第86話 道を見つけた日

 Side:ガイツ


「なんだ……これ」


 もう限界値はとっくの昔に越えた艦橋。鉄火場の状態で必死に延命作業をしていたのに、その白銀色の船はそんな事は知らん、と突然やってきて絶望を切り捨てた。


 一瞬でも呆けたら命が持っていかれる戦場でしかし、少年達は目の前の光景に立ち竦む。


 鈍色の白銀の船は、まるで大切な宝物みたいに、スルグ・ナブレをシールドで抱き締め守り、その不安定な状態で襲ってくる有象無象を鎧袖一触とばかりに撃墜していく。


 間違いなくレガリア。それも帝国の皇帝が乗ってる船と同じレベルの船。しかし、伝え聞く皇帝の悪行に彩られたかの船と比較すれば、なんて優しい気高い姿か。


「ガ、ガイツ。あの船から通信」


 シン・プラティカで一番知恵が回るオリバーに声をかけられ、ガイツは生唾を飲み込みながら頷く。


「で、出る」

「た、頼むよ」


 オリバーが震える両手で何とか苦労して通信を繋ぐと、モニターには険しい表情をした青年が映し出される。


 長い、見た事もない黒髪を、女性みたいにポニーテールにまとめ、飲み込まれてしまいそうな黒い瞳がじっと自分を見つめる。間違いなく美形だが、その手の顔自慢に有りがちな軽薄さは存在せず、実直そうな雰囲気と険しい表情が合致して威圧感が半端ない。


「シン・プラティカ団長ガイツ・ルキオ。救援感謝する」


 腹にありったけの気合いと根性を詰め込み、何とか無様を晒さず通常通りに対応すると、モニターの向こうで女性らしい声が聞こえ、青年はハッとした表情を浮かべてから少し頭を振ると、今までの威圧感はなんだったのだろうか、と困惑するレベルで柔らかな雰囲気に激変して微笑む。


『いやすまんね。ちょっとムカつく事に遭遇して八つ当たり気味だったんだ』

「え、あ、は、はあ?」


 気さくな、まるで長年の知り合いみたいな感じで語りかけてくる青年。普段のガイツであるならば、いや、世の中に優しさという幻想を持たないシン・プラティカの少年少女達であれば、一刀両断で胡散臭いと思う印象なのだが……不思議とその警戒センサーが働かない。すっとその言葉が入ってくる感覚に、大きな戸惑いを感じていた。


『一つ聞きたい。この船の子みたいな処置を受けた子は、他にいるかな?』

「え? この船……」

『このでっかい腕がついた船に乗ってる子』

「スルグ・ナブレに乗ってる子と同じ? システム・マリオネットの事か?」

『……ちっ、その名称、分かってて付けやがったな』


 ガイツの言葉に青年が虚空を睨み付けるように見る。その反応に、彼が怒っているのはマリオネット関係であり、自分達に向けられたモノじゃなかったと知り、ガイツは少し余裕を取り戻した。


「うちの傭兵団でそのシステム適合者は、そこの船に乗ってる副団長と、適合してるが動けないのが四人いるが?」

『それは、君が施しているのかな?』

「っ?!」


 取り戻した余裕が消し飛ぶ。普通に、本当にただ穏やかに聞かれただけなのに、その向けられた瞳は嘘偽りを許さないと雄弁に語り、モニター越しだというのに威圧感で冷や汗が全身から吹き出す。


「ち、違う! あんなクソッタレな技術、ガイツが俺達にやるわけねぇ!」


 ガイツの褐色肌が真っ青になるのを目撃したオリバーが、悲鳴のように叫ぶと青年は満足そうに頷く。


『あのシステムを施す場所は知ってるかな?』

「え? あれはクソ野郎の先代団長をぶち殺した時に、一緒に燃やしたけど……」


 オリバーが何でそんな事を聞くんだ? と答えれば、青年は嬉しそうにニヤリと笑う。


『良いね』


 青年はそれだけ告げると通信を切ってしまった。しばらく誰も何も出来ず動けずにいると、再び通信が入り、今度は勝手にモニターが開いてオンライン状態になる。そこにはキッチリした軍服のようなノーマルスーツを着た、自分達より確実に年下だろう少年が、立体ホロモニターに囲まれて、高速でタイピングしている様子が映し出される。


『こちらライジグス王国国王直属作戦立案担当司令部所属のレイジです。傭兵団シン・プラティカさんですね?』


 どんな手品か、タイピングする両手は一切止まらず、瞳の動きは見ている方が気持ち悪くなりそうなレベルで動きまくっているのに、少年の、レイジの意識は自分達に向けられていると分かる不思議感覚に、威圧から抜け出したガイツが返事をする。


「こちらはシン・プラティカだ」

『商談です。ライジグス王国と契約しませんか? 年数は一応永年。希望すればそこから正規軍への採用も有り。福利厚生も約束しますし、基本的衣食住も保証しますよ。ああ、そうそう、システム・マリオネットの除去が大前提ですけど』

「は、はああぁぁああぁぁぁぁっ?!」


 とんでもない事はまだまだ終わらないようだった。



 ○  ●  ○


 襲われているシン・プラティカとセレンプティカルを中心とした包囲殲滅。宙賊寄りの傭兵達にしてみれば、驚く程絶妙に連携した形となって効果を発揮したものだったが、その更に外周からレイジが仕掛けた包囲殲滅、ピンポイントピンポイントでのエース投入による被害軽減などで、介入後三十分もせずに国王直々な宙賊判定を食らった傭兵は全滅してしまった。


 現実感のないまま、大破寄りの中破だったシン・プラティカの巡洋艦は、見た事のない色々ヘンテコな装備をくっつけた船にガッチリホールドされ、その状態で修理を受けていた。そのままの状態で航行していくと、途中でやはり同じような船にホールドされたミラージュ・ルミナスと合流する。そんな二つの船の前には、戦艦よりも大きな船が鎮座していた。


「なあ」

「何を言いたいか分かる。その上で答えるなら、私も分からないだ」

「そうか、はあ……」


 その深紅の戦艦に招待されたシン・プラティカ、セレンプティカルの一同は、ここはどこの王宮だ? と思わずにはいられない豪華絢爛なホールに通されていた。


 常識ある人達は困惑し、早々に常識やら考える事を手放した人々は、白黒の珍妙な衣装に身を包む少女達が持ち込む、見たことも無いような料理に飛び付き、ひたすら貪るように食べている。


「エジルエン様他、お連れしました」


 そこへ別口で逃げた傭兵達もやってきて、ここの様子に絶句して固まった。もう、自分達と同じ事を繰り返されて常識組は渇いた笑いしか出てこない。


「さて、揃いましたね」


 通信でスカウトをしてきたレイジがホールに入ってくる。彼の後ろにはガッチリした体格の少年と、張り付けたような笑顔の少年が付き従い、周囲にはキビキビした動きの白黒少女達が囲む。


「これは……いやはや」


 少女達の様子を見ていたバレットが、ぺしぺし額を叩く。


「どうしたのだ?」

「ユシー様。あの少年達の周囲を歩く少女達全て、ザキ殿よりも武術の心得があります。つまりあの中心にいる少年達を守る護衛という事ですな」

「……は、はああぁっ?!」


 ユシーが叫ぶのも無理ない。ザキは騎士団長を名乗るだけあり、肉弾戦でも無類の強さを誇る。ザキよりも強い、セレンプティカル最強戦士、年齢不詳、自称執事(謎)の言葉だけに信じる他ない。


 色々と混沌としてきたが、レイジはそんな事を一切合切無視し、少し舞台っぽいお立ち台のような場所へ上がると、軽く手を挙げる。たったそれだけの動作なのに、何故か一切の行動が取れなくなり、一同は困惑した。


「はい、静かに。お食事中の方はすみませんが、一度テーブルへお皿を置いてくださいね?」


 レイジがそう言って手を下ろせば、不思議な事に動けるようになる。どうなってるんだ? と疑問に感じながら、各々言われた通りにする。


「まずはシン・プラティカ、ガイツ団長。ご決断ありがとうございます。カオス・ミキヅガ様と他四名に施されたモノは除去完了し、今は高度医療ポットで再生治療中です」

「……治って、すぐ死ぬって事は?」

「ご安心を。うちの国王陛下、あのシステム憎んでまして。徹底的に完膚なきまでに執拗に処置してましたから」

「そうか……そうかあー」


 レイジが優しく微笑むと、ガイツは力が抜け落ちたように座り込んだ。ガイツとて色々と思っていた。しかし、傭兵団として、戦い抜く為にはマリオネットを使わなければならない部分も多々あり、その葛藤はかなり彼を追い詰めていた。それが解消されて気が抜けてしまっても、誰も責める事はできない。


「お集まりいただいた皆様には、先んじてお伝えしておりますが、改めまして。まずはタツじゃない、国王陛下からお言葉がありますので」


 レイジの言葉と同時に、レイジの背後にあった扉が開き、そこから黒髪の青年が現れる。


「は、はあっ?!」


 ガイツが叫び、その様子に青年は悪戯小僧のような、ニヤリとした笑顔を見せる。青年の左右には生命力が溢れそうな銀髪の美女、淑女然とした金髪の美少女が横並びで歩き、その背後には帝国軍の軍服に似た衣服を纏う四人の美女と白黒衣装の美女と、どこのビジュアルディスクの役者さんですか? といった感じに美しい奴ら大集合状態だ。


「お疲れちゃん」


 よっと気軽に片手を挙げ、妙に惹き付けられる親しみ易さを感じさせる表情で、たった一言。いや、それもどうなんだろう、と思うような言葉を貰って一同沈黙。


「ちゃんとしません?」

「ちゃんとしても嫁が笑うしよー、すぐに化けの皮剥がれるしよー」

「はあ、いじけないで下さい。ちょっと奥様方! 陛下の教育どうなってんの!」


 しかも、遥かに年下そうなレイジに叱られて口を尖らせ、その様子に悶えていた国王の奥方達にも一喝を入れる。もうこちら側の状態などそっちのけだ。


「ま、まあアレだ。アットホームな職場って奴だ! こんな感じだから、きっと傭兵のおっちゃん姉ちゃん達は気に入ると思うぜ!」


 レイジの背後に控えていた張り付けた笑顔の少年が、場の空気を和ませるように言うが、国王が、アベルきゅんそれブラック職場の募集要項、と台無しにする言葉を吐く。


「いやもう黙ってましょうねっ!」


 レイジがキレ、国王がしょんぼりし、もう何が何やら状態。これがライジグスという国の日常なのだろう、そんな緩い空気が流れる。


 結局はレイジが場を仕切り、傭兵達はライジグス王国が提示する条件を受け入れ、契約する事を決めた。


「レイジ殿。貴殿の言っていた事だが」

「ああ、ルブリシュとの同盟ですね? 勿論、本当ですよ」

「……こちらはまだ領地を取り戻してもいない。一方的にそちらの力を借りるようなものだが……」

「いや人がいないんですよマジで助けて下さい実務能力を持ってる人大歓迎で戦える奴よりも厚待遇で迎えるのでマジでこっちに来て貰わないと具体的に僕が死ぬ事になる事が確定的に明らかな状態なんです助けて下さいマジで大変なんで――」

「わ、分かった分かった。うん、その点は協力出来ると思う」


 セレンプティカル改めルブリシュ解放軍との同盟締結。シン・プラティカ解体、そのままライジグス王国軍の正規部隊として編入。他の傭兵団に関しては、しばらくは様子見となった。が、感触としては早めに身内として活躍してくれるだろう。


 今作戦は、大成功と評価される事となる。




 後年、ライジグスの軍部最高位にまで上り詰めた叩き上げの軍人、ガイツ・ルキオは語った。


「ああ、道を見つけた日だったなぁ」


 懐かしそうに思いだし、そう言った彼の顔は、とても嬉しそうで、しかし男臭く輝いていたとか。

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