第92話 俺達の正体を知りたいだって? ただの通りすがりの正義の味方さ! (プロパガンダ)

『皆さん初めまして、この度、ルナ・フェルムを管理する中枢AIから直接、このルナ・フェルムを守り育て健全な運営を行うよう要請を受けた、初代大統領という役職を賜りましたアリシア・ジョーンズと申します』

「お、始まったやん」

「阿鼻叫喚の始まりってか」


 ギルドの一番料金の高い部屋で、トイルのおっさんとどんな商品をどんな価格で扱うか、みたいな話をしていると、強制的に立体ホロモニターが立ち上がり、そこにルナ・フェルム伝統の衣装を纏うアリシアがいた。


 権利委譲から地球換算で一週間くらい。いやあこっちの世界だと、時間ってほぼどの人間にも無制限(身体強化調整第一種でも寿命は莫大)だから、日にちの感覚ってまちまちなんだよな。だからたぶん一週間くらいだと思う。その間、色々あった。


 アリシアと愉快な仲間達の政府方針を、我が奥様連合とレイジ君にダメ出しされつつ修正する作業を、缶詰状態で行うアリシア(以下略)の地獄合宿。


 やっとこさ復活を果たしたカオス君による錆落としに付き合うこととなった、ルナ・フェルム防衛隊(予定)の正規隊員(暫定)との一方的虐殺訓練(時間加速装置使用)。


 せっちゃんのアバターの高性能化。ルナ・フェルム中枢量子コンピューターの移設及び元の場所には簡素化してがっちがちに守りを固めた別の装置を設置。これで完全にせっちゃんがスタンドアローンになった。


 ルナ・フェルムの経年劣化でダメージを受けていた箇所のメンテナンス及び今後を見据えた自立稼働タイプメンテナンスボットの設置。メンテナンスボットをメンテナンスする施設と修復施設の増設。


 いやもう、一応、俺って国王だぜ? って思うくらいには働いたよ。うん。アリシアのメッセ目を見てるくらいの頃は、おっつー(笑)みたいな感じだったけど、まさか俺までメッセ目になるとは……


『バザム通商同盟は歪です。外の世界を知らない方は実感が無いでしょう。しかし、この国は本当に歪んでしまっているのです』

「お、核心部分に切り込むぞ」

「楽しそうやなぁ、陛下」

「何を言う。これは祭りだぞ? 世紀の誕生祭だぜ? 楽しまなくちゃ損って事さ」

「はあ、ほんま、やっばいお人を見初めたんやなぁ、うちの神様は」


 トイルはせっちゃんを神様と呼ぶ。宇宙空間で生活している人間からすれば、その過酷な環境でも生きていける場所を提供できる存在は神様だろうけどね。間違いない。幼女神は今日もルル達とバンジャーイって遊んでます。仲良しこよし! よし!


『皆さんは知る権利すら与えられずにおりましたが、ルナ・フェルムを揺るがす根幹に関わる事件が起こってました。残念な事に、その事件を解決したのは、この国を本来管理運営する大商人達ではなく、現状を憂いたルナ・フェルムの真の管理者でした。我々学術区で戦っていた者達が遭遇していた戦闘、それこそが巨大な問題だったのです』

「せやったん?」

「歴史ってのは言ったもん勝ちだって、我が国の若き宰相閣下はおっしゃった」

「……ほんま、あの子、どんどん悪辣になってくのとちゃうん?」

「まぁ、他の国々がガンガン迷走してる今の時代だから、あれぐらい苛烈じゃないと確かに舐められるってのは理解した」

「ほんまかいな」


 帝国中枢を知っているゼフィーナ、リズミラ曰く、これでもまだ優しい、というのがレイジ君の評価である。まぁ、帝国の皇帝の武力ありきの恐怖政治と一緒にすんな、っていう意見もあったけども。うち? うちは、命を大事にしつつ最大戦力で問題を根本から撃滅、ってのがモットーだ。きりっ。


「大丈夫大丈夫、もう彼は貴族位を授与して、嫁を二桁ゲットしてるから、適度なところでヌいてもらって、最近はちょっと大人しくなってきた」

「……ほんま、ライジグス、えげつなっ!」

「同意の上だよ? ちゃんと嫁になる子達も、レイジ君に惚れてる子達だよ?」

「思っきし囲ってるやん!」

「当たり前だろうが! 逃がすか! あんな逸材!」

「キレるなや!」


 いやーおっさんとの会話は楽で良い。こういう悪友との軽口みたいなのって、正直助かるわ。最近、本国の嫁達からのプレッシャーが酷くて……


『残念ながら、ルナ・フェルムを裏切り、ルナ・フェルムを手中へ納めんとする勢力に荷担している者達もいるのです。ですので、私の大統領就任初日の初仕事は、彼らを捕らえ、新しく作り上げた法律で裁き、彼らが不正に享受した恩恵を、我が親愛なるルナ・フェルム臣民の皆様へ返還する事です』


 ちょっとダウナーな気分でいると、モニターの中でアリシアがゆっくりと右腕を持ち上げる。それに合わせるように、外では無数の筒状の塔のような物体が地面からせり上がっていく。


『今日からは、安心して生活を営めるようになります。彼らこそ、このルナ・フェルムの守護者、銀の門より現れし銀の鍵、ガーディアン、シルバーキーです』


 中世の鎧騎士、まんま銀の全身鎧みたいなガードボット達が、隊列を組み現れる。まあ、あれを用意したの俺なんですけどね。一応、ルナ・フェルムの工房施設で製造したから、ルナ・フェルム製だっていう逃げ口上付き。


『ルナ・フェルムを正常へ戻し、不当な差別や偏見を無くし、笑顔と安心と幸福に満ち溢れたコロニーへと進む第一歩です。今日、この時を持ってバザム通商同盟は解体、これよりここは学術国家フォーマルハウトへと生まれ変わるのです!』

「やるなぁ、わんこのねーちゃん。役者やねぇ」


 アリシアが挙げた手を握りしめて宣言すると、今後の国家運営に関する文章が現れ、更には分かり易いように、デフォルメキャラ化したせっちゃんのアニメーション付きの解説動画が流れ、それを見た読んだ人々から天を貫かんばかりの歓声が上がる。


「喜ぶわなぁ、これ」

「そりゃそうだろ? むしろ今まで良くもまぁ瓦解しなかったよバザム通商連合」

「せやねぇ」


 要約すれば、国家として自国を防衛する戦力を持ち、国家としてちゃんと国民を守り、国家としてしっかりコロニーを運営していきます。その上で、これこれこういう形で税金を徴収しますが、そこはしっかりと調査を行ってから無理なく進めていきます。っていう、かなり普通で地味な内容だ。これが喜ばれるって、マジで末期だと思うんだけどね。

まぁ、一番の味噌は、商人の特権剥奪がかなり大きいんだろうけど。


『後日、正式に各国へ通達し、他の国々を招いた式典を開催する予定です。神聖国、帝国、新興国であるライジグス、そしてギルドネットワーク自治領の方々を招く予定です』

「すらんっとハブられる共和国、やるなわんこのねーちゃん! 笑いを分かっとる!」


 トイルのおっさんと同じく、外でも結構な人々の笑い声が聞こえてくる。いや、一般人にまで厄介者認定を受ける共和国ってどうなん? マジで。


「おーおー、捕り物劇も実況やるんや?」

「一般でも悪名高い商家中心に、な」

「はっはっはっ、プロパガンダさいこー!」

「今は必要だろ?」

「せやね、うん、ちかたないね」


 さてはて、ここの様子は向こうも筒抜けだろう。どうなるんだろうねぇ、にやり。この演説後は、完全に情報統制するぞ? 共和国。せいぜい足掻け。


 ふは、ふはははは、ふはははははは!


「悪い顔してんなぁ」

「失礼な! 最近は嫁が可愛いと絶賛するようになったんだぞ!」

「あーはいはい、ごちそうさん」




 ○  ●  ○



 その日、ルナ・フェルム方面を監視しているステーション、ゼレス・ロムーネに激震が走った。


「……こいつはとんでもない事に」


 ステーションの最高責任者にして、共和国の特務情報機関に所属するサタンガ・ダレタア特務大佐は、ひきつる顔を止められなかった。


「本国への報告は?」

「……第二を経由して本国へ」

「了解しました」


 第二とは、ルナ・フェルム攻略の作戦を指揮している部隊の通称である。本来ならば直接本国へ報告し、本国から第二へという形が正しいのだが、彼は第二の司令官から心付けを貰っている関係上、それなりに便宜を図らなければならない。


「何とも嫌な流れだな」


 ボソリと呟いた大佐の言葉は、周囲にいる者達にじっとり染み渡る。


 まともな感性を持つ人間ならば、必死こいて共和国から逃げ出す、そのレベルで共和国は完全末期な死に体状態。大佐にしても他の士官達にしても、逃げ出すにはそれなりの資金が必要だからと、ただそれだけで仕事をこなしている者達ばかりだ。


「アルペジオ、最近はそのままサンライズを奪還、王家は威張り散らす訳じゃない清き王、まさに太陽王ライジグス。さらにはバザムが新生か? 何だこれは」


 何か巨大な流れが宇宙を駆け抜けていっている。そう感じずにはいられない大佐は、そろそろ潮時かもしれないと考え始める。完全に共和国出身の記録を消して新天地に行くべきだろう。


「……私はこのまま本国へ報告へ戻るが、希望の者はいるか?」

「っ!?」


 それは大佐と同じ考えの者達へ向けた合図。それを知っている数人がすぐさま挙手をし、彼らは数時間後ステーションから立ち去った。そしてそのまま、まるで蒸発したように家族共々共和国から消えるのであった。


 共和国の崩壊は、止まらない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る