第89話 目覚めちゃったファンキーロッカーレディ

「……なんて言うかさ、こう、衝撃を受けている僕がいる」

「な? それな? マジでそれな?」

「お、おばあちゃんがおねえちゃん」


 医療ポットを前にしたレイジ君たち義兄弟は、その中に鎮座されておられる女性に、なんとも言えない表情を向けている。いや、俺もアルペジオのあの老婆に似てるって知ってるから、確かに若返った姿は衝撃だろう事は理解できる。


 ミィちゃん達他の孤児院組なんかは、凄く素直に喜んでいるから、その対比が凄い。まぁ、それ以前の問題として、ガッチガチに緊張して周囲が全く見えてないアリシアなんて存在もおるので、俺なんかはそっちのお陰で平静でいられるんだが。


「覚醒シークエンスに入るのじゃ!」


 そしてテンションあげあげな幼女様が、それはもうお尻フリフリ、両手パタパタ、腰をクネクネと、あまりに現実側に来たがったので、拡張システムのアバターシステムを渡したら、そこに入りっきりになってしまって、そのアバターシステムの擬体をフルに使ってダイナミックに動いておられる。その幼女様を追いかけ真似をするルル以下年少組のお遊戯会。可愛い! いいね!


「いや、もうちょっとお父さんっぽい表情をしてください。ちょっと本当に、見せられない顔してます」

「……惚れた弱みって怖いわよねぇ。最近、このグデった感じすら、可愛いとか思っているアタシがいる」

「分かります! 分かります! グデ陛下いいですよね!」

「アタシも大概だと思ってたけど、マリオンお前もか」

「おうこら嫁達よ、毎度毎度人を変質者のように言うのは止めタマヘ」


 そんな平常通り過ぎる俺達を、アリシアは羨ましそうな感じで見ている。いや、あの見た目アフガンハウンドだから、どう見てもお散歩にいかないの? ご主人しゃま? って感じの家犬にしか見えない不具合はあるんだが、多分羨ましいと思っていると思うんだ多分。大事な事なので――


「きたきたきたきたーのじゃ!」


 おっと、幼女様のテンションが凄い勢いで限界突破していくぞ。そして彼女の回りで同じ動きをしている年少組。なんかもう、あれだね、変な儀式みたいになってるのが笑えるな。可愛いからいいけども。


『お疲れさまでした。セラエノ式身体強化調整施術完了します。尚、ストック資材の関係上、同じ施術は出来ません。再利用の際は不足分の資材を用意してからご利用下さい』

「おん? セラエノ式?」


 医療ポットの管制システムが、無感情なインフォメーションをするのを聞いて、引っ掛かりを感じた言葉を呟く。なんじゃいセラエノ式って? これはあれだな、後でせっちゃんにここの強化調整の資料を見せてもらうべしや。うへへへへ、あの神話生物達め、どんな秘密を隠してやがったんだ? ぐへへへへ。


「あ、これが正妃様方が言っていた?」

「ね? 分かり易いでしょ?」

「はい! わ! 何だか凄く奥さんって実感がします!」

「分かり易すぎるのも困りモノなんですけどね」


 なんか外野がうるさいが、ここで何を言っても仕方がないのでスルーだ。夫婦生活には結構スルーする事が大切だと、俺は学んで少し賢くなったからな!


「陛下、ポットが開きます」

「お、うむ」


 レイジ君に言われて、一応外向きの表情を作る。この中で一番の権力者が俺だからね。実感は果てしなくないが。


 ゆっくり医療ポットの蓋が開き、完全に蓋が全部持ち上がると、中の女性がクワッと一気に目を見開いた。


「酒が切れたぞ! セラエノ! 酒だ! 酒持ってこい!」

「……ババア」

「あー間違い無くクソババアだ」

「お、おばあちゃん……」


 医療ポットから一気に立ち上がり、全力で叫ぶ女性に、義兄弟組は頭が痛いという表情で額を押さえ、他の孤児院組はきゃっきゃっきゃっと喜び、テンションあげあげだった幼女様は、がっくりとした表情で女性を見上げている。


「ん? セラエノ、何で実体化してんだい? それに、何だいクソガキども、随分と上等な服を着てめかし込んで」


 凄い、何というか、本当に表面上はシェルファ並みに可憐って感じなんだが、見せる表情、しゃべる口調、仕草の一つ一つが凄くヤンキーです、ありがとうございます。豪快な感じには好感を覚えるんだが、いかんせん、全ての行動に威圧感が乗るのはどうなんだべ?


 これどうするよ? と思っていたら、女性マドカが、ギヌロンと俺を睨み付ける。


「んで? てめぇは誰だ?」


 マドカの物言いと態度、何より上から目線の威圧に、背後の嫁達からブワッと殺気が出るのを感じ、俺は一歩前へ出て、背後にまあまあと手で合図しながらキリリと表情を引き締める。


「ご存知ではないだろうが、最近クヴァーストレードコロニーの所有権を取り戻し、古式的手段で王位を手に入れた新興国家ライジグス王国国王タツロー・デミウス・ライジグスである。そちらのセラエノ断章殿とは旧知の間柄でな、彼女の要請に応じる形で暫定的な同盟関係を結んでおる。今回ここにいるのは、彼女曰く真なるルナ・フェルムの所有者たる貴殿との、正式な同盟締結を結ぶためにやって来た」


 少し威圧されたから、それよりかは強めに威圧し返して、取り合えず王様っぽい振るまいと口調を意識して返答すれば、マドカは慌ててせっちゃんを見る。せっちゃんは心底呆れ果てた表情でマドカを見て、頷いて見せる。


「台無しじゃ」


 せっちゃんの一言には万感の想いが込められていて、この状況を何より物語るものであった。ちゃんちゃん。


「ババア、僕はこの陛下に忠誠を誓い、雇われて今王国の文官をしている。てめぇが口開くと話が進まんから、僕から説明する。終わるまで口閉じろ」


 わぁお、レイジ君がここまでキッツい口調でしゃべるの初めて見るわ。いやまぁ、確かにマドカさんの初手は色々問題大有りだったけども、凄いなレイジ君。ババアって。


「まずやってもらいたいのは、このルナ・フェルムの権限の一部、管理関係の権限を条件付きで、そこの初代ルナ・フェルム大統領に選ばれたアリシア・ジョーンズ博士に委任。そしてババアが所有している権限を、一度全てせっちゃん、セラエノ断章様へ戻す」


 ギャンと音でもしそうな目付きでレイジ君が言えば、マドカさんはギョッとした表情でアリシアを見る。アリシアはアリシアで、もうお家帰りたいって表情でプルプルしている。おう、頑張れ大統領。俺の知ってる大統領ってのは、一人でレッツパーリィ! とか言って武装組織と戦ってるようなイメージだぞ!


「今回、というか長年ルナ・フェルムがこんなちゃらんぽらんな国家運営だったのは、そもっそもの話、シュリュズベリイ一族の怠慢、責任放棄が根幹にあった。なので、セラエノ断章――」

「我はせっちゃんじゃ!」

「はい、せっちゃんが今後過度のストレスを感じないように、また同じような状況を招き入れないように権限を全てせっちゃんへ委譲。せっちゃんが選んだ新しい権限主へスムーズに所有権が動かせるようにします。ですが、既にルナ・フェルムは多くの人民が生活をしているので、形だけの所有者となりますが」

「うむ! 我の次の所有者はタツローじゃがな!」

「うえっ?! 聞いてないよ!」

「陛下も終わるまでお口チャック。大丈夫です。僕がしっかり聞いてますので」

「おうこらレイジ?!」


 何かとんでもない事言い出したよ! この子ったら?! しかも俺以外は知ってるのか、嫁達は俺の体に抱きついて、まぁまぁとか笑ってるし。なんぞこりゃ?!


「シュリュズベリイ一族に統治能力を求めていないので、今後のルナ・フェルムの正常な運営は大統領府、アリシア殿が作られる政府によって行われます。なので条件付きの管理能力の譲渡、と言う事ですね。質問あるか? ババア」

「いや、その、悪かったからババアはやめてくれないか?」

「うっせ酒癖悪いババア。そういうのは酒乱やめてから抜かせババア」


 色々あったんだおうなぁ。ちょっと子供っぽくなったレイジ君をアベルっちとロドムニキが押さえてる。その様子に他の孤児院組も笑ってるから、これが孤児院での日常だったんだろうなぁ。


「まあ、勿体ぶってやるようなモノじゃないからの。とっとと終わらせるのじゃ! 終わらせて我はアルペジオに行くのじゃ!」

「「「「ばんじゃーいばんじゃーいばんじゃーい」」」」


 うおおぉぉっ! とばかりに拳を突き上げるせっちゃんに、子供達がばんじゃい三唱。いや、それでいいのか? いやまぁ、うちのアビゲイルなんかも自由っちゃ自由だが。


「そうだな。終わらせよう。終わってからも説教は続くけどな?」


 ギャンと目を光らせたレイジ君に睨まれ、マドカさんは当初の勢いはどこへやら、すっかり萎縮してヘコヘコしてらっしゃる。うわあうちのこつおい。


 権利の委譲とかいっても、何か仰々しい儀式が必要というわけじゃなく、あくまでシステマチックなモノ。せっちゃんの文言に承認と答えるだけで権利は移動する。そんな簡単な事をやって、正式な同盟は締結された。そして、何故か知らんがせっちゃんの所有権が他国の王族に委譲されるっちゅうワケわからん状況へ。


「ひゃっほーうぃ! これで我は自由じゃー!」


 うん、ああも喜ばれると何も言えねぇ。しゃあねぇな、もお。


「では陛下、話し合いは少し待っていただけますでしょうか?」

「……う、うん。ほ、ほどほどにね?」

「善処することを善処します」


 それって考えるかもしれんけど考えないよって言ってるんじゃ? レイジ君は輝かしい爽やかな笑顔で、マドカさんの首根っこを掴んで引きずっていった。うん、彼は怒らせないようにしよう、これ大切。


「アベルっち、ロドムニキ」

「無理」

「む、無理です」

「マジかー」


 フォローを二人に頼もうと思ったが、二人からは即答が……ま、強く生きてくれマドカさん、なむなむ。


 俺達は引きずられ、何やら悲鳴に近い懇願を叫ぶマドカさんを見送る事しかできなかったのであーる。すまんね。こっちも命が大切なんで見捨てまーす。

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