第93話 やっべっ! サツだっ! を現実で見続ける罰ゲーム状態

 Side:アリシア


 大統領府に指定されてしまった学術区の、一番由緒正しき最高学府の建物に、それは最早悲鳴か絶叫じゃね? というレベルの怒号が響き渡っている。


「商区の中堅区域に回せ! 逃げようとしてるって報告が来てる!」

「ガードボットの追加支援要請が二件! そっちには回せないか?!」


 かつて彼らは学術をひたすら探求するだけの学徒であった。しかし、今の彼らは運動不足な体を必死に動かし、ただひたすらに職務を全うするべく戦っている。アリシア初代大統領の権限である指名権で、政府の役員に指名されてしまったが為に。もしくはセラエノ断章が用意した餌、蓄積されたデータサーバー閲覧権を手に入れるために。


「やってもやっても終わらない、ってのは精神的にキツいわね」

「ええまあ。政府の運営資金が跳ねていく様は楽しいのですけどね」


 大統領就任挨拶からこっち、終わらないシルバーキーの活動。それなりに荷担している奴らはいるだろうと予想していたライジグス王国宰相レイジ・コウ・ファリアスすら、この状況に呆れ果てた。そこまで腐ってたのか? と。


「でも、がんがんシルバーキーが学習していってくれているから、効率という一点は凄く良くなってはいるのよねぇ」

「効率が良くなっているから、増えていっているんでは?」

「……少しでもプラスの要素を見つけて、それを自分への説得材料にしているのよ? そこは察して言葉を濁す場面じゃないのかしら? 副大統領?」

「きっと我らが師匠殿はこう言いますよ? 現実から目を逸らすな」

「はあ、分かってるわよ」


 彼女達の師匠、レイジやシェルファの問題処理能力を思い出し、アリシアは溜め息を盛大に吐き出す。あそこまで化け物的能力は欲しくはないが、せめてあの半分程度の能力を持つ人材は欲しい、と切に願ってしまう。それを言ったら、育てたら? って切り返されそうではあるが。


「これで式典の準備をしなければならないし、各国の有力者に使者を送らないとならないし」

「まあ、そっちは優秀なのをスカウト出来たので問題ありませんがね」

「この国ですっぱり商人である事を捨てる決断をする大商人がいるとは、正直思わなかったわ」

「まぁ、彼女、機を見るに敏、を地で行く人ではありましたが」


 大商人ダイコクヤの大女将ケイト・モロウジの事を思い出し、二人は苦笑を浮かべる。


 ダイコクヤのケイトと言えば、妖艶な感じの悪女である、と誰もが言うタイプだ。しかし、彼女はその外見や言動からは信じられないくらい、努力と根性の女性でもある。また、弱小であったダイコクヤを、ほぼ一代で大商人と呼ばれる規模まで育て上げた傑物で、その原動力となったのがコネクションの多さである。彼女はそのコネを使った外交をしたいと、アリシアに直接申し込んだのだ。


「まあ、セラエノ様の調査結果では、信じられないくらいクリーンでしたし、問題はありませんけど」

「そうね、まさかそのままダイコクヤを政府の機関へ召し上げないか? っていう提案は予想外だったわね」


 本当に凄かったのだ。新国家樹立宣言をしたその日に、ケイトは自分達が所有している商材を全部処分し、コネクションをフルに使用して事業の引き継ぎを行い、処分で得られた資金を使用して、問題のある従業員を穏便に解雇する為に使用、そうしてクリーンに、能力ある従業員だけを残した状態でアリシアに面会してきた。優秀な外交員は必要ありませんか? と。


「言葉遣いも服装も全て、国家の顔となる外交官としてのモノを準備してきましたよね」

「前までの状態が化けの皮、だったんでしょうけど、あの方も味方で良かったタイプでしょうね」

「ええ、全く」


 変わらず悲鳴と絶叫と怒号が入り交じる現場を見ながら、二人の権力者は力無く笑う。




 ○  ●  ○



 Side:ケイト・モロウジ



「ご機嫌麗しゅうございます、女王陛下」

「……やれやれ、随分と様変わりしたのぉ? ダイコクヤ」

「お戯れを。わたくしは今、フォーマルハウトの外交官として、陛下の謁見に賜っているのです」

「ふーむ……そこよなぁ。バザムは隙だらけの方がつけ込み易く、与し易い状態だったのだが、どこの誰が余計な事をしたのやら」


 神聖フェリオ連邦国の象徴、聖女王ミリュ・エル・フェリオは穏やかだがしかし、その力強い瞳で、実際に物理的圧力の込められた視線を、目の前の女性、フォーマルハウト外交部の長ケイト・モロウジへ向けた。しかしケイトは、お手本のように美しい微笑みを浮かべたまま、聖女王の視線を受け流す。


「……つまらんのぉ」

「申し訳ありませんが、の圧でしたら可愛らしいレベルですから」

「……なるほどのぉ、つまりはそれがお前の心変わりの原因である、と」

「どうでしょうか?」


 透明な笑顔のケイトに、聖女王は諦めの溜め息を吐き出す。つまり、これまで何度も自分と謁見をしておいて何も感じず、自分以外の何者かとの邂逅が彼女の蒙を開いた、と彼女は言っているのだ。屈辱ではあるが、あの苛烈な女の代表みたいだった彼女が、こうまで様変わりさせる何者か、それとは是非に会ってみたいと思う聖女王。


「書簡の内容は確認いただけましたでしょうか?」

「家臣団が熟考中だの」

「なるほど、では良い返事を期待します。もし難しいようでしたら、そのように駐在させます外交官へ申し付け下さい」

「……ほぉ」


 聖女王の瞳がすぅっと細まる。この女、来たくなければ来なくて良い、と言ったのだ。帝国よりも歴史があり、それなりにこの宇宙の権威の一角とされている、この神聖フェリオ連邦国の象徴に対して。


「随分と強気ではないか?」

「そうでしょうか? そう思うのであるのであれば、それはきっと陛下の認識不足なのでしょう」

「……っ?! ほっほぉぅ、なるほどのぉ」


 ケイトの挑発めいた言葉に一瞬激昂しかけたが、冷静な部分がブレーキをかけた瞬間、聖女王に閃きが走り、ほぼ確信に近い予想が思い浮かぶ。なるほど、つまりは現在界隈をざわつかせているかの新興国家、それまでポツポツとしか存在を許さなかったレガリアを、まるでいくらでもあります、とでも言いたげに所有するかの国が関わっている、聖女王はそう予想した。


「そうであるならば、ふむ、喜んで国家樹立式典に参加しよう」

「ありがとうございます。ではそのように国許の大統領へ伝えます」

「ふっふっふっふっ、楽しい事が起きそうじゃのぉ」


 豪華な扇子のような物で顔を扇ぎ、聖女王は愉快そうな笑い声を上げ続けるのであった。




 ○  ●  ○


 Side:アリアン・ファコルム・グランゾルト


「……」

「あの? グランゾルト様?」


 バザム通商同盟が解体され、学術国家フォーマルハウトの樹立を宣言した。その樹立を外に大々的に発表する式典を開くから、帝国も参加しませんか? 確かに渡された書簡、実際にはデータパレットを少し豪華にしたような物ではあるが、そこにはそう書かれている。穏便で平凡でありきたりな外交的書簡だ。ただ、もちろん参加するよね? とオスタリディ、ジゼチェス、ヴェスタリア、ファリアスの連名署名がなければ……


 帝国の永遠なる乙女、妖精、精霊と言われているアリアンの顔は、今ちょっと人には見せられない顔をしていた。


「……つかぬ事を確認するが」

「はい?」

「つまり、フォーマルハウトはライジグス王国と昵懇である、という認識でよろしいか?」

「ええ! ええ! はい! お陰で国は救われました!」


 それはもう外交官というより一種のファンではなかろうか、そんな表情で朗らかに笑うフォーマルハウト外交官の言葉に、アリアンは痛むこめかみを押さえる。


 こうなると、書簡にかかれている、参加するよね? という一文が変化する。つまり、面貸せや、である。これは行かないという返事は、逝かない? に変換されかねない。


「あい分かりもうした。丁度良い時期でもある。新しく軍事卿に就任したプラティナム・ケットス・ダンガダムとスーサイ・ベルウォーカー・ダンガダムを派遣しよう」

「おお! それはとてもありがたい事です! ありがとうございます! グランゾルト様」


 皇帝に頭ポーンされた前任ユータス・エブレ・カエルサレがやらかした色々をなんとか処理し、後任はダンガダム公爵を大公爵へ陞爵し、軍事卿へ就任させたのだ。ただ問題は、プラティナムが年若い少女であり、これまで軍事的な分野からほど遠い場所にいた令嬢である、という一点。そこに白羽の矢が立ったのが、クヴァーストレードコロニーで獅子奮迅の活躍をしたスーサイ・ベルウォーカーだ。彼をプラティナムの伴侶とし、実際の仕事は彼が行うという方法を用いたのだ。もちろん、本人達の意志などガン無視である。


 アリアンは、完全にライジグスが鬼門になっていた。彼らと関わらない為ならば、いくらでも権力を濫用しようと決意するくらいに苦手である。


「では、改めまして式典の時期などが本決まりしましたらお知らせいたしますので」

「うむ、ご苦労であった」


 なかなか上手く立ち回れた、そう満足してアリアンは軍事卿の二人へ命令書を製作するのであった。




 ○  ●  ○



「へー、アリアン来ない気なんだ、へー」

「うむ! 外交官のへんりーは喜んでおったがの」

「ふーん、へー」


 ファラが、人間味を増したせっちゃんに纏わりつかれながら、ちょっといやかなり悪い顔して笑っている。あれは悪い事ってより、恐ろしいナニかを考えている時の表情だ。俺は知ってる。俺はファラの事はちょっと詳しいんだ。


「ほどほどにしてあげてね」

「さぁ? どうかしら?」


 一応、釘を刺しておくが、あれは絶対はぐらかしている感じだ。俺は(以下略)。


「式典は問題なくやれそうですね」

「そうだね、それは良い事なんだけど……」


 シェルファの言葉に頷きつつ、チラリと正式に我が国の宰相となられたレイジ閣下を見れば、彼は楽しそうに笑っておられる。まぁ、時間加速空間で色々あったから、それの八つ当たりを目的にしてるんだろうけど……


「ほどほどにね?」

「いつも僕は分を弁えておりますが? 陛下」

「お前が陛下っつうと大体悪巧み中だろうが!」

「さて、なんの事でしょうか? パパン」

「気持ち悪いわ!」


 はあ、まぁ、そろそろどっかで一気に問題を片付けないとならないとは思っていたけど……これで式典が勝負の日になったのは確定、と。アリシアちゃん、胃にでっかい穴が生誕しないと良いんだけど……ナムナム。

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