第88話 大商会、共和国、教団。

 共和国国境線に近い、とある小型ステーションの一室での事。


「困りますなぁ。流石にこれはちょっと度が過ぎていませんかな? ゴバウ殿」


 嗜虐的な表情を浮かべ、ねっとりゆっくり毒を注入するように、全く似合っていないカイゼル髭を舐めるよう指先で撫で付ける男の言葉に、醜い激太な体を精一杯縮めて、ゴバウは平伏している。


「確かに、コティ・カツンを製造できるようになったのは、アトリ商会の力あってこそだったのは認めます。それを踏まえて本来軍に回す予定だった百隻を、これまでの実績を信用して先渡しをしたというのに……追加で五十隻寄越せ、はどういう事なんですかね?」

「……予想外な事が起こりまして」

「予想外?! おやおや、予想外など、イレギュラーなど起こりうる事は無い! とかおっしゃってませんでしたか? 記憶力には自信があるんですけど、自分がボケたのでしょうかね?」

「ぐっ」


 アトリ大商会の総力を挙げて解析を進めていたレガリア級戦闘艦。共和国から莫大な賃貸料を支払いレンタルし、何とか製造に漕ぎ着けた準レガリア船コティ・カツン。


 ほぼこちらの尽力あってのコティ・カツンなのに、この男は先程からまるで自分こそ最大の功労者と言わんばかりの口ぶりだ。そろそろ我慢の限界を迎えようとしてた時、シャランシャランと金属が擦れる涼やかな音が聞こえてくる。


「雑な作戦立案で、全てを台無しにした方が、随分と強気になじれますね? 信者スミス?」

「っ?! いやいや大司教様、これは事実確認をしておりまして」

「ほほぉ、この私に口先だけの弁解をするとは、少し躾が足りませんでしたか?」

「ひっ?! めっ滅相もないです!」


 ゴバウは緊張しながら、ゆっくり顔を挙げると、無表情に無理矢理笑顔を張り付けて、圧倒的違和感をぶちこんだような顔をした女性と目が合った。一瞬、恐怖と嫌悪感が溢れだしそうになるが、無理矢理真っ白な空間を想像して、なるべく頭を空にする努力をする。


「ふふふ、随分と警戒されますね?」

「ご機嫌麗しゅうございます、大司教様」


 彼女の言葉をまるっと無視し、なるべく平坦に事務的に挨拶をすれば、彼女はつまらなそうな表情を浮かべて、近くにある椅子へ勝手に座った。


 教団で最も過激な集団を率いる彼女は、この場の誰よりも恐ろしい。一番の恐怖は、彼女が教団でも指折りのテレパシストである事だろう。下手な考えは即座に読まれ、向けられる感情に少しでも不快な要素があれば、躾という名の拷問が待っている。ゴバウの対処法は間違っていない。


「それで、進捗はいかほどで?」

「着々と」


 何も考えず、即答するゴバウにスミスと呼ばれた男は信じられない表情を向ける。準レガリア船が二十隻も撃墜されて、着々と進むはずがないのだ。


「ふむ、コティ・カツンの性能でも落とされましたか」

「問題ありません」


 またしてもゴバウは即答してみせる。その表情は一切の動揺など無く、まるで当然だとばかりの表情である。ゴバウの異常さに、スミスは口をパクパクさせて絶句する。


「スミスは不足あり、と考えているようですけど?」

「不足などあるはずも無く」

「ふふふふふふ」


 全ての言葉に即答するゴバウ。その理由が分かっている大司教は、ホラー系ビジュアルディスクに登場する怪物のような笑顔を、ゆっくりゴバウへ近づける。


「口先だけは許しませんよ?」

「そんな無謀などする度胸もありません」


 死んだ魚のような瞳で、化け物顔の大司教を見つめるゴバウ。スミスはそんな二人のやり取りに口を挟めず、ただただおっかねぇから早く終わんねぇかなぁ、とか考えていた。


「……まあ、いいでしょう。スミス、アトリ商会へ追加の船を回しなさい。それとレッドネームの使用許可をしましょう」

「っ!? あ、わ、分かりました! すぐに用意致します」


 恭しく頭を下げると、シャランシャランと再び涼やかな音が鳴り響き、そのまま部屋から立ち去っていく。しかし二人は、涼やかな音が完全に消えるまで、まるで金縛りにあったようにじっと耐えた。


 どれくらい耐えていただろうか、ほぼ同時くらいに二人は大きく息を吐き出し、精魂尽き果てたように項垂れる。


「……凄いですな、ゴバウ殿は」


 スミスの心からの言葉に、ゴバウは鼻で笑った。


「全部筒抜けですよ。分かっていてやってたんですよ、あの化け物は」


 そう、彼女程のテレパシストになれば、こっちが対策しようと、深層意識から色々調べる事が出来てしまう。だから、必死の虚勢も彼女はそうだと理解した上で、わざと読めない風なやり取りをしてたのだ。実際、それで数回痛い目を見ている。


「……大司教様の指示ですので、五十隻のコティ・カツンをこちらへ回します。それと、大司教様から許可をいただいたレッドネームも用意しましょう」

「慎んで」

「……ルナ・フェルムは是非共和国で活用したい都市です。健闘を祈ります」

「っ?! ご配慮痛み入る」


 大司教の登場で妙に優しくなったスミスに、何となく不気味なモノを感じながら、ゴバウは成功率を高めるために、新しい方法を考えるのであった。



 ○  ●  ○


 ブルーエターナルの戦闘艦を整備するスペースに、車イスをミクに押される形で、カオスは周囲をキョロキョロ見ていた。


「本当、奇跡を見てるよう」


 ミクの隣には上品で気品のある少女が並んで歩き、カオスの様子にクスクスと嬉しそうに笑う。


 彼女は帝国貴族の娘であるが、いわゆる帝国淑女経典を嫌い、家から飛び出して、その先で紛争に巻き込まれたところをカオスに助けられ、そこからずっとシン・プラティカの雑用として働いていた少女だ。名前をリアという。家名は捨てたらしい。


「本当、良かった」

「そうね、これで戦いが無ければもっと良いのだけれども……」


 ミクはずっと涙ぐみっぱなしで、そんなミクにリアは優しくハンカチで涙を拭いてあげる。


「でも俺は戦うぞ?」


 カオスは少し不機嫌そうにミクに言う。感情なんてまるで感じなかったカオスが、感情を表に出せるようになった。本当に奇跡のような現実に、ミクは涙を浮かべながら頷く。


「タツロー様なら、絶対カオス君を大切にしてくれるから、そこは心配してない」

「オジキは優しいもんな」


 どうもタツローに父性を猛烈に感じているらしいカオスは、タツローの事になると素直に感情を出す。その事が少しモヤモヤするが、男に、しかも妻帯者に嫉妬するものどうかと、そっと心の奥底へ仕舞う事にしている。


「おや、今日も散歩かい?」


 油汚れや色々な染みなどがついた作業服を着こなした、ライジグス王国初代国王タツロー・デミウス・ライジグス陛下が、首に巻いた薄汚れた布で汗を拭きながら笑う。


「国王陛下……正妃様方にしかられますよ?」

「はーはっはっはっはっはっ! そんな事で止まるとでも?」

「ドヤ顔で言わないで下さいよ」


 本当に気さくすぎる王様である。そんな王様が手入れしているのは、カオスのスルグ・ナブレを完全解体した後に、その資材を使用して完全新規改修をした船。


「どうよ? アルス・ナルヴァは」


 カオスのこれまでの戦績を分析し、システム・マリオネットとほぼ同じか、それ以上に動かせる安全なシステムを組み込んだ近接特化の戦闘艦である。


「すぐ乗る!」

「いやいや、ちょっと待て。君はもうちょっと安静にしような?」


 今は車イスが必須だが、もうしばらくすれば、再生した神経が馴染み、少しのリハリビで普通に動けるようになる。それも寿命を気にせず、戦う度に命を削り落とす事も無く。


「ミクちゃん、リアちゃん、許可するからイチャイチャしてなさい」

「「ちょっ?!」」


 凄いイケメンなのに、妙に親父臭い、ニヤニヤした笑顔を浮かべながら作業に戻るタツロー。そんなタツローの言葉に、カオスは振り返り――


「イチャイチャ?」


 それはそれは純真無垢で透明な瞳を二人に向けるのであった。もちろん二人は何も言えず、ただただ無言で車イスを押して、逃げるようにその場から立ち去るしか出来なかったのだった。

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