第104話 諦めの悪さこそ我が誇り

 Side:ゴバウ・ククウ・アトリ


「レッドネームなんて御大層な名前をもらっといて情けない」

「ありゃぁ、軍の奴らがクソ過ぎんぜ。後ろから敵味方関係無しに、一斉掃射って意味が分からねぇ」

「君達ならば、どうかね?」

「誰に聞いてるんだてめぇ?」

「くっくっっくっくっ、ラサオイ・キョーレだ」

「ふんっ! 分かってんじゃねぇか」


 粗野な猛獣が服を着て歩いているような、そんな荒々しい印象の男が下品に笑う。


「しかし、ラッキーだったじゃねぇか。手駒が爆発的に増えて」

「フン、あれらに何を期待できると言うのだね?」


 アトリ商会のステーションには、結構な数の共和国軍の軍艦が集結していた。それらは、共和国中央で発生した内乱、一部の叩き上げ軍人達が立ち上がった紛争により、ボコボコにされた敗残兵達である。


 アトリ商会では各方面に袖の下をしまくっており、ここに続々と集まって来てるのは、アトリ商会の資金を当てにしている腐った軍人ばかりだ。


「なーあに、どんなカスでも使い方次第って奴さ」

「まあ、君がそう言うなら、きっとそうなんだろうなぁ」

「くっくっくっくっくっ、旦那は話が早くてやり易いぜ」

「当たり前じゃないか。こちらは君達の傭兵団にしか報酬を出しておらん。今、勝手に群がってきている者達に、報酬は約束しておらん」

「いいぜいいぜ! あんた最高だっ! 分かってるじゃねぇか! 準レガリアって奴も、俺達への金払いも、いいぜやってやんぜ。あんたのオーダーは達成してやる」


 ラサオイ・キューレ。それは凶悪な傭兵団の名前である。かつてのガイツやルータニアが正統派と呼ばれるのに対し、ラサオイ・キューレは外道派などと呼ばれる。


 外道派とは、根こそぎ殺し、根こそぎ奪うスタイルの傭兵だ。宙賊寄りの傭兵団はこれに該当するのだが、ラサオイ・キューレは正統派傭兵団に近い外道派という、かなり特殊な立ち位置にいる。つまり、純粋に戦闘能力が高いド外道達の集団だ。


 ライジグスのリクルート活動で、ほとんどの正統派と呼ばれる傭兵団が、まさかの正規雇用及びその活動内容に準じた階級への移行という超絶優良条件だった為、声をかけられたほぼ全員がライジグスに引き抜かれた。これにより、声掛けされなかった傭兵団の評価が、まさかの下落に繋がってしまう。何しろ信頼、信用に値しないと国家に認定されてしまったようなモノなのだから。これでラサオイ・キューレに代表される外道派達は、唐突に契約を切られるという結果に繋がり、そこへタイミング良くアトリ商会から声をかけられたのだった。


「あのコロニー内部も荒らして良いんだよな?」

「中枢が無事なら構わんよ。好きにしてくれ」

「いいねぇ。んじゃ確認だ。ターゲットは防衛隊とかって部隊の総隊長だっけっか? マドカ・シュリュズベリイっつうババアだったな?」

「出来れば五体満足で頼むよ」

「くっくっくっくっ、わーてるよ。昔の因縁って奴だろ? 俺にも覚えがあらぁな。その手の劣情ってのは、やっぱり自分の手で、ってな」

「すまないね」

「なあに、楽しいお仕事って奴だぜ、旦那」


 ゲラゲラ笑う男は、鋭い視線で自分専用の船になったコティ・カツンを見る。


「マジで楽しいお仕事になりそうだぜ」


 望んで手に入る物ではないのがレガリア。それがレガリアに劣るとはいえ、準が付くがレガリアを冠するに値するレベルの戦闘艦を手に入れられたのだ。戦闘艦乗りとしては、かなりアガル状態と言える。


「ジョルジュ。アトィウ・コニクとラン・ピューラの準備が終わったぜ」

「おう。牧師と逃げ腰に共和国軍のカスどもを適当に連れてけって伝えろ。俺らはその後方からって言えば分かんだろ」

「なるほど。伝えとく」


 傭兵達の動きを見たゴバウは、アトリ商会の代表に、つまりは自分の家に代々伝わる格言を思い出していた。足掻け、諦めるな、どこまでもしがみつけ、必ず道は拓かれる。先祖の言葉はやはり正しい。


 諦めの悪さは商売で失敗する事の方が多い。だが、諦めなければ好転する事もあるのだ。実際に、まるで用意されていたようにラサオイ・キューレらと出会えた訳だし。


「諦めの悪さこそ我が誇り、か」

「あんだって?」

「いや、こっちの話だ」

「そうかい。んじゃ、行ってくるわ」

「頼む。軍の奴らが渋ったら、今回の仕事をしなければ追い出すとでも言ってくれ」

「くっくっくっくっ、俺はあんたを気に入ったぜ。任せな」


 出陣に向けて動き出す傭兵団を眺めながら、ゴバウは彼らの後方、何もない宇宙空間を睨み付ける。その方向にあるルナ・フェルムを貫くように。




 ○  ●  ○



 サンライズの周辺宙域の治安維持を目的としていた作戦郡を他の艦隊と交代し、ウィプス・ファイアを旗艦とした特殊作戦艦隊を率いて、上層部からの指示された場所に展開したガイツは、かつての顔馴染み、現同僚となった傭兵仲間からの情報に目を通し、面倒臭そうに顔を歪めていた。


「どうしたよ、ガイツ」

「任務中は隊長と呼べ、一応軍規にあるらしいから」

「へいへい。んで隊長、どうしたよ」


 軍隊になっても変わらない仲間の様子に、ガイツは苦笑を浮かべながら、手にしていたデータパレットを投げ渡す。


「ティグリスって、あの?」

「そのティグリスだ。こっちに就職したらしい。それで重要だと思う情報を渡してきたらしい」

「マジかよ」


 昔の傭兵仲間で早耳のティグリスと呼ばれる傭兵がいる。今では同じライジグスの同僚であるが、傭兵時代はその情報屋並みの耳の早さで有名だった男だ。その男が持ってきた情報が、データパレットにずらりと並んでいる。


「……うげっ?!」


 データパレットに目を通していたオペレーターが、害虫デデドを見てしまったような声を出す。その声に惹かれたのか、他のオペレーター達もデータパレットに群がり、声を上げた人物が、項目の一つを指差して見せる。


「「「「うげっ?!」」」」


 それを見た全員が同じようなリアクションをする。そこには、リターンマン、逃げ腰、牧師が新しい雇用主を発見、どこかの大きい商会との噂を聞いた、と記載されていた。


「ガイツ、これって」

「多分、今回のに関係してくるんじゃねぇか?」

「うへぇぁ」


 ラサオイ・キューレのリターンマン、アトィウ・コニクの牧師、ラン・ピューラの逃げ腰。こいつらは傭兵の中でも特別すぎる奴らである。


「レガリアクラッシャー」


 ある種の傭兵達の伝説であり、憧れでもある偉業。それを呟きたガイツ。その言葉にオペレーター達が生唾を飲み込んだ。


 リターマンとよばれるジョルジュはレガリアを破壊した事があるし、牧師と呼ばれるフレッドはレガリアを使用不能にまで痛め付けた事がある。そして逃げ腰のレスティンに至っては、あの帝国皇帝のレガリアから逃げ切ったという伝説を持つ奴だ。


「つかよ、何であんだけ叩かれて、もう一回戦えるじゃん! ってなるんだよ?」

「俺に聞くな俺に。商人の考える事なんか理解できんわ」

「アトリ商会って、ちょっとキモいくらいしつこい部分があったから、それで引くに引けなくなってんじゃね?」

「損失の方がでけぇだろ?」

「ルナ・フェルムをゲットすりゃ埋められんべ?」

「レガリアのコロニーなんて、うちの陛下以外でゲット出来たのなんかいねぇじゃんか」

「だから知らねぇって」


 オペレーター達の騒ぎを眺めながら、ガイツは溜め息を吐き出す。全く、嫌なフラグを立ててくれたものだ。


「おら、てめぇら仕事に戻れ。宰相閣下の懸念通りの事が起きる可能性が上がったぞ。気張って仕事しろ」

「「「「へーい」」」」

「はい、だ! はい!」

「「「「はーい!」」」」

「伸ばすな!」


 下手に緊張するよりかはましか。ガイツはそう結論付けて、苦笑を浮かべるのであった。

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