第91話 お祭りの準備

 色々と情報が出揃い、何となく全体像が見え始めた頃。本当にポツリとマリオンが呟いた一言がポイントだった。


「レガリア級のコロニーなんて、面倒臭い上に厄介なのに、何で欲しがるんですかね?」


 彼女のこの言葉は当初、誰からも共感を得られなかった。何故なら、彼女の出自が特殊であったのだ。


 彼女の今は亡きご両親、俺の義理の両親であるが、第一級特殊コロニー技師、という帝国でも百人もいない、超エリート技術者だったらしいのだ。その両親が常々言っていたのが、レガリア級コロニーは面倒臭い、だった。


 何が面倒臭いか? レガリア、つまりプレイヤーメイドのコロニー・ステーションは所有者権限という防犯機能が付いており、多くの場合、それが修理を前提としたメンテナンスであってもコロニー側は拒絶する。これを何とかして騙くらかし、あの手この手を使ってどうにかするのが第一級特殊コロニー技師の仕事であるらしい。


 この説明を聞いた瞬間、俺とレイジ君、それにシェルファは直感的に同じ事を口走った。


「「「これ、かなり精度の良い情報を流してるスパイがいる」」」


 アルペジオの時は、公社の人間がそれを担っていた。まぁ、あいつらアルペジオの中枢すら行けなかったから、居ても居なくても問題なかったけど。だが、ルナ・フェルムはどうだろうか?


「ここだと、今はもう出来ないけど、マドカ氏を確保できれば、せっちゃんの存在を抜きにしたら、行けるか?」

「だとすると……ああくそ、大商会の奴らは除外だ」


 いや本当、レイジ君や。君、あいつらマジで嫌いだよなぁ。もし関係あったら、嬉々として潰しに行く感じだったろ。おお、こわ。


「マドカ氏がぽろっと口を滑らすような相手……家族か?」

「……うーんどうでしょう。酒に酔ってベロンベロンでも、その手の話を口にしない感じですよ?」

「酒に酔っても……ん? 酒?」

「義理の息子さんがそんな事言ってましたね」

「ああ! あった!」


 敵を取り逃がしてうんぬんかんぬんってフレーズ、確かに聞いてる。


「じゃ、ミツコシヤの?」

「いやぁ、どうかなぁ」

「そうですね、そういう後ろ暗い活動してるような人物には見えませんね。どちらかと言うとお人好しな感じがしました」


 そうだよなぁ。風呂屋をやってるのが本当に楽しそうな、そんな感じの話し方だったし、彼が情報を流して報酬を、っていう感じには思えないが……


「うーむ……せっちゃん」

「んあ? 今、ルル達と決戦の最中で忙しいのじゃが?」


 いや、AIがコンピューターゲームをするってどうなんだ? つか、そのゲームどっから持って来た?! 俺が子供の頃に大流行して、その後も何だかんだ数年に一度は新作が出てる有名なヤツじゃねぇか!


「すぐ終わるよ。せっちゃんが持ってる船のリストって出せる?」

「ほーい」


 せっちゃんはコントローラーを手放さず、そんな機能付けた記憶は無いのだが、頭からぴょこんとアホ毛っぽい房を伸ばすと、ぺいっと立体ホロモニターを出してレイジ君へ投げ渡す。


「ありがとう、助かるよ」

「にゅふふふふふ、我は高性能じゃからの!」


 アホ毛をブンブン振り回し、くねくね体を動かす幼女様。その様子に自分達の髪の毛を集め、アホ毛に見立ててぶん回し、同じようにクネクネし始める年少組。いや、君ら、マジで仲良いなぁ。


「……タツローさん、このラインナップの性能って分かったりします?」

「あん? どれどれ」


 ひゅいんと俺の前に投げられたモニターを見れば、なんちゅーか、なんともらしいって感じの船達の名前がずらっと並んでる。


「いやまぁ、本当にラブなクラフト先生大好きだよなぁ」

「?」

「ああ、こっちの話。で、この船の性能を知ってどうするん?」

「ええっと……確かここに……」

「レイジ様、もしかしてこちらでしょうか?」

「え? あ! そうそうこれ! ありがとう!」

「いいえ、お役にたてて幸いです」


 およ? レイジ君にデータを渡したアプレンティスの子が、妙に顔が赤い……ははぁん、なるほどそういう……


 思わずファラとシェルファ、マリオンに視線を向ければ、三人は少し苦笑を浮かべて、人差し指を立てて口に当てる。ああ、君達はもう知ってるって事ね。さすが女性はそういう嗅覚が鋭いねぇ。


「? どうかしましたか?」

「いや、それで?」

「はい、これは相手が準レガリア船と呼んでる戦闘艦のデータなんですが」

「……いや、どっから持ってきたよ」


 ふっふっふっと怪しく笑うレイジ君からデータを受けとれば、書いてある内容に開いた口が塞がらない。


「なんぞこれ?」

「はぁい?」

「準レガリアって明確な基準とかってあるん?」

「え?! ええっと……マヒロさん、超空間、相手ガイツ艦長」

『イエスレイジ。超空間通信をウィプス・ファイア艦長ガイツへ繋げます』


 どうやらレイジ君も知らないようだ。マヒロに頼んで知ってそうな相手に聞くようだね。その相手はガイツ君と。


『こちらガイツ。参謀、また密命ですか?』

「ああいや、ちょっと聞きたい事があって」

『俺が分かる事でしたら』

「準レガリアって基準みたいなのってあるのか知りたいんだ」

『はあ、基準、ですかい?』


 何となくですけど、そうガイツ君は前置きして教えてくれた。


 簡単に説明するなら、店売りの戦闘艦から十倍位の性能があれば準レガリア、みたいな基準であるらしい。ただ準レガリアからレガリアに上がるには、とんでもなく分厚く高い越えられない壁が存在しているとか。


「じゃぁ、この船は準レガリアじゃないわ。良くて店売りの五倍か六倍だ」

「……アンタの常識?」

「ちゃうわ! はっきりとした数値があるのに俺の常識とか関係あるかい!」


 全く失礼な。


「確かにカタログスペックだと準レガリアに届くだろうけど、実際に動かしたら五倍でも出るかね? この構造で」


 宇宙船を組み立てる、という生産職の醍醐味の中でも、想定されるスペックへ届かせるってのは難しい。ただ性能が良いパーツを組み込めばジャスティス、なんて事は絶対存在せず、一つ一つの相性を考えて組み立てないと、それぞれのパーツは超一級、船としての完成度はゴミ、なんて簡単に出来上がる。この船はまさにそれだ。


『オジキ、ちな俺達のウィプス・ファイアってそいつに比べると?』

「え? あー、どうなんだべ。正確には言えんが……一億倍位で足りるか? もうちょいあるかもしれんな」

『……良い船にしてくれてあざーす!』


 なんでぃ? 唐突に。俺が困惑してると、レイジ君が、せっちゃんが持ってる船と比較するとどうか聞いてくる。


「これ、有名なシップクラフターの、一番有名な量産型だから、十分に君らの言うレガリアレベルだぞ?」


 俺がそう言うと、レイジ君はニタリと笑った。いや、君のその笑い方は本当に怖いからやめよ? 女の子に嫌われちゃうぞ?


「タツローさん、こんなのどうです?」


 俺は君が段々、時代劇の山吹色のお菓子を持ってくる人に見えてきたよ。




 ○  ●  ○



「は、母上っ?!」

「おーう、帰ったぞ」


 その日、ミツコシヤは上に下にの大騒ぎとなった。隠居したと思われていた大奥様、それも伝説になったような人物が、かつての若さと美しいを取り戻して帰ってきたのだ。


「いやはや、驚きましたぞ」

「かっかっかっかっ、何だよ、母ちゃんが若くて美人な方が嬉しいだろう?」

「酒癖が悪くなければもっと嬉しいのですが……」


 義理の息子とマドカの食事。それは古参の使用人程嬉しそうで、新参の使用人程忌々しそうにしている。勿論それを二人ともしっかり分かっていた。


 古参は義理の息子とマドカを支持する派閥。新参は跡継ぎ候補達を支持する派閥。そんな派閥など作っても無駄なのだが、二人はあえて何も語らない。


「それで母上、何かありましたか?」

「ん? ああ、今度な、バザムが解体されて、新しく国が出来る」

「……は?」

「いや、今回ばかりはキレたらしくてな。今度は商人が中心じゃなくて学者中心にシフトするんだと。そこでシュリュズベリイとしても責任はある、って言われちまってな。うちの奴らを使うって話になったんだわ」


 がっはっはっはと豪快に笑う母の言葉に、息子は頭を抱えた。何を重要な事をさらっと抜かしやがるこの酒乱、とじっとりした目を向けるが、母は気にする様子もなく杯をあおる。その様子を静かに気配を消して見ている人物がいた。


「……ふふふふふ」


 その人物は薄く笑い、更に酔ってペラペラしゃべるマドカの情報を収集する。それはマドカが酔いつぶれ、その場でグースカ寝息を立てるまで居続けた。


「これで、またお金がたんまりでありんす」


 くふふふふと含み笑いを浮かべて立ち去るその人物。その気配が遠退くのを感じると、マドカはよっこいせと上半身を持ち上げる。


「……そういう事でしたか」

「そういう事だ。ったく、ちょっと小賢しい程度の悪童だった可愛いレイジが、すっかり陰険腹黒野郎になっちまって」


 脅迫おねがいされて、こんな茶番をやったマドカは、しかし面白そうに笑う。


「うちの奴ら、錆び付いてないだろうな?」

「大丈夫です。何だかんだ、やっぱり取り逃がしたのは大きかったようで」

「……そうか」


 これから待ち受けている祭りに向けて、マドカは静かに闘志を燃やし、戸棚に飾られている平凡そうで穏やかそうな男性の額縁に向け、ちょいと杯を持ち上げる。


「ちゃんと仇は取るからな」


 自分が失った片翼の大きさを、しみじみ実感しながら、杯の残りを一気に飲み干す。いつもならこれほど美味い飲み物は無い、と断言できるはずのそれが酷く苦く感じた。


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