閑話 どうして彼女達は表へ出たがらないのか?
とあるお茶会での嫁会議――
「んで? どうしてあまり名乗りを上げない?」
ゼフィーナの言葉に、その言葉を向けられたファラとシェルファは、少しだけ気まずい表情を浮かべる。
「あー、ほらさ、ファリアスの巫女ってどんなイメージよ?」
「ん? 改めて聞かれると答えに窮するな」
「そうですねー言うなれば可憐? ですかねー」
「はー……それよ」
まるでアルコールでも飲み込むように、ファラは高級な紅茶を一気飲みする。
「それ、とは?」
「あーなるほどー」
「……納得しました」
ゼフィーナ以外の嫁達が苦笑を浮かべる。ファラがうんざりした表情でティーカップを差し出せば、苦笑を浮かべたガラティアがそっと紅茶を注ぐ。
「ファリアスの姫巫女ってさぁ、ほら、根本的に悲劇のヒロインな訳よ? こう純真可憐なか弱いお嬢様、令嬢、お姫様をイメージする訳よ」
「ファラ姉様は帝国ではそうだったのでは?」
「……猫被ってた」
「……」
ファラまさかの告白に、鈍いゼフィーナもさすがに察した。
「そりゃさぁ、超反抗的なアタシに、両親があのクソババア、マダム・バジュラなんぞを教育係に雇いやがってさ」
ファラの言葉に数人の嫁達が、口から紅茶を吹き出した。その数人の表情を見るに、明らかに顔色が悪い。
「被害者という同胞がこんなにいるなんてね」
マダム・バジュラ。正式にはバジュラ伯爵夫人。もしくは歩く帝国淑女経典。どんな令嬢(笑)も真・令嬢へと教育してしまうと言われ、そのレッスンはトラウマレベルの苛烈さだと言う。
「なるほどーだから貴族礼節が完璧だったのですねー」
「好きでなったわけじゃないわよ」
来るなクソババア! と叫ぶ数人の嫁達を、近くのメイド達が宥めている。それだけで、マダムのレッスンの苛烈さが理解出来る。
「大っ嫌いな淑女経典が更に憎悪レベルで嫌になって、アタシは絶対姫巫女なんて名乗ってやるかって決意したのよ。まぁ、旦那様の説得材料にしちゃって今更って感じもするけれど……好き好んで自分から名乗りたいなんて思わないわ」
それに旦那様からそこを重要視した訳でもないんだけどって言われたけど、そんな小さな呟きをぽそぽそ言いながら、嬉しそうに頬を染め上げてファラは微笑む。
急に惚気だしたファラを華麗にスルーしつつ、ゼフィーナはシェルファを見る。
「うーむ、それではシェルファはどうしてなんだ? 別にわたしとリズミラが前に出るのに不満はないんだが、姉様みたいに理由があるのかい?」
「そうですね……理由としては、薄い、ですかね」
「薄い?」
シェルファがチラリとガラティアを見る。
「一応、その血を引いている、というレベルですの。調べたら本家はもう断絶していて、分家も見当たりませんでしたの。なので、シェルファは、庶子の庶子の庶子の庶子、みたいなこじつけに近いですの」
「でも引いてはいるんでしょ?」
「それは間違いないですの。そこを偽ると壮絶に危険ですの」
「あーまー王笏だけはヤバイわね」
ヴェスタリア王家。別名、王笏。この王家は古の四王家でも一番重要度が高い。何しろ王笏が王冠、王権、巫女と権威を与えたのだ。つまりは本来ならばヴェスタリアこそが始祖である。これを騙ると言う事は、ありとあらゆる方面へ全力で宣戦布告するのと同義である。何せ権威と人気と歴史だけは、他の三家と比較にならないレベルで強大で長いからだ。
「ほぼほぼなんちゃってで私は正妃になりました。なので、あまり表に出るのはよろしくないかと」
「なるほど……まあ、正妃、側妃、才妃の区別なんて旦那様にはないけどな」
「本当にー平等にーこんなに愛情を向けられるなんてー」
「生き方不器用なのに、そっち方面はビックリするくらい器用よねぇ、あいつ」
てめぇらっ! あの時間加速十年間でどれだけ叩き込まれて、どんだけ学習させられたか分かってやがるのかっ! とタツローがいたら半ギレで叫んだだろう。つまりは嫁達の教育の成果が、今のタツローである。その自覚は嫁達に存在しない。
そしてこの後、かなりの数のライジグス成り上がり貴族が誕生し、その全てが一夫多妻である。そのほぼ全ての夫が、嫁からの調教を受ける事が伝統になるとは、さすがのタツローでも予想外だったとか。
「それじゃ仕方がない。これからも私とリズミラが前面に出てロビー活動をしようではないか」
「それでー陛下の立場が確約されるならー安いものですねー」
「頼むわ」
「お願いします」
こうしてファラとシェルファが、緩く秘密にされる流れとなるのであった。
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