をしつつ、相手のご機嫌伺いかのぉ」

「それがよろしいかと」


 子供達が元気に走り回り、それを周囲の大人達が微笑ましく見守り、転んで泣き出してしまった子供を、区画を警備して回るガードボットが優しく起き上がらせて、簡易細胞活性シートを張って頭を撫でる。そんな平和な光景に目を細めながら、外交官ルミエは美しい微笑みを浮かべるのであった。




 ○  ●  ○



 Side:グウェイン・ウェスパーダ


「はあ、こりゃ参ったね」


 ギルドのデータサーバー室で、いつまでも聞いていたいと思うような、ダンディで渋い声で呟く男性。彼の手元には、色々な情報が分析されているデータパレットがあった。


「指摘されるまで気づかず、申し訳ありませんグランドギルドマスター」

「いやいや、こっちはおっちゃんの不手際もあるからね。ここの支部だけのせいって訳じゃないさ」


 ネットワークギルドの総責任者、グランドギルドマスターなどと呼ばれているグウェイン・ウェスパーダは、かつて昼行灯なんて呼ばれていた飄々とした顔に、ありったけの優しい微笑みを浮かべ、謝罪する部下を慰める。


「しかし参ったね。借りばかりが増えて困るなぁ、本当に」

「凄いです。ライジグスさんの情報解析に分析は」

「ねぇ。おっちゃんもそう思うよ。報道部門の派遣の要請くらいじゃ、借りは返しきれてないってのがね。しかも、あのスクープじゃ借りがむしろ増えるっていう不具合ね」


 たははと笑って後頭部を撫で付けるグウェイン。そんな彼に一般職員達は同情の視線を向ける。


「でもまぁ、朗報もあってね?」

「朗報ですか?」

「うん。かなり失礼な事をやらかした自覚はあったんだけど、クヴァース、今はアルペジオね? あそこのギルドマスターが上手くやってくれて、凄く良い関係を築き上げているんだよ。彼女には本当に感謝しきれない」

「「「「おお!」」」」


 ライジグス王国首都アルペジオギルド支部支部長ギルドマスターネイ。現在、彼氏募集中。グウェインはそんな女性の姿を思い浮かべ、心の中で深々と頭を下げる。


「さてさて、雑談はこれくらいにして、こっちを処理してしまいましょうかね?」

「良い機会ですから、徹底的に膿を出してしまいましょう」

「良い事だよね、うんうん」


 ライジグスからリークされた情報それは、ルナ・フェルムの支配者をやっていた頃にせっちゃんがゲットしていた情報を、暇潰しの材料と教材としてアプレンティスの少女達が弄っていた際に発見したデータ郡である。それはグランドギルドマスターの目を盗んだ、ギルド内部での腐敗の証拠。反ギルド派乗っ取り派と呼ばれる連中達の悪事の記録であった。


「本当、借りばかりが増えて困っちゃうなぁ」


 たははは、と笑うグランドギルドマスターの目には、冷酷で冷徹な光が宿っていた。ここを機に大改革が行われ、その後不動の地位を得る事となるギルドの大掃除が始まるのであった。

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