第102話 新国家フォーマルハウト樹立宣言 ①

 自国の治安の穴。自国が抱えてしまった法律に保護されている脆弱性。法律という規律模範により生成された逃げ道。それらをいかに埋め、いかに国民の負担とならないように改善改憲していくか、かなり熱量を伴った会議は、やっとこさ終わりが見えてきた。


「今後もフォーマルハウトでは、それぞれの国で実行される改訂法案の研究を続けて行く事で、その後に引き起こされるだろう脆弱性を突く犯罪のシミュレーションのデータを提供、それを踏まえた我々為政者側の行動方針のモデルケースの提供などをしていく、という形でよろしいですね?」

「「「「異議なし」」」」

「定期的な期間にフォーマルハウトに集合し、定期的なサミット開催をする事に反対する方はいらっしゃりますか?」

「「「「異議なし」」」」

「ありがとうございます」


 ライジグス国内で行われていた組織犯罪。その組織犯罪が行き着いた先のルブリシュ領の滅亡シミュレーション。レイジがそれらを説明した後から、会議の進行役を交代したアリシアの言葉に、外交官達は満足そうな表情で賛同を口にする。


「長時間の会議となってしまいましたが、これで初回のサミットは終了という事で結ばせていただきます。小休憩を挟みまして、改めて樹立宣言式典を行いたいと思います」


 優雅に頭を下げて一礼するアリシアを合図に、フォーマルハウト側のスタッフが笑顔で誘導を開始する。その誘導に従い、レイジも自分が用意されている控え室へ向かう。


 機密通信でのゴタゴタは聞いていたし、把握済みだ。その関係でゼフィーナ達は早々に船へと戻り、タツローもそれに倣いこの場にいない。


「お、お疲れさまです。宰相閣下」

「おうこらまじやめろやおう」

「閣下。ここはまだ公共の場でございます」

「うぐぐぐぅ」


 タツローの交代要員として来ていたロドムとアベルの台詞に、年相応な表情で不機嫌さを出しながら、面白そうに笑うアベルを睨む。


「だ、段々、陛下に似てきたよね」

「ふぐあっ?!」

「ロドム、容赦無いな」

「え?! ほ、誉めたよ?」

「いやまぁ、何だ、そこはほら、男って奴は複雑っちゅうかな?」

「?」


 レイジも似てると言われて、嬉しい部分の方が大きいが、やはりちょっとだけ反抗期の男の子的部分もあるわけで、そこは素直になれずにショックを受けたりするわけで、まさかそれを親友に解説されるとは思わず、イジイジとしゃがんで床をつつく姿をさらす。


「すみません、あまり我々の閣下だんなをいじめないでくれますか?」

「アッハイ!」


 近くで控えていたレイジ付秘書を演じていた嫁子の一人が、それはそれは美しい笑顔で言えば、美しいのに食われそうな迫力に恐怖し、アベルは直立不動で返事を返した。


「ほら、立って。こんな姿見せたらダメ」


 小声で囁きながら、妙にボディタッチ過多でレイジを立たせ、嫁子は満足そうに微笑む。


「し、新婚さんって感じだね」

「時間加速で二十年だろ? 熟年じゃないのか?」

「き、気分はいつまでも新婚さん、と、とかって奴だと思う」

「あー、なるほど。まあ、仲良き事は嬉しいな、って事で」

「う、うん」


 嫁といちゃいちゃしてる現場を、親友達に冷静に語られ、レイジは少々頬を赤く染めながら、コホンと咳払いをする。


「お前ら、他人事みたいに言ってるけどな、お前らも辿る未来なのは確定的に明らかだからな?」

「「えっ?!」」

「覚悟しておけよ? ライジグスは万年人材不足で、忠誠心溢れる人材は絶対に逃がさない決意を固めている」

「「おーぅ」」


 最近、ちゃんと男としての、大人的な階段を登りだしたロドムは、レイジの言葉に色々心当たりがあって真顔になり、最近やっと後ろめたさを感じないでミィと会話できるようになったアベルは、そういえば良くしてくれるメイド隊の女の子が、と心当たりに真顔となる。


「僕は巫女だろ? となれば君らは王権と王冠になるわけだ」


 くっくっくっくっくっと悪の総統みたいな笑い方をして、盛大に顔を作るレイジに、二人はマジですかと額を押さえる。


「まあ、一番きっついのはライジグスのメビウス、マルト先輩だけどね」

「で、伝説の鈍感系主人公」

「ロドム、どこでそんな知識を」

「まあ、間違ってない。彼は王笏だね。これ、絶対荒れる」


 多分、ライジグス陣営の中で、一番冷静に客観的に、古の四王家の意味を理解しているレイジは、溜め息を吐き出しながら、天井を見上げる。


「帝国は表面上の嫁取り。我が国は本当の嫁取り。そして四王家を尊重した領地の運営……もうこれ、かつての王笏だよねぇ」


 神話に語られるような夢物語。ヴェスタリア王国のお話。それはある意味での理想郷であり、色々な問題溢れる宇宙の生活者達にとっての希望でもある。


「はあ、胃が痛い」


 馬鹿話をしている親友二人の尻を蹴り上げながら腹を押さえ、レイジは困ったように微笑んだ。




 ○  ●  ○



「アンタ、なんつーモノを!」


 ネットワークギルドの報道番組を眺めていたファラが、ギャンと目を怒らせてこっちを見てくる。いやまあ、何て言うか――


「そこにロマンがあるから!」

「おバカ!」


 ペシンと頭を叩かれ、俺は苦笑を浮かべる。まぁ、カオス君のアレはやり過ぎた自覚はある。


「いやな、あれって彼を知る人間からするとだな、いい気分にはなれないんだよ」

「……そうでしょうけど」


 システム・マリオネットの詳細は、かなり専門的な部分も含めて嫁達に共有してある。もしこれからも、同じような犠牲者がいた場合、その犠牲者が正常な状態を望む場合もあるだろうから、どこでも対応できるように共有をしてある。だから、ファラも俺に言われて納得するしかなくなるのだ。ふっふっふっ。


「カオスちゃん自身は、あれで未来を切り開いてきた自負があるから、それほどネガティブには受け止めてないけど、外から見ているだけの人達にとってはマイナスじゃん?」

「だから分かり易い、象徴的な力のようなモノにしてしまえ、とでも?」

「イグザクトリー」

「「いぐざくとりー?」」

「その通り」


 ちょいちょいネタが通じない悲しみよ。まあ、カオス君自身もあまり好いてはいない様子で、そんな彼の経験を全て無かった事にするには忍びない、って思って作ったという本音部分は語らなくてもよかんべ。


「でも、こうして見ると、ルータニア様は女の子にしか見えませんね」

「可憐よねぇ。男が可憐ってどうなのよ?」

「俺に聞くなし。顔関係無く好いてる相思相愛の伴侶らがおるやん。問題なかんべや」

「デレッデレだったわね」


 ニヤニヤ笑うファラを、シェルファやマリオン、他の人々が生暖かく見つめ、それ盛大な巨大ブーメランですよ正妃様、と心を一つにしていた。


『頭、ちょっと報告よ』

「おう? アネッサさんか、どうした?」


 妙な空気感に戸惑うファラを、ちょっとニヤニヤ見ていたら、立体ホロモニターが起動して、そこにシックなスーツをバッチリ着こなして、完全に出来る企業幹部的イメージのアネッサが映し出される。


『共和国内部で動きがあって、ちょっとキナ臭い』

「また派兵か?」

『どっちかつーと内乱?』

「わーお」

『これ以上はアタイ達もヤバそうだから引き上げる』

「おう、命大事にな」

『ふふふ、本当、陛下は良い男だよ』

「そりゃどうも。土産はいらんから、とっとと帰ってらっしゃい」

『はいよ。すぐに実家へ帰るわ』


 その通信を聞いていたシェルファが、綺麗な顎先に手を当てながら思案する。


「これで少しは大人しくなりますかね?」

「いや、どうだろうな。ただ、ルブリシュ解放軍にとっては最大の好機にはなるだろうけど」


 中央に権力が集中する構造になっていた共和国で、辺境に位置する旧ルブリシュ領は、この混乱で色々動きやすい状態になるはずだ。そうなれば、あのルータニア君ならスタイリッシュにスマートに領地を奪還してみせるだろう。今回の放送で、結束が結束バンド並みな旧ルブリシュ領民達も、確実に決起するだろうし、フラグになるから言わないが、流れはもう、って感じだね。


「後は式典やって、今回色々参加してくれた人員を活用して、あの書類地獄から解放されるって感じで、しばらくほのぼのしたいわ」

「そうですね。他のお嫁さん達の機嫌も限界でしょうから」

「……」


 シェルファさん、なんつー恐ろしい事をさらりと言いますねん。


「我はやっとアルペジオに行けて嬉しいのじゃ!」

「「「「のじゃ!」」」」


 すっかり子供達のリーダーになってしまったせっちゃん。まぁ可愛いからいいんだけども。彼女の中枢ユニットもちゃんと安全な場所に移設せにゃならんな。


「あー、わりと仕事が多そうだ」


 俺が頭を叩きながら言えば、他の奴らが面白そうに笑う。笑い事じゃないんですがね。やれやれ、早く式典終わらせて帰りたいわ。

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