第97話 ルナ・フェルム防衛戦或いはカストル海戦 ②
各国外交官による耳を塞ぎたい悪巧みを、ちょっと半分、口からエクトプラズム吐き出しながら、わたしはだれ? だれはわたし? じゅげむじゅげむごごうのすりきれ、等々、色々現実逃避していたら、辛抱たまらん悪党共が動き出したようだ。
『オジキ、オレも出る』
『おいおい、アルス・ナルヴァの慣熟訓練終わってないでしょうが』
『……不本意だけど……ミクとリアが乗る』
「ふぁー!」
思わずプライベート機密通信モードを解除して声を出してしまう。数人の外交官にジロリと睨まれ、ペコペコ頭を下げながら、再び機密通信へ戻る。
『え? 嫁達、花嫁修行じゃなくて、オペレーター訓練してたん?』
『げほっ! ……嫁じゃないし……そうみたい』
いや、あんだけアッピルしてんだから、認めてあげなさいよ。このシャイボーイめ。
『まぁ、弟子達の成長を確認してからね? 最初からバリバリ突っ込んで仕事取っちゃ駄目よ? これはフォーマルハウトが乗り越えるべき試練なんだから』
『……分かってる』
『お父さん、その間が怖いんだけど』
『ご安心下さい陛下。こちらで手綱を握りますから』
『あー、なら頼むわ』
通信が切れ、会場に視線を戻せば悪巧みは続いていた。アリシアには連絡が行ってるようだけど、他の人々は気づいてないな。まぁ、ルナ・フェルムの観測設備に匹敵する能力を持つレーダーでも積んでないと気づかないとは思うが。
『甘いですね』
秘匿通信で隣のシェルファに言われ、俺は苦笑を浮かべる。まぁ、それは認めるところだけどね。
『まぁ、今はせっちゃんの元の体が傷付かないようにだけ注意して、見守ろうかね?』
『はい』
秘匿回線をオンライン状態に保ち、ラジオのように状況報告を聞き流すのであった。
○ ● ○
Side:イクタァ隊隊長マドカ・シュリュズベリイ
一目散という言葉通り、こちらを獲物認定しているだろうサボテン戦闘艦が、中心部のジェネレータ出力を上昇させながら突っ込んでくる。
見た目清楚、中身猛獣、言動マフィアなマドカは、お願いだから黙って微笑んでいてくれれば良いと義理の息子に懇願された、美しい口許を獰猛に歪め、ペロリと唇を舐める。
「新鮮なお客さんだ! 丁重にもてなしてやんなっ!」
『『『『へいっ! らっしゃいっ!』』』』
相手の突っ込んでくる速度に合わせ、同じ分だけスラスターを制御して後ろ側へ飛ぶ。散々、鬼のようなカオスに叩き込まれた、曰くオジキの絶技、つまりはスケーターをきっちり編隊でこなすイクタァ隊。その距離は、まさしく中間距離戦闘に秀でたハスターの独壇場。
「きっちりジェネレータを狙いな」
『『『『朝飯前でさっ!』』』』
さすがに準レガリア船と呼ばれるだけあり、中威力のレーザーを数発は耐えてみせたが、それもすぐにシールドが飽和、ブレイクした瞬間にレーザーがジェネレータを直撃、あっけなく爆発四散する。
「入れ食いだっ! 平らげろっ!」
マドカ率いるイクタァは突っ込んでくるコティ・カツンを、ことごとくスケーターで受け止め、自分達の距離で仕留めるパターンを繰り返す。そのイクタァの頭上を、少し遅れていたクトゥグア隊が飛び越え、別のコティ・カツンへと襲いかかる。
『両防衛隊へ、後方の戦艦にエネルギー上昇反応有り、注意されたし』
「ひゅーぅ、そんな事まで分かるのかい! そいつはご機嫌だぜっ!」
かつてミツコシヤという一組織だけで抵抗していた時、何度後方からの砲撃で辛酸を舐めたか。このルナ・フェルム監視網は、実にありがたい支援だ。
「野郎共っ! 後方注意だっ! 気を付けながら残らず喰らい尽くせっ!」
『『『『よろこんでっ!』』』』
ここにタツローがいたならば、お前らはどこの居酒屋の店員だ? と突っ込んだ事だろう。しかしこれは、ミツコシヤの初代が伝えた、由緒正しい掛け声であり、実はこれ、ルナ・フェルムではわりとポピュラーな合いの手だったりするのが恐ろしい。まず間違いなく、確信犯でプレイヤーが伝えた文化だ。
『後方、戦艦に動きあり』
「散開っ!」
監視網からの警告で、間髪入れずにイクタァ、クトゥグア両部隊は、一糸乱れずに花が咲くような動きで散開し、すぐさまそこに重レーザーとミサイルが降り注ぐ。味方を考慮せずにめちゃくちゃに。
「さすが共和国、国民はバイオプラントで収穫されるってか?」
あまりの惨状に顔をしかめながら、マドカはこの攻撃を行った戦艦どもを睨む。
「こそこそ隠れて後ろから射つってのは気に入らねぇ……野郎共っ! 付いて来いっ!」
『『『『へいっ! よろこんでっ!』』』』
イクタァとクトゥグア両部隊が合流し、爆発四散までは行かなくとも、航行不可能なコティ・カツン達を無視し、砲撃を受けない変則航行を行いながら、最大スピードで艦隊へ迫る。
「後方も注意しな。死んだふりしてる奴もいるだろう。即行動できるように」
『『『『へいっ!』』』』
突っ込んで来るハスターの群れに、艦隊は無茶苦茶な動きで迎え撃つ準備をするのであった。
○ ● ○
Side:レッドネーム部隊リッパー班班長一号
「ぐぉ……リッパー、点呼」
『二号だ。動けねぇが生きてる』
『三号。何とか』
『四号……あのクソ野郎がっ、必ず殺すっ』
『五号、生きてるよ』
「そうか」
重犯罪者で構成されたレッドネームで、最も生存能力が高いリッパー班は、味方からの援護射撃という名前の妨害で、最新鋭とは笑わせる船のコックピットに釘付けにされていた。
リッパー班の班長を押し付けれらた男、この部隊へ配属する時に名前は剥奪され、今は一号と呼ばれる男は、素早くコンソールを操作する。
「これは秘匿回線だ。そのまま苦しんでる様子で応答せよ」
一号の通信に、班の全員が何かしらのリアクションをする。それでこの通信が有効だと確認が取れる。
「こっちは……ジェネレータが不安定か。動かなくはないがリスキー過ぎる。二号の船はどうか」
一号の通信に、二号と呼ばれた大男は、ちち、と二回素早く口を鳴らす。
「駄目か。三号」
三号は咳払いを一回。これは肯定。
「二号、四号、五号。ノーマルスーツに異常は?」
二号、四号、五号もそれぞれ一回音を鳴らす行動をする。
「よし、三号以外の船を自爆させる。コードを打ち込め。すぐに三号の船へ移動し、爆発の瞬間に逃げるぞ」
共和国にとっての重犯罪者。それはつまり、共和国にとって不都合な人間も収監されるという意味でもある。彼らは元正規の軍人だ。それも不条理な作戦行動を上官から命じられ、出来ないと突っぱねた共和国軍部の良心とも言える存在である。彼らは生き延びなければならない、こんな下らない国家に忠誠と命を捧げる気は毛頭無いのだ。
一号は船から脱出する際、こちらを攻撃してきた後方を確認する。そこでは激しい攻防が繰り広げられているのか、閃光爆発明滅が絶え間なく起こり、修羅場の様相を物語っている。
「ふっ、勝手に自滅しろクソ共」
数分後、レッドネーム隊で最も生き残り続けたリッパー班の信号がロストし、共和国軍で正式に戦死判定が下されるのであった。
○ ● ○
「メイド長……何か……妙な反応が」
「報告は、正確、的確、具体的ですの」
「エネルギー反応があるんですが、微弱。でも感知している反応の大きさが、ちょっと無視できない規模です。そして、少しずつ動いてる?」
「要領を得ませんの。モニターへですの」
ガラティアの指示に、その反応を見つけたアプレンティスが手早くモニターにそれを表示する。
「何ですのこれ?」
そこには巨大な、とても歪な形のエネルギー波形が映されている。見ただけだと、岩のような形に見えた。
「動いている方向はどちらですの?」
「ルナ・フェルム」
「あまり良い予感はしませんの……三番艦、オリビア」
『はい、ごきげんようメイド長様』
「ごきげんようですの。モニターは見えてますの?」
『はい、報告も逐一』
「ではお願いしますの」
『承りました。スカーレティア三番艦高速駆逐艦分離します』
スカーレティアの一部が分離し、それが高速駆逐艦へと変形すると、猛烈なパルスを吐き出して急加速、ハイパードライブのかくやという勢いで、反応があった宙域へ向かう。
「陛下に通達しますか?」
「当然ですの。嫌な感じがするですの」
「了解しました。ついでに艦内に第二種警戒を発令しておきます。保険で」
「お願いしますの」
「了解」
不気味な形のナニかを睨み付けながら、ガラティアは大きく息を吐き出す。戦いはまだまだ続く、適度に力を抜いて、なるべく自然体でいなければ、思わぬところで足をすくわれかねない。
「はあ、共和国と教団、本当に面倒臭いですの」
あまりに実感のこもった独り言に、艦橋の全オペレーターが頷いたのだった。
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