第101話 世に産声を上げよ ②
Side:ネットワークギルド報道部門
「ねぇ、どこ情報よ、これ」
突然、本当に突然、ルナ・フェルムでの新しい国家樹立を大々的に宣言する式典を取材するために待機していたギルド報道部の人員全員が、どことも分からない宙域に集められて困惑を深めていた。
ただただ上司から、とにかく大事だからそこへ行け、と命令され、取材機材全部抱えて来たはいいが、そこは何も存在しない宙域で、そんな宙域の何が大事か、まるで分からない状態が続いている。
だからアナウンサーの女性が、思いっきり不機嫌に呟いた言葉は、ほぼこの現場にいる全ての人間の心情を言い当てていた。
「どれくらい待てばいいのかね?」
「そっちの指示は出てないんだよなぁ。何だって言うんだよ。これで式典の様子を撮り逃がしたら、絶対文句言うじゃねぇか上司」
「だーなぁ」
撮影スタッフがグチグチ文句を言い合っていると、面倒臭そうに船のモニターを眺めていたスタッフの一人が、モニターの違和感に気づいて画像関係を調整するパラメーターをいじり出す。
「どうしたん?」
「ん……いや、何か……チラチラしてる感じがしたような……」
その声が聞こえたのか、他のスタッフが何事かとモニターに注目する。調整を繰り返し、段々とモニターの画像がはっきりしていくにつれ、他のスタッフが慌てて動き出す。
「最大望遠のレンズ持ってこい!」
「映像処理班、こっち来い!」
「音、音は拾えないかっ?!」
「ドライバー! もっと近づけないか?!」
「これ以上近寄るなって上司命令だっ!」
「くそっ! 糞上司! これ知ってやがったなっ!」
調整と補正を繰り返したモニターには、続々と集結する艦船の姿が。そして何より、その艦船に刻まれているマーク、紋章が問題であった。
「輝く王笏を中心に、それを守護する二匹のラーシュ(虎と狼のキメラのような獣)……ヴェスタリアの守護騎士、ルブリシュ領の紋章」
古の四つの王家。その中でも行方知れずな王笏ヴェスタリア。その王家が戻ってくる事を頑なに信じ、帝国にも共和国にも所属せずに、善政と騎士道と忠誠を捧げ続けた小領地ルブリシュ。共和国の工作で滅びたとされた、その小国家の紋章。
「なんでルブリシュの残党が集まってるんだ?」
「残党って……まだまだ世間では大人気の彼らを、そんな悪党みたいな呼び方をすれば、ボコボコに殴られますよ」
「おっと、いけね」
帝国の皇帝やら共和国の暴政などもあり、この宇宙ではあまり国家というモノを快く思っていない層が多い。そんな人々であっても、しっかりとした政治を行う象徴的な意味合いで、ルブリシュというのは理想の地であった。なので一般的にルブリシュはとても人気が高い。
「おいおいおいおいおいおいっ!」
そんな雑談をしていたら、超望遠レンズを使ってたスタッフが大声を出す。その様子に何事かと集まった他のスタッフがモニターを見上げれば、そこにはあまりに巨大な小惑星が、白っぽい蒼炎を噴き上げながら、こちらへと向かって来る様子が見えた。
「ちょっと待てっ! えっ?! あいつらこれを迎え撃つつもりかよっ?!」
ルブリシュの艦船達は、見事な艦隊行動で陣形を整え、まるで巨大な網のように艦船を配置し始める。
「嘘だろおい。噂のライジグスの馬鹿デカいレガリア戦艦ならいざ知らず、そんなちゃちな船でどうにかなる大きさじゃねぇぞ」
固唾を飲んで見守っていると、唐突にモニターに美少女にしか見えない人物が映し出される。その人物はニヤリと皮肉げに笑うと、優雅に一礼をした。
『私はルータニア・ルブリシュ。今は滅びしルブリシュの子。我らは気高きヴェスタリア王家の剣にて騎士。これよりお見せするは、戦いを汚す卑劣なる技をよしとする愚劣なる奴らへの宣戦布告。我らがルブリシュ解放軍はこれより祖国を取り戻すべく、行動を開始する!』
その一方的な宣言はやはり一方的に切られ、元に戻ったモニターにはルブリシュ解放軍と呼ばれる艦船達の一斉掃射の様子が映し出されていた。
○ ● ○
「これ、ちょっと足りない?」
モニターを見ていたミクが呟くと、それを聞いていたリアが頷く。
「順調に砕けてはいますが、粉砕にはほど遠いですわ」
ルブリシュ解放軍の攻撃が始まり、近づいてくる小惑星は、閃光と爆発に包まれ、順調に砕けてはきている。しかし、このままだと結構な大きさの岩塊がルブリシュへと突っ込む形になる。いや、彼らの練度であればその前に逃げるだろうが、それだとせっかくのデビューがギャグになりかねない。
「ミク、リア、しっかりベルトを固定しろ」
「へっ?」
「えっ?」
獰猛な笑顔を浮かべたカオスが、操縦桿を力強く握りしめ、フッドペダルを一気に踏み込んだ。まさかの初手ベタ踏みである。
「ちょっちょっちょっちょっ?!」
「きゃああああああっ?!」
「口閉じてろ、噛むぞ」
騒がしい二人を完全に無視し、カオスは小惑星の真上へと一気に加速して向かう。更に大型マニュピュレーターをオンラインにし、ジェネレータの出力を上げる。
「連結」
マニュピュレーターの先端に取り付けられた筒状の装置、それを左右二つの物を一本へと連結した。
「あーもー! こうしてこうやってこうっ!」
「いきなりは止めて下さいまし! 行けますわ!」
「行く」
わーきゃー騒ぎながらオペレーターとしての仕事を全うする二人。彼女達が調整したエネルギーが筒状の装置を流れ、それはレーザーブレイドと呼ぶには馬鹿げた巨大さの、ピンク色に発光する刃を産み出す。
「桜花斬」
小惑星の頭上から、まるで逆さ落としのように駆ける異形な両腕を持つ戦闘艦アルス・ナルヴァ。ピンクのブレイド部分が小惑星に触れた瞬間、その当たった部分からピンクの粒子が宇宙を舞う。まさしくそれは桜の花びら。しかしそんな風流な見た目のそれは、凶悪にも落ちた場所を削り取る、ちゃんとレーザーとしての性質を残していた。
「チャンネル上げ」
「半段階上げます!」
「出力調整、大丈夫!」
「斬れろ」
アルス・ナルヴァのパルスエンジンが噴き上げていた炎が、蒼から黄、そこから更に白金へと変化していき、小惑星に食い込んでいたブレイドがずずずと内側へ食い込んでいく。
「斬れろ」
フッドペダルの踏み込みを、特殊な動きで変化させると、船体がグイッと引っ張られるように加速を始める。そしてレーザーブレイドは最初の抵抗がなんであったのかと思うくらい、それはそれはあっさりと、ピンク色の一閃を残して小惑星を切り裂いたのだった。更にそのままの加速を使い、返す刃で真横から切り裂き、カオスは小惑星を十文字に斬って捨てた。
「やっぱり石ころか。歯応えのない」
レーザーブレイドとマニュピュレーターを元の場所へと納めたアルス・ナルヴァは、もう用は済んだとばかりにその場から立ち去った。
○ ● ○
Side:ルータニア・ルブリシュ
「結局、また助けられたな」
苦笑を浮かべて深々とキャプテンシートに座るルータニア。その姿に艦橋のクルー達も似た様な表情で肩を竦める。
最大出力で発射したレールキャノンでも、少し大きめのクレーターしか作れなかった段階で、あっ砕けないかも、という懸念があったが、すぐさまカオスがフォローと呼ぶには大太刀回り過ぎるフォローをしてくれたお陰で、何とか小惑星は破壊出来た。何より小惑星に埋め込まれたブースターを鹵獲できたのは大きい。レガリアの動力関係は貴重で、別の用途もあるからだ。
「ですが、これでルブリシュここにあり、という宣伝はできましたな」
「ああ、有り難い事にな」
彼らが取り戻そうとするルブリシュ領は、現在共和国に占拠されている。これで内からも行動を起こそうとするルブリシュの人間が現れるだろう。それはこれからの行動の助けにもなる。
「全てはヴェスタリアの方々が、お帰りになる時、迷わないように」
ルータニアの言葉に、艦橋のクルー達も頷いた。
まさか、その王笏がすでにライジグス王国の妃となってるとは知らず、まさか自分達の恩人こそか、今一度忠誠を誓うべき君主とは知らずに。
「父上、母上、兄上方……必ず、祖国を取り戻してみせます」
静かにゆっくりと、ルータニアは祖国奪還を今一度きつく決意するのであった。
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