第98話 ルナ・フェルム防衛戦或いはカストル海戦 ③

 Side:教団第二秘密拠点


「いやはや、よもや我々がこうして全員集まるとは……何度目の異常事態ですかな?」


 胸に三角形のシンボルを身に付けた、何とも胡散臭そうな白髪の男性が、気持ち悪いくらいに歪んだ笑顔で周囲を見回す。周囲にはそれぞれ違うシンボルを身に付けた男女が五人いる。やはり、白髪の男性と同じような、何とも不気味な作り物めいた表情でたたずんでいた。


「大司教六人全員の承認が必要な、これを動かすのも数回目ですが……猊下はご存知なんですね?」


 微笑んではいるが、それは口が笑ってるだけで、それ以外のパーツは全て凍りついたように動いていない、胸に星形のシンボルを付けた女性が問い掛ける。それに四角形のシンボルを付けた一番若々しい青年が、目だけが異常に爛々と輝いているのに、それ以外は一切動いてない表情の人物が頷いた。


「当たり前です。我々は教団の大司教なのですよ? その我々が猊下の意に違える訳がないよ、そんな、なんと恐ろしい事か」


 シャララと涼やかな金属音が響き、笑顔を張り付け違和感を大量にぶちこんだような女性が、青年を覗き込む。


「不敬ですよ? 猊下の意を貴方ごときが推し量れるとでも?」

「いやいや、そうは言っていないよ。まさかまさか、偉大なる猊下の意を自分ごときが推し量るなんて、そんな不敬を自分がするはずがないじゃないか。もちろん、こうして猊下の許可証を下賜されているとも」


 四角形の青年が懐から、大切そうに一本の筒状の金属棒を取り出す。それを見た音を身に纏う女性は、納得したように頷く。


「ではでは、我々は忙しい、やるべき事を成して仕事に戻りましょう?」


 三角形のシンボルの男性が音頭を取ると、四角形の青年が手にした金属棒を、奇妙な装置に差し込み、それを回す。すると装置に周囲に六つのミニテーブルのような、何らかの装置が迫り上がってくる。完全に動きが止まるまで六人は待ち、ガコンと装置が固定される音がすると、六人はそこに手を置く。


『セーフティロック解除。ただ今、弾薬庫に安置されている弾丸は、特大、大、中、小、極小と揃っています。どれにしますか?』

「マスター権限発動」


 四角形の青年が更に金属棒を押し込みながら言えば、装置上部に立体ホロモニターが出現し、危険という日本語と赤い点滅が始まる。


『弾丸、超巨大級の取り扱いは危険です。それでも実行しますか?』

「実行」

『コマンド了承。再度警告。この行為により運営からアカウントバンを受ける可能性があります。よろしいですね?』

「もちろん実行」

『了承』


 六人が囲っていた装置が折り畳まれるように変形し、そのまま下降して床に格納される。それと同時に、施設全体が轟音を立て、ゆっくりと天井部分が開いていく。


『施設最大攻撃方法、メテオストライク発動。攻撃用弾丸、超巨大規模。攻撃目標を設定してください』


 立体ホロモニターに詳細なマップが表示され、そのマップに四角形の青年が触れる。


『確認します。友好的クラン「セラエノ大図書館」のクランコロニーを攻撃目標に設定されました。よろしいですか?』

「実行」

『多くのクランと同盟関係にある同クランへの攻撃は、多くのクランとの戦争状態になる事が予想されます。当クランにその状態を跳ね返すだけの戦力はありません。実行してもよろしいですか?』

「もちろん実行」

『メテオストライク実行します』


 六人が立つ場所に、無視できないレベルの激しい振動が襲いかかる。しかし、六人は微動だにせず、天井の開口部分をじっと見つめ続ける。


 彼らが見る視線の先、巨大な口を開いた施設から、迫り出してくる巨大な岩の塊。その岩の塊に、馬鹿げた大きさの各種ブースターなどが組み込まれた杭を、轟音を出しながら打ち込む。


「何度見てもうっとりする光景だ」

「これこそが破滅の鉄槌」

「ずっと眺めていたい景色だね」


 六人の男女は、トリップしたようにその光景を眺め続ける。


『超巨大弾丸によるメテオストライク準備完了。ブースターに火を入れます』


 ブフォァとブースターが火を吹き、その赤色はすぐに青色に、更に透明度の高い青色へと変色していく。


『目標座標……ロック。メテオストライク射出』


 岩の塊を押さえていた装置が外され、岩がゆっくりとしかし確実に加速し、見ようによっては優雅な動きで施設から離れていく。


「さて名残惜しいが仕事だ。さあさあ、仕事に戻ろうじゃないか」


 三角形の男性が両手をパンパン叩き、それに従うよう、それぞれの男女は施設から立ち去った。自分達が下した鉄槌が、多くの人命を奪う事など知った事ではない、と嘲笑うように。何事も無かったかのように。




 ○  ●  ○



 Side:ルナ・フェルム侵略艦隊総司令官ラトグム・ピエストラ



「駆逐艦三番、四番、五番航行不能! ミサイル艦ほぼ全艦脱落!」

「各艦艦長より対処法を求められてます! 総司令! ご命令を!」


 この戦艦の艦橋が、ここまでの焦りと怒号に包まれた事は、これまであっただろうか? 常に後方でどっしりと構え、遠距離からのレーザーとミサイルでいくらでも敵船を沈めてきたのに、今回も同じような出来レースのはずだったのに。


「重巡洋艦一番航行不能! 巡洋艦二番三番シールド発生装置損傷!」

「総司令! ご命令を! このままでは被害が広がります!」


 ラトグム・ピエストラ。共和国軍四等星。一応特権階級の生まれではあるが、何も価値のない四男でしかなかった彼は、とにかく上官の尻と靴を舐めまくってこの地位まで登ってきた。そういう意味では叩き上げである。だが能力的には下位二等星(帝国で大尉くらい)でしかない。それも相当甘く見積もってであり、厳しく評価すれば士官学校にすら入学できないレベルだ。つまりは無能。


「生きているコティ・カツン隊はいるか?」


 ラトグムの言葉に、まともなオペレーターは、何を言ってるんだコイツ、という視線を向ける。そもそもコティ・カツン隊を無視して総攻撃命令を出したのはコイツだ。それをやっておいて生き残りがいるか? とは的外れすぎる。


「ええっと、あれだ、そう、バート艦長に通信を」

「バート艦長でしたら、すでに職場放棄し、艦長所有のプライベート宇宙船で離脱済みです。総司令に報告しましたが?」

「あ、えっと、そうだ! あれをやろう! あれだよ! 密集してこう……」

「それをするには無事な艦船が少な過ぎて無理です」


 ああ、これは駄目だ。その瞬間に艦橋の全員が生存を諦めた。せめてここで脇目を振らずに逃げろとでも命令してくれれば助かっただろうが、あろう事か、コイツはまだここで戦えると認識している。更に悪い事に、この艦隊で一番上の人間がコイツだという事実。もう諦めるしかない。


「旗艦より各艦へ、これより各艦の艦長の独自裁量で戦闘を続行されたし。繰り返す、これより各艦――」


 オペレーターの一人が勝手に通信を入れ、それを見たラトグムが顔を真っ赤にして立ち上がったが、肩を掴まれ呆気なくキャプテンシートへ逆戻りする。


「な、何を」

「戦い続けるのですよね?」


 今回の作戦から副官となった男が、一切目が笑っていない笑顔で聞いてくる。ラトグムは不気味なモノを感じながらも、ぎこちなく頷いた。それを見た男は大きな溜め息を吐き出す。


「撤退はしないのですね?」


 再びの確認にラトグムは、やはりぎこちなく頷いた。どうやらこの男の中では、今の状態でも勝てると思っているらしい。


「では作戦を。この状況をどうにかする命令を下してもらえますか?」

「ああ、いや、それは」


 ラトグムは決断を下さない。もうこれはどうしょうもない状態まで行っている。部下達の独断も責めるわけにはいかない、何故なら全員がコイツを見限ってしまったのだから。


「こちら旗艦、重巡洋艦七番、八番――」

「巡洋艦九番、十番――」


 火事場の馬鹿力か何かか、その独断暴走は奇跡的な改善をもたらすがしかし、圧倒的に時間が遅かった。全てが遅すぎたそれは、ルナ・フェルム防衛隊に最後の悪足掻きと切って捨てられる程度の抵抗にしかならなかった。




 ○  ●  ○



「オリビア様、もう間もなく見えてきます」

「同じメイドなんですよ? 様付けは必要ありません。私が陛下の寵愛をいただけたのは、凄い幸運でしかありませんから。ですので様付けはやめて下さいね」

「は、はい!」


 上品に憧れの才妃に微笑まれ、アプレンティスの少女は顔を真っ赤に染め上げながら、オペレーション作業に戻る。そんな少女に慈愛に満ちた笑顔を向けながら、オリビアはモニターを注視する。


「ん? 監視員、センサー類の強度を上げてもらえますか?」

「はい! すぐに実行します!」


 モニターに映る宇宙空間に、ほんのわずかな違和感を感じたオリビアに命じられ、アプレンティスの少女がコンソールを手早く操作する。


「これはっ?!」


 そこには確実に小惑星規模の岩の塊が映されていた。


「小惑星をスキャン! 小惑星に七基のブースターが埋め込まれてます! 現在も加速中! 進路計算……っ?! ルナ・フェルム!」

「三番艦はこれより小惑星の破壊行動へ移る! 通信士! メイド長へ通達!」

「了解!」

「小惑星に速度合わせ! ブースターを破壊する!」

「了解!」


 オリビアはキャプテンシートから立ち上がり、厳しい顔で両腕を組む。


「三番艦の火力では、ブースター一つでも破壊出来れば御の字かしら……でも」


 厳しい表情を緩め、オリビアは自分の首に触れる。


「陛下なら、どうにかしちゃうのでしょうね、きっと」


 ふふふと一瞬だけ優雅に微笑むが、しかしすぐに厳しい表情に戻って、オリビアは的確な指示を飛ばし続けるのであった。

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