第96話 ルナ・フェルム防衛戦或いはカストル海戦 ①

「メイド長、共和国側、カストル海宙域方面からお客様です」

「……本当に息子ちゃんの予想は当たりますの」

「最近、その息子様の嫁が惚気まくって鬱陶しいんですけども」

「まぁ、浮かれる気持ちも理解しますの。こちらも目を覆うばかりに、その最中ですの」

「……黙秘します」

「浮かれてますの。自覚はあるでしょうに、やれやれですの」


 スカーレティアの艦橋でガラティアは両腕を組んだ仁王立ちで、超望遠で映し出された共和国艦隊の様子を眺める。


「前回の損失は埋ってませんの」

「陛下でしたら、よーやるわ、とでも言いますかね?」

「それは確実ですの」


 大型戦艦が三隻、重巡洋艦や巡洋艦がちらほら、あとは駆逐艦とミサイル艦、フリゲート艦の姿は見えないが、やたら突出して爆走をかましている同一戦闘艦の数が多い。


「あれがコティ・カツンですの?」

「そうです、噂の準レガリアって奴ですね」

「……不格好ですの」


 基礎部分となるジェネレーター回りに、そのエネルギーを伝達する装置を取り付けて、そのまま体裁を整えるように形を作ったのか、ガラティアの言う通りかなり不恰好である。そこに各種武装を無理矢理付けているようで、見ようによっては針の数が少ないサボテンのように見えなくもない。


「メイド長、フォーマルハウト政府へ通達しました。予定通り、イクタァ、クトゥグア両部隊が対処するそうです」

「フローラリア、トーネイド、ストーム、ブライス・リムへ通達ですの」

「アイマム」

「スカーレティア六番艦出番ですの。ココルよろしいですの?」

『愚問ですぜ姉御!』

「……人妻になっても、口の悪さは変化無しですの」

『こればっかりは卑しい生まれなもんでな』


 見た目完全なる幼げな美少女。花も月も霞みそうな美貌なのに、口からほとばしるのは下町のクソガキ連中でも、もうちょいマシな言葉遣いするんじゃないの? と思わせるスラングまみれの言葉遣い。矯正しようと努力はしたのだが、結局矯正は叶わず、タツローの、個性じゃないの? という鶴の一声で許されてしまった才妃ココル。口も態度も悪いが、これで中々の頭脳派だから困るのだ。


「ではレイジの作戦通りに」

『絶賛かしこまり!』

「はあ……」


 ガラティアは額を指先で押さえながら、呆れた溜め息を吐き出す。


「四方姫、作戦通りに展開」

「? なんですの? その、しほうひ?」

「クリスタ様が勝手に名乗ってます」

「……全く、愉快な仲間達過ぎますの」


 額を指先でマッサージしながら、ガラティアはモニターを確認した。


「よし、スカーレティア本船はこのままここで待機ですの。問題があったらすぐに対応に入りますの。準備だけは怠らないように、ですの」

「アイマム」


 ガラティアは組んでいる両腕をほどき、キャプテンシートにちょこんと座る。


「さあ、お手並み拝見ですの」




 ○  ●  ○



 Side:共和国ダロ・メット級戦艦ジャバダ・フェット艦長バート・テンプレット


「艦長?」


 自信に漲る艦橋のオペレーターとは真逆、表情には出していなかったが、体から不本意だという気配を漂わせる壮年の男性を、その隣で補佐する副官が困惑気味に声をかける。


「艦長?」


 再びの副官の問い掛けに、艦長バートは気だるげに片手を挙げる。


「帝国撃滅だったか、その再編が終わらず、しかもこの艦隊は寄せ集めも良いところだ。そして大義名分も無い侵略行為……愚かだとは思わんかね」

「……」


 副官は口をつぐむ。彼は典型的な共和国人だ。問題の本質を別のナニかへ置き換え、それをどうにかするために、ナニかを攻撃する。理性ではない、感情を満足させるために手段を選ばない。だからこれは無意味な問答だ。無意味だと無駄だと分かっていても、問わずにはいられなかった。


「艦長、発言には注意を」

「ふ、好きにしたまえ」


 やはり無駄だったか。壮年の男は自嘲気味に苦笑を浮かべる。昔はこうではなかった。少なくとも、自分が下士官として配属される頃は、誇りと責任と魂があったのだ。こんな、自分の上官の失言を喜び、告げ口して自分の地位を引き上げようとする軍人など存在しなかった程度には。


 全ては教団だ。あの不気味な宗教狂いが暗躍し始めてから、共和国は致命的に腐敗した。政府中枢が、軍部上層が、誇りと責任と良識を求められる部署が腐ったのだ徹底的に。それこそ彼らが崇める破滅の神が求めるように、破滅へと向かうように。


『警告する。そこより先はフォーマルハウト国の領域である。そこより先へ進むのであるならば、武力行使を行う。早急に領域外への退去をされたし』


 強制的な通信介入を受けて、モニターに無表情な女性オペレーターが映し出される。無感情に事務的な警告をして来た。しかし、艦橋を支配したのは獣欲だ。モニターの女性が非常に整った容姿をしており、また魅力的なプロポーションをしているのが原因だろうが、バートは呆れた溜め息を吐き出す。これが共和国軍の現状だ。誇りは地に落ちた。


『バート艦長、作戦を開始するがよろしいか?』

「好きにしたまえ」


 司令官を任命された若者が、それはもう喜色満面の表情で通信をしてくる。バートは投げ槍に応対し、キャプテンシートから立ち上がる。


「副官、君が今日から艦長だ。好きにやりたまえ」


 バートは自分の胸から勲章をもぎ取り、それを副官の青年へと投げ渡す。叩き上げで今の地位まで登って来たが、潮時だ。彼は一瞥もせずに艦橋から立ち去り、そのまま荷物をまとめて入れておいたプライベート宇宙船に乗り込み、堂々と戦艦から敵前逃亡したのであった。昔なら絶対に許されない越権行為。だが、今の共和国の状況がこれを許してしまう。皮肉な事に、それは大いに自分を助けてくれた。


「さて、家族を迎えに行って、神聖国の親類にでも頭を下げに行くかな」


 共和国の腐敗はどこまでも果てしなく。それは確実に国家を死に追いやっていくのだった。




 ○  ●  ○



 Side:ルナ・フェルム防衛隊という名の愚連隊


「出撃命令が来やしたぜ」

「おう、準備は良いか野郎共!」

「「「「おうっ!」」」」

「……母上、宙賊ではないんですよ?」

「いいんだよ! こういうのは勢いとノリって昔っから決まってんだよ!」


 かつて巨大な力を行使し、自分達の全てを侵害をようとした商人相手に、気合いと根性だけで抵抗しようとした馬鹿野郎集団。バッツ・シュリュズベリイという個性の塊が引き寄せた、ミツコシヤ私設護衛隊という名前の暴力集団。今の名前をルナ・フェルム防衛隊という。


『元気がよろしいようで』

「はははははは……すみません」

『いえいえ、頼もしいです』


 出撃命令を伝えてきたオペレーターの女性が、クスクス笑うのを、何とも気まずい感じで頭を下げるオーガスト。


「んで、ねーちゃん。相手の規模は?」

「母上ぇ……」

「うっせぇな息子。お前はあたしの父親かっつうの! つかオヤジはそんな肝っ玉小さくなかったつうの!」

「お祖父様ぇ……」


 ミツコシヤファミリーによる家族コントに、オペレーターの女性は堪えきれなくなり笑い出す。これから修羅場が待っているようにはとても見えない。


「んで?」

『うふふふふふふ……ふう、失礼しました。データを表示します』

「……なんでぇこれ」

「陣形も何もあったもんじゃありませんね」


 提示された情報には、向かってくる共和国軍の全容があり、その動きや陣形は素人のような、全く統率がなされていないように見える。


「ま、つけ込む隙が多いってのは良い。こっちはこっちで好きにすっから、そっちは任せるぜ?」

「ええ、息子には既に離縁させました。知らせてませんが、今頃は頭お花畑で手引きしているんではないですかね?」

「お前も存外黒いよなぁ」

「母上が雑過ぎて私が苦労したんですよ、色々と」


 それぞれにお揃いのノーマルスーツを着込んだ一団が続々と船へと乗り込んでいく。それを二人は頼もしそうに眺める。


 ゲーム時代で最も有名なシップクリエイターだったフナダイクンというプレイヤーが、『セラエノ大図書館』の依頼で作り上げたノーフェイス級戦闘艦ハスター。タツローの評価ではバランスタイプの中間距離系の船、だそうだ。特別なプレイヤースキルを持ってない、エンジョイ系プレイヤーだったら、まず間違いなく馴染むタイプの船だとか。


「野郎共! 訓練通りだからな!」

「「「「へい! 姉さん!」」」」

「無様さらしたらカオスが来るぞ!」

「「「「ひっ?!」」」」

「出撃前に士気を落としてどうするんですか、母上ぇ」

「かっかっかっかっかっかっ!」


 豪快に笑い、自分のパーソナルカラーに染め上げ、自分専用機とした船に乗り込む母親を見送り、オーガストは肩を竦めながら背後を一瞥する。


「監視は」

「常に」

「では獲物を釣り上げに行く」

「「「「はっ」」」」


 どこに隠れていたのか、特殊なボディスーツを着込んだ一団が一瞬姿を現し、ふと意識を逸らした瞬間には消えていた。



 ゲド・ヴェロナの崩壊と呼ばれるようになる歴史的な戦いが始まる。

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