第100話 世に産声を上げよ ①
Side:ルブリシュ解放軍
ミラージュ・ルミナス改修戦艦基準ジェネ
レータ搭載型重巡洋艦ファントム・ルミナウスの艦橋。顔を隠すバイザーを捨てたルータニアは、わざと皮肉を混じらせた笑顔を仲間達に向ける。
「聞けっ!」
ルブリシュ当主に代々受け継がれるビロードのマントを、バサリとひるがえし、通る声で命令を下す。
「盟友ライジグスからのオーダーだ! そして我らが恩人が整えた舞台でもある! さあ、我が親愛なるルブリシュ家臣団よ! 今こそ新しき門出だ! 出港するぞ!」
「「「「イエスマイロード!」」」」
「ネスト・アレフ・ナムイはどうか! ドクタードロイ準備は良いか!」
『もちろんだとも! もちろん! もちろんもちろんもちろんだとも! ミスタータツロー直伝の技術は搭載済みだとも!』
モニター越しに、顔の半分近くある大きな眼鏡の男性が、不健康そうな顔を紅潮させながら叫ぶ。その叫びにルータニアは満足そうに頷く。
「騎士団。そちらはどうか!」
『騎士団、問題なく』
ノーマルスーツを正式なルブリシュ領の、騎士団用スーツに身を包んだ騎士団長ザキが、美しい敬礼で優雅に微笑む。以前まではどこか刺々しく、張り詰めた糸のような危うさがあったが、そこにいるのは優雅で威厳ある、何より忠義に満ちた騎士の模範の姿だった。
「騎士団長よろしく頼む。ファントム・ルミナウス抜錨!」
「イエスマイロード。ファントム・ルミナウス抜錨!」
演習中の小休憩に利用していた、小惑星に繋げていたエネルギーアンカーを解除する。それに合わせて、ファントム・ルミナウスの近くで同じように停泊していた艦船達もアンカーを解除していく。これらの艦船も、かつてルブリシュ領を支えていた各地へ散った家臣達を召集した成果だ。それを成し遂げたユシーが微笑みつつ、ルータニアへ近づく。
「集めるのに苦労したぞ?」
男性にしては細いルータニアの腰を、まるで男性のようにグッと抱き寄せて、かつての魔女、正妃ユシーが美しい微笑みをルータニアに向ける。
「すまない。ずっと苦労ばかりを――」
「そこは笑って愛してるで済ませるところだぞ? 我が半身」
「ぐっ、性格変わりすぎではないか?」
「待ちに待ったのだ。これくらい許してくれ」
一目憚らず、ルータニアの女性のような鎖骨にキスをするユシー。それに対抗するよう、数人の少女達がルータニアに抱きつく。
「イチャイチャするなら混ぜろ!」
「ユシーだけずるい」
「お前達! 作戦前だっ!」
ルータニアが額を押さえながら一喝するが、少女達はむしろ楽しそうな表情できゃっきゃっと騒ぐ。
「バレット卿、すまない不肖の弟が」
疲れたようにルータニアの実姉ネリアが、やれやれと溜め息を吐き出しながら言えば、操縦桿を握る初老の男は呵呵と笑う。
「良いではありませんかネリア様。今まで先は見えず、常に気を休めず、何より糸よりも尚細い可能性を握りしめて生きてきた。その御褒美だと思えば、何と大きな御褒美である事でしょうか」
「……そうだな」
タツローとの、いや、ライジグス王国との同盟は、ルブリシュ解放軍に多くのモノを与えてくれた。何より大きかったのは、不便だろう? の一言で、レガリア級のステーションを生活拠点として、本当にポンとくれた事だろう。これはこの宇宙の広義では、所領と認められる財産である。ステーションをルータニア所有と登録した事で、彼は領主へと返り咲いた事と同意であった。これで彼は満を持して伴侶達を娶ったのだ。
「妹様達もよろしかったですし」
「そうだな……そうなのだがな」
ルータニアが領主となれば、彼の騎士団も本物の騎士団としての立場へと戻る。これでザキも正規の騎士団長となり、ルータニアと時期を同じくして嫁達を娶る。セレンプティカルの女性達の多くが、元から婚約者だったり恋人だったりな立場の者が多かったし、これは自然な流れではあったのだが……
「あー、まー、そうですな。きっと良縁に恵まれますよネリア様」
「……」
ネリア・ルブリシュ。誰もが認める絶世の美女である。だが、女性と間違われがちな弟のルータニアと比べると、ちょっと野性味が強い美女で、有り体に言えばきっつい顔をした女性なのだ。そして言動も少し厳しい。なので、現在、艦橋で唯一の独身。その事が少し解せないネリアであった。
「バレット! 出せ!」
嫁達に揉みくちゃにされたルータニアが吠えるように命令をすれば、バレットはニヤリと笑う。
「イエスマイロード。いやはや、タツロー様の気質は伝染するんですかねぇ」
かつてはあり得なかった光景に、バレットは嬉しそうに呟く。そのうちこの光景も、ルータニアだから、とか言われるようになるんだろう未来を予想して。
○ ● ○
「オリビアさん! ブースター一基機能停止!」
「側面へ! 陛下から要請のあった宙域方向へ、エネルギーアンカーで機動を修正!」
「了解!」
変質的な考えでも、いくらそれがマッド野郎の糞な兵器だろうと、これを製造した奴らは科学を信奉している。緻密なやり口だからこそ、そこに穴が出来やすい。ブースターを一つでも壊せれば、後は軌道修正などやり易い。だからこのブースターを壊してくれ。そんなタツローからの指示をオリビアは見事に達成してみせた。
「エネルギーアンカーロック!」
「ジェネレータ出力最大! ひっぱれっ!」
高速駆逐艦と呼ばれるスカーレティア三番艦だけあり、そのブースターやスラスターの出力は変態的である。下手をすればブースターとスラスターだけが船体からぶっ飛んで、独自に宇宙航行しかねないレベルで強力だ。そのブースターとスラスターが黄金の火を噴いた。
「徐々に動いてます!」
「良し! そのまま継続! ルブリシュ解放軍の様子はどうか!」
「移動中! 予定通りに到着予定と連絡あり!」
「何とかなりそうね」
轟音をがなり立てるブースターとスラスター。その振動でかなり揺れる艦橋。しかし、オリビアの顔には不安は無い。どこまでも優雅な微笑みがあるのみ。
○ ● ○
「出番があって良かったね」
「……うん」
ミクの言葉に、仏頂面のカオスが頷く。カオス専用戦闘艦アルス・ナルヴァのコックピットに、カオスとミクとリアはいる。
モニターには続々とルブリシュ解放軍の艦船が集結していく様子が見えている。しかし、カオスはどこまでも不満そうだ。
「貴方が鍛えたから、ルナ・フェルム防衛隊は活躍できましたわ? それでもご不満かしら?」
「……オレも役立ちたい」
「全くもお……」
どうもカオスは重荷が外れてから、年よりも少し幼気になった感じだ。しかし、今までが今までだっただけに、ミクもリアも何も言えない。惚れた弱みというか、今現在のカオスが可愛いと思っちゃってる部分も多くあるが、やっと年相応に戻れたという感情の方が大きい。なので、その危ない部分を二人で埋めようとオペレーター技能を磨いた。ガラティアに頼み込んで、ファラやシェルファの後押しを受けて。
「大丈夫、きっと出番はあるよ」
「……うん」
しょんぼりしているカオスを可愛いと悶絶している二人に、通信を知らせるコール音がする。
「カオス君、ルータニア様から通信が来てるけど?」
「繋いで」
「はい」
モニターに美少女と言われても違和感無い、常に皮肉を口許に張り付けていた男が、以前から考えられない穏やかな表情で映し出される。
『後詰めありがたく。カオス殿』
「失敗してくれていい」
「カオス君!」
「カオス?!」
口を尖らせて言う彼に、ルータニアは目を丸くしたが、穏やかな笑い声を出す。
『いやいや、こちらも君の親愛なる陛下に舞台を整えてもらったのだから、精一杯やらせてもらうよ』
ムッとしたカオスに優しい微笑みを向け、ルータニアは、では、と通信を切り上げる。
「……ルータニア様変わったわねぇ」
「うん、ビックリした。あんな優しそうな方だったんだね。ねぇ、カオス君」
ミクとリアがルータニアを誉めると、カオスはつまらなそうな顔で、曖昧な返事をする。どうやらちょっとは嫉妬を感じているらしい様子に、二人はニヤリと笑い合う。着実に外堀は埋まってきている実感が心地良い。
「準備して」
「あーはいはい」
「了解ですわ」
もっとムッとしたカオスに言われ、二人はクスクス笑いながらコンソールを叩く。やってくる小惑星の到着時間は、あと少しだ。
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