第99話 ルナ・フェルム防衛戦或いはカストル海戦 ④

 Side:マドカ・シュリュズベリイ


 カオスの地獄の特訓で、徹底的に叩き込まれた適切な距離による射撃。常に一定、常に同速、そして狙う射撃ポイントは固定。スケーターというプレイヤースキルを分解して伝えるなら最良の、しかし実行させるには鬼畜の部類に入る技術だ。


 しかし、技術というのは不思議なモノで、基礎さえしっかりと固まれば、応用というのはわりと簡単に出来るようになるものだ。例えば、タツローのようにスケーターの技術を航法に組み込み、変態的機動をいとも簡単にしてしまうような感じだ。


 朱に混じればではないが、教える側も教わった人物の色や思想、言動や好みというのが寄っていく場合が多い。それがもたらすモノが、今、戦場に舞い降りている。


「付いて来な!」

『『『『よろこんでっ!』』』』


 変態機動をする変態達の編隊航行。マドカを追う形でスケーターを応用した、まるでねっとり張り付くように動く群体。宇宙空間を泳ぐ魚の群れのように、巡洋艦、重巡洋艦、戦艦とハスターのキルレンジを完全に押さえた動きで被害を拡大させていく。


 共和国軍も抵抗をするが、自由に泳ぎ回るハスターを捕捉できる船はいない。螺旋に旋回し、ウロボロスの輪のように、一定しない機動は共和国軍にとっては悪夢。


「ははーっ! 今日は大漁だぜ!」

『入れ食いって奴ですぜ、姉御!』

「たまらんね」


 統率が取れない軍隊など、ただの鉄塊でしかない。好き勝手にレーザーをぶちこみ、発射したらした分だけ当たるミサイル、まるでゲームの射的でもやってるような感覚に、酔っぱらいそうになる万能感を諌めるのは苦労する。それでも戦場というのは魔物が潜む。何が起こるか終わってみるまで分からない。それは前回の戦いで何度も強制的に学習させられた事実だ。


「気を引き締めな! 終わるまで気を抜くんじゃないよ! 楽勝な時程、後ろからパックリ食われるんだ! 分かってるな!」

『『『『へいっ! ごもっともっ!』』』』


 残りは小破の戦艦が三隻に、中破くらいの重巡洋艦数隻、航行不能にあと一歩な巡洋艦数隻と終わりは近い。


「ジェネレータと弾は十分だな?」

『『『『へいっ! らっしゃいっ!』』』』

「なら終わらせるぞっ!」

『『『『へいっ! よろこんでっ!』』』』


 その後の歴史でルナ・フェルム防衛隊では、代々の総隊長が継承する異名がある。黄衣の鬼神。その伝説はここから始まった。




 ○  ●  ○



 Side:フォーマルハウト諜報部機動部隊総隊長オーガスト・シュリュズベリイ



 ルナ・フェルムの宇宙港には倉庫街が存在する。日々、多くの商売人が出入りするそこは、地元の人間でも迷うような構造をした、意図的に作られた訳ではない迷宮街の様相をしている。


 昔、バッツ・シュリュズベリイが行商人の真似事をしていた時代に作った、今では実際に使われていないミツコシヤの倉庫に、一人のきらびやかな衣装の女性が、人を待っていた。オーガストの息子の一人と結婚をしたミヤビという女性だ。


 彼女は小さな商会の冴えない三女でしかなかった。だが、真面目で熱心に商売を手伝う気立ての良い娘ではあったのだ。そこにミツコシヤの若旦那が惚れ込み、結婚を申し込んだ。それはそれは大喜びで嫁入りしたのだが、彼女はそこでおかしくなってしまう。潤沢に存在する金に目がくらみ、また彼女を溺愛する若旦那の存在もあって、真面目で熱心な娘は、たったの数年で後ろ指を指される放蕩馬鹿嫁へと転落したのだった。


 悲劇だったのは、若旦那の溺愛が長続きしなかった事と、若旦那の他の嫁達がしっかりしていた事。一番先に結婚したのに、子を成したのは後から娶った嫁達だった事。彼女との子作りが成立しなかった事。放蕩三昧でお花畑だった彼女は、気がつけばミツコシヤで誰一人味方など存在しない状況で孤立していた。


 放蕩が許されていたのも短い期間で、その後は買い漁った服を着回し、虚勢を張り続けた。そんな時だ、彼らが現れたのは。


 ルナ・フェルムの内情を教えて欲しい。最初はそんな依頼だった。貰えた金額も多くない。だが、それでも自分が驚くほどの達成感が生まれた。それからも彼らは、自分的にはくだらないと思うような情報に、それなりの金額を渡してくれる。彼女は自分の虚栄心が満たされていくにつれ大胆になった。そして今度は彼女から持ちかけた、もっと面白い話があるんだけど、どれくらいのお金を出せるかしら? と。


 孤立した彼女はミツコシヤで、こそこそと生きるしか手段が無かった。だから、その過程で色々な大商人達の内輪話を盗み聞きする事が出来たのだ。それを彼らに提供すると、今までとは比べ物にならない大金が転がってきた。そこからはもう止まらなかった、止める必要もなかった。


 昔の事をぼんやり考えいていると、やがて待ち人がやって来た。ルナ・フェルムの一般的な商人ぽい装いをしているが、どことなくチグハグな印象が拭えない、そんな違和感のある胡散臭い男だ。


「やあ、ミヤビさん、待たせたかな?」

「いえいえ、大して待ってんせいよ。そちらの機嫌はどうかぇ?」

「お陰さまでかなり好調ですよ」


 ほほほほ、ははははと空虚に笑い会うミヤビと男。男は手に持っていたモノをミヤビに投げ渡し、それをミヤビが受けとる。それは裏取引などに使われる廃棄端末で、最後の一回だけ使用できる状態のところに、裏取引の金額を入れておくだけのモノだ。その金額を素早く確認したミヤビは、興奮を隠し切れない様子で、自分も用意していたデータパレットを投げ渡した。


「いい取引でありんした。ありがとう」

「いえいえ、これからもどうかご贔屓に」


 二人共に一切相手を思いやっていない挨拶を交わし、それぞれ背を向けた瞬間、まるで滲み出るように異様な風体の集団が二人を囲んだ。


「へ?」

「ちっ!」


 ミヤビは呆け、男は素早く懐から小型のレーザーガンを取り出そうとしたが、それより早くエネルギーネットが二人を捕らえた。


「はあ、同情はしていたのだ。バカ嫁」

「え? お、お義父様?」


 集団の中から、頭一つ分身長の高い男、オーガストが現れ、ミヤビに憐憫の視線を向けている。捕らえられた男は獰猛に笑うと、手に持つレーザーガンをオーガストへ向けて引き金を引く、がレーザーガンは正常に作動しない。


「そのネットは特別製でね。それに巻かれた状態だとほとんどの機械は正常に作動しない」

「ちっ! 教団よ! 大いなる破滅を!」

「無駄だよ。どんな原始的な装置であっても、その全てを無効化する。諦めたまえ」


 オーガストが目配せすれば、素早く集団の一人が男の首へ何か機械を当てると、それだけで男は白目を剥いて気絶した。


 その様子を確認してから、オーガストは視線をミヤビへと向ける。


「馬鹿な子程可愛いと、そう思うようにしていたのだが……これはさすがに庇いきれない」

「えっと、あ、あ、あ、あ」


 オーガストの本心からの哀しみに貫かれて、ミヤビは口をパクパクさせながら言葉を出そうとするが出ない、それを繰り返す。


「あの馬鹿息子に見初められたのが運の尽き、もしくは他の嫁達が……いや、たらればを並べても無意味か……連行せよ」

「「「「はっ!」」」」


 顔面蒼白のミヤビを悲哀の籠った視線で見送り、オーガストは鉛のように重たい溜め息を吐き出した。


「あの馬鹿息子も再教育が必要だな。それはあれの嫁達に任せるとして、さて……」


 オーガストが周囲を確認すれば、すぅっと光学迷彩を解除した集団が現れる。


「入り込んだデデド(宇宙ゴキブリ)は多い、さくさく仕事をやっつけてしまおうか」

「「「「はっ」」」」


 決して歴史の表舞台に現れず、しかし、その後何度もルナ・フェルムを守り続ける影の一団。やがて彼らはルナ・フェルムに住まう人々にとある異名で呼ばれるようになる。曰く、静かなる守護者、と。




 ○  ●  ○



『は? 隕石だ?』

『隕石に偽装した、バリバリ兵器に加工した隕石による攻撃ですの』

『何? まあーたマスドライバーか?』

『違いますの。小惑星規模の隕石に、大出力のブースターを複数取り付けて、今現在も加速している最中の兵器ですの』

『……』


 そのやり口、あれか、あいつらの遺産だな。悪役志望のマッド共のやり口だ。


 初心者サーバーで同じような事をやらかして、ほとんどのメンバーがアカウントバン食らったんだが、その後も同じ事をして、運営からの要請を受けて、大手クランの大連合であいつらの施設を徹底的に破壊した。その後、社会的に抹殺されたから忘れてたけど、まだあいつらの施設って残ってやがったのかよ。


『現在オリビアが張り付いてブースターの破壊活動をしてますの。ですが』

『三番艦じゃ火力不足だな』

『ですの。それに目標がルナ・フェルムですの』

『……共和国と教団、めんどくせー』

『同感ですの』


 隣のシェルファに目配せすれば、シェルファはすでに素早く状況分析に入っており、周辺宙域の様子を映し出している。俺はそれを眺めながら、宙域図に目を止める。


『シェルファ、ここ拡大』

『はい』


 宙域図の気になるポイントを指差せば、シュルファが素早く拡大してくれた。


『何とかしましょう』

『ほ。そう言ってもらえて安心ですの』

『威圧感とか言ってないでプラチナギャラクティカ持ってくりゃ良かったね』

『後悔先に立たずですの』


 苦笑を浮かべながら、チラリと我が国の宰相を見れば、頼もしい宰相閣下はニヤリと笑って頷いた。こっちに任せるって事かな、あれは。まぁ、あっちはあっちで彼の戦場だ。あっちを任せている以上、こっちは俺が頑張りますかね。


『ルブリシュ解放軍へ通信を』

『はい、すぐに』


 全く……あいつら、迷惑しか残さないじゃねぇか、面倒臭い。とっとと除菌消臭滅菌処理しないと駄目だなこりゃ。


『やあ、ルータニア君、ちょっとたなびたいことがあるんだ』

『は?』


 ネタが通じない事に哀しみを感じながら、俺は彼らにお願いをするのであった。

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