第90話 一体、我々は何を敵に回したのか?

 せっちゃん譲渡。凄い字面のパワーワードよ。これはあれか? せっちゃんたすかる、とでも俺は語れば、どこぞに書き込めばええのんか?


「まあまあ、詳しい事情は後でしっかり説明するから、今は取り合えず飲み込んでくれる?」


 どおどおとファラになだめられ、よしよしとマリオンに頭を撫でられ、何やら怪しい手付きで肩をシェルファに揉まれ、しゃーねーなーと俺は苦笑を浮かべるしかなかった。いやこれで、冗談じゃねぇぞこらおうこら、みたいな行動を取れる俺はいない。うん。


 何よりもだ。せっちゃんの異常な喜び方からして、何となくは想像できる。アビゲイル的なサムシングだろう。それと又聞きではあるが何か、AI関係ってこの世界生き辛いらしいしね。


「ではこれで一連の流れは終了です。後はアリシア大統領の方で、進めていただきます。ある程度の形になりましたら、改めて周辺諸国に宣言しましょうか? 学術国家フォーマルハウト樹立を」


 マドカ氏をこってりしぼって、妙に輝いて見えるレイジ君が取り仕切り、権利の譲渡やら何やらはスッゴい簡単に終了した。そこで、せっかくだからバザムって名前は捨ててしまえと言う事で、フォーマルハウト国と名乗る事となりました。これはせっちゃんの要望だけどね。


「はあ……辛い」


 アリシア大統領はすっかり毛並みが悪くなってしまい、耳も尻尾も元気が無い。まぁ、そこは頑張ってもらうしかないかな、何しろここは彼女達の故郷であるわけですから。


「そんな大統領殿に提案があります」

「ん? どのような?」


 レイジ君はニヤァと、それはそれは黒い笑顔でスッゴい事を語り出した。



 ○  ●  ○


 Side:特務艦隊アイアン・フィスト



「艦長、参謀の予測通りありました」

「いや、マジであるんかい」


 サンライズ解放後、周辺宙域からやたら宙賊に襲われ続けたガイツ率いるアイアン・フィストは、この状況を予測していたレイジの密命に従い、とある宙域の宙賊はわざと逃がすような手心を加え、他の宙域からの宙賊は殲滅する、という行為を繰り返していた。そして、すっかり勢いを失ったタイミングで、わざと手心を加えた宙域へ出向いていた。


 あると思うよ、と軽く言われた共和国の秘密拠点。まさにそれが目の前に存在し、ガイツは絶対あの少年だけは敵に回すまいと決意する。


「スカル・バンガード」

『へい、お呼びで?』


 ガイツの船ウィプス・ファイアの影にピタリと張り付くよう航行している船へ呼び掛ければ、どう見ても海賊だろお前、という強面の男が野獣のごとき笑顔で返答を返す。


 アネッサの推薦で声掛けされた、正統派傭兵団の中でも、一番長い歴史を誇った傭兵団フォルブレイズ。その団長を任されていたアントニオという男だ。ガイツも戦場で何回か遭遇し、際どい綱渡りのような戦いを繰り広げた好敵手だ。


「パワードスーツの具合は?」

『へっへっへっ、これを着たまま女を抱けますぜ?』

「はあ、俺も人の事は言えないが……メイドがいる場所では絶対口にするなよ? まじであの世が見えるからな?」

『へい! 失礼しました!』


 傭兵からの正規軍編入組は、結構な人数、メイドさんの洗礼を受けている。まあ、ヒラヒラの可憐な服を着た美しい女性ばかりだから、仕方がないとはいえ、白黒を見ただけで震え上がるようにするのはちょっとやりすぎじゃないかなぁーとガイツは思っている。


 こほんと咳払いをし、気持ちを切り替えアンチニオに確認する。


「よし、作戦は理解しているな?」

『施設へ突入。中枢の破壊。資材を丸パクリ。違法奴隷の存在確認。もし不当に囚われていたら救出。以上であります!』

「大丈夫だ。では作戦開始!」

『はっ! 野郎共! 突貫だっ!』


 強襲突撃艦スカル・バンガードが、思いっきりノズルからエネルギーパルスを吐き出し、急加速して施設へ突っ込んでいく。


 スカル・バンガードの突撃に気づいた施設側が騒がしくなり、緊急スクランブルでもかけたのか、大量の戦闘艦が施設から吐き出されていく。


「敵勢力展開開始」

「よーし、こっちも援護する。ウィングスも出せ」

「了解」


 量産特化、遊びなし、ガチのガチガチな軍用コスト重視の戦闘艦ウィングスを吐き出し、ガイツはゆっくりと腕を組む。


「これで少しは意趣返しが出来るな」


 参謀のレイジ曰く、この施設はアトリ商会も関係あるとの言葉を聞いている。前の追撃戦では心臓に悪い事ばかりやられた、その仕返しは絶対にしなければならない。


 艦橋にいるクルー全員が、ガイツの言葉に黒い笑顔を浮かべるのであった。



 ○  ●  ○



 Side:アトリ商会


「なんだと?!」


 奴隷女をなぶり、嗜虐心を目一杯満たすお楽しみの最中、それだけでも腹立たしいのに、もたらされた報告は今までの気分を全て消し飛ばす威力があった。


「プラント一号二号連絡途絶。商品集積所も複数連絡がつきません」

「馬鹿なっ?! プラントには共和国の正規軍が常駐していただろうがっ?!」

「……」


 プラントとは、アトリ商会と共和国が共同で建造したコティ・カツンの製造工場だ。


 エベルプライマルコロニーを終点とした、帝国監視網の外側にある辺境宙域のコロニー・ステーションから資材を集め、一旦エベルに集積し、そこからプラントへと運んで戦闘艦を製造、という流れを作っていたのだ。


「幸い、と言ってよろしいか、共和国へ納品する予定だった規定数は既に輸送済みです。そこだけは本当に幸いでした」


 共和国との約定で、必ず規定の数を上納するよう定められていて、それを守らなければ莫大な違約金の支払わなければならない。それを回避できたのは大きいと、自分の右腕が言うが、問題はそこではないのだ。


「……何故、今なのだ?」

「は?」


 ルナ・フェルム攻略という大きな作戦が控えている今、余剰戦力はいくらあっても足りない。ましてや準レガリア船コティ・カツンはこっちの主力だ。上納分が終わったから作らない、などという訳もなく、これからもフルで製造ラインを動かす予定だったのだ。


「何だ、何だこの気持ち悪さは」


 何か得体の知れない化け物が、邪悪な微笑みを浮かべてパチリパチリと盤面を支配しているかのような幻覚を見たような気がして、ゴバウはそれを飲み込むように、ベットチェストに備え付けてある酒瓶を、もどかしそうにラッパ飲みするのだった。



 ○  ●  ○



「とまぁ、クソババアが手を抜いた弊害で、絶対あっち側へ河岸を変えている奴らはいるんですよ。もうすぐそいつらが絶対に慌て始めます。そこを大統領命令で強制調査してください。当分の政府運営費用くらいだったらそれだけで回収できますよ?」

「「「「……」」」」


 悪魔だ。まじで悪魔がいる。


 敵と認定しているアトリ商会。そこへ必ず繋がっている商人がルナ・フェルム内部にいて、それを判別する方法を既に展開していて、大統領はそこに乗っかるだけで大金ゲットだぜ。と軽々言ってるんですがこの子。


 え? 何この子。マジで異能アカシックレコーダー! とか完備してないよね?


「クソババアがしっかりやっときゃ、こんな苦労を背負い込む事はなかったんですよ。それに散々、バザムの特権階級商人どもには嫌な想いをさせられましたしね」


 ふふふふふ、と不敵に笑う我が宰相候補。いやもう何だ、凄いなこの子の進化は。もう俺必要ないんじゃないの? これ。


「何を考えてらっしゃるか分かりますが、ライジグスは絶対タツローさんじゃないと回りませんからね?」

「お前も俺の心を読むんかーい!」

「分かり易いですから。ともかく僕のやり方は優しくないんです。だから絶対国主はタツローさんじゃなければならないんですよ」


 レイジの言葉にファラ、シェルファはおろかせっちゃんまで頷いてる。そういうもんかねぇ?


「分からなくていいですよ。そこが陛下の一番良い部分ですから」


 爽やかに笑われて、納得したようなしないような?


「まま、それはいいんです。今重要なのは、一体あいつらはどこの誰を敵に回したのか、それをじっくり味合わせてやりましょう?」


 ……うん、やっぱこの子怖いわ。絶対怒らせないよう注意しとこ。うん。

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