第85話 お父さん、激おこ。

「あーはっはっはっはっはっはっ!」


 いやもうね、笑いが止まらんのよ。何この、何?


「化けましたねぇ」

「ええ、本当にね」

「マイロードに好きに動けと、その上で全てフォローすると断言しましたね」

「コッチモスゲェ、ダゼ」

「どこまで先を読んだわん?」


 ポンポツが投げて寄越したデータパレットに目を通せば、更に笑える。


「ひーひひひひひひひっ! こいつはすげぇぜっ! さすがみんなのお兄さんっ!」


 ゲラゲラ笑う俺からデータパレットを取り上げたシェルファが、さっと目を通し呆れた表情を浮かべる。


「あの子、未来でも見えてるんですかね?」

「どれどれ?」


 ファラがシェルファの持つデータパレットを覗き込むと、俺みたいにゲラゲラ笑い出す。


「予想というより予言ですね」


 まるで相手の感情から考え、どんな趣味趣向をしていて、どんな好き嫌いがあり、どんな好みで行動するか、それらをあらかじめ知っているかのような戦術予想。なんだろう、とんでもないの拾ったなぁ、俺。


「はぁ、はぁ、はぁ……まぁ、好きに動いて良いって言質を頂いたんだ、好きにさせてもらおうじゃないの」


 はあ、苦しかった。俺はシェルファに合図を送り、モニターにブルーエターナルの艦橋を呼び出す。


「マリオン、先に出る。元ラピットシューター改修のあれって動かせるようになってるよね?」

『ロップラビットですね。はい、あの子達が頑張りましたから』

「じゃ、しばらく様子見して、大丈夫そうだったらレイジ軍師殿の指示に従って」

『ふふふふふふ、はい、了解です』


 しかし、ゴテゴテしい外装をスッキリさせて、迷彩っぽい塗装をひっぺがし白っぽい塗装に変えたのを見て、垂れ耳兎ロップラビットって。見えなくもないが、戦闘艦を可愛いって言えるのって、やっぱ女の子やねぇ。


「システムオールグリーン、出れますよ」

「おいよ。ブルーエターナル、ハッチ開放よろしく」

『ハッチ開放します。国王陛下、武運長久を』

「あんがとさん」


 仰々しい言葉を送られながら、俺の船はブルーエターナルから飛び出す。


「どこへ行くの?」

「とりあえず、いっちゃん大きい騒ぎのところへ突っ込む」

「でしょうねぇ。アンタ、一歩間違うと確実に皇帝ルート突入よ?」

「そいつは怖いねぇ」


 ドライブのチャンネルを一段上げ、ぎりぎりハイパードライブに入らない速度で宇宙を駆け抜ければ、モニターにドンパチの様子が見えてくる。


「多勢に無勢だな」

「囮かしら?」

「あー確かに少し先に、もう一個反応があるな。やるじゃん……でも、聞いてた話だと、仲間意識なんて傭兵に無いんじゃなかったっけ?」

「ケースバイケースなんじゃないの?」

「もしくは、主要なメンバーを先に行かせて、残りが決死隊として戦っている、というパターンもありますね?」

「うーん……ポンポツ、通信傍受」

「アイヨー、ダゼ」


 どんな感じで戦っているのか、まるっきり分からん。ただの仲間内の小競り合いかもしれないし、逃げてる方が追ってる方を裏切ったのかもしれない。そこら辺を判断しないとね。


『ひーひひひひひ、お前達をここで削れば削るだけ特別報酬が約束されてるんだ、ここで潔く死ね!』

『準レガリアは俺たちがしっかりもらってやるぜ!』

『シン・プラティカには男のガキしかいねぇじゃねぇか、とっととこいつら落としてセレンプティカル追うぞ。あっちは良い女がゴロゴロいやがるからな』


 うん、アウトだね。追ってる方がどう聞いてもゴロツキじゃねぇか! え? 傭兵ってもっとこう、鉄の掟で仲間は裏切らない、的な硬派系じゃねぇのっ?!


「あー、アンタが何を考えているかすっごい分かったわ。アンタが考えてるタイプの傭兵って、ほぼ絶滅危惧種よ? ほとんどの傭兵ってのは普段宙賊、戦時傭兵ってのがスタンダード」

「ウソだっ!」

「アンタにウソ言ってどうすんのよ」


 えー、マジで? もっと傭兵ってさぁ、ロマンっちゅうかさ、格好良いイメージがあってさぁ、なんだよーもー宙賊かよー。


「ん? タツロー」

「んあー?」

「そんなにショックでしたか……いえ、なんか妙な反応が」


 助ける気が失せて、このまま帰ろうかなぁなんて思っていたら、シェルファがモニターの一部を拡大して、妙な反応とやらをクローズアップした。


「……んんんっ?!」


 どっかで見た事のあるフォルムをした戦闘艦。妙にゴテゴテしいマルチマニュピュレーターアームを船体側面に、思いっきり無理矢理取っつけたような感じ、何より特徴的なコックピットの形状……おいおい。


「マヒロ、電波干渉パターンブラック」

「イエスマイロード」

「シェルファ、あの船の電波の様子をチェック」

「は? あ、了解」


 ポン! と少し跳ねるような音がすると、計器類を見ていたシェルファが、変な顔をする。


「あれ? 消えた?」

「あああああああー……まじかー」


 まだ残ってたのかよ、あのシステム。


「タツロー?」

「どうしたのよ?」


 かつてね、スペースインフィニティオーケストラ史上最悪の事件があったんだよ。事件の名前は、悪役志望博士集団の悪趣味実験、っていうね。


 つまり、ガチのマジでの、ネタや冗談じゃない、ぶっちぎりに本物のマッドサイエンティストどもが集結して引き起こした事件。これで一時、ゲームが強制終了するんじゃないかってレベルのやらかし。


 あいつら、プレイヤーじゃなくてNPC相手に人体実験をやりやがって、たった一週間で二つの星系の知的生命体を絶滅させやがったんだ。その時に生まれた技術の一つが、人形化、というモノ。


 成功率一割っちゅうアホのような適合率で、人形化に成功した人間をパイロットに仕立て上げて、専用のコックピットに詰め込んで命を削らせて戦わせる。本当に胸糞悪い事をしでかしたのだ。


 人形化に成功したNPCで軍隊を作り、当時の最大勢力だったクランを襲わせたのだが、あっさり返り討ちにあい、その後は俺らにフルボッコのボッコボコに叩かれ、お前らのやらかした事は全部無駄、と分からせた。もちろん、その時に奴らが持っていたデータは全部回収し、しっかり運営に報告と提出をしてやった。


 最終的には運営が出張って、ゲームイメージの著しい侵害を受けたとかで裁判となり、人生終了するレベルの賠償金請求を受けたという……本当にいやーな事件だ。


 その時の教訓で、人形化技術の解析を俺ら生産職連中で行い、判別する方法を確立し、怪しい奴らがいたらこれを試す、という暗黙のルールが出来上がったわけだが……まさか、こっちでその技術の生存を確認するとはねぇ……


「レイジ君、聞こえるか?」

『はい、もちろん聞こえてます』

「追っかけられてる方を助ける」

『それは構いませんが……何か怒ってます?』


 超空間を利用した通信だから、ラグなど存在せずにレイジ君と話せる。そのレイジ君は少し怪訝そうな表情で俺を見ていた。


「ちょっとね」


 人形化。あれは施術する対象が若ければ若いほど成功し易い。それこそ、新生児だと成功率が跳ね上がり、一歳から八歳くらいでもそこそこ成功する。ただ、システムの関係上、確実に短命になるし、埋め込まれている場所が場所だけに人間らしい欲求が薄くなっていく。食欲、睡眠、性欲……肉を纏った作業用ロボットを産み出すような技術だ。


「技術ってのは、喜ばせたり笑顔にさせたり、人を豊かにするためにあるんだ」

『タツローさん?』

「あれは、あってはいけない技術なんだよ」

『……何が何だか分かりませんが、分かりました。この戦いに介入します』


 俺はフットペダルを踏み込み、一気に加速する。その間にも胸糞な船が、あろうことかマニュピュレータを動かし始めた。


「おバカ!」


 あれを動かすってのはシステムを最大で使うって事だ。命を投げ捨てて使うようなもんじゃない。


「マヒロ、電波干渉パターンホワイト、最大強度!」

「イエスマイロード」


 あの胸糞な戦いで、俺達だって何もしなかったわけじゃない。狂った科学者ごときが、真に科学で狂乱する俺達に勝てるわけがない。俺達はちゃんと、あのシステムを無効化する手段を確立している。それが特定の電波を一点集中でパイロットへ照射する事による、システムのオーバーフローを引き起こして強制シャットダウンさせる方法だ。


「目的の船、反応低下」

「良し。ポンポツ、ファルコン、キャッチ」

「ウィー、ダゼ」

「かしこまりだわん」


 敵のど真ん中に特攻しようとしていた船を、抱き止めるようにシールドで受け止める。相手のコックピットへ通信を繋げれば、もうほとんど死にかけの小柄な子供の姿があった。その子供がもどかしげに操縦桿を動かしてる様子に、怖がらせないよう笑う。


「ま、させないけどな。ったく、こんなアホな技術、すっかりさっぱり過去に完全消去したっつうのに」


 子供は何かを訴えかけるような瞳で俺を見つめる。だから俺は安心させるように語りかけた。


「子供が無茶するもんじゃない。暫く寝てなさい」


 その子は、ちょっとだけ微笑みながら気を失った。結構危険な状態だけど、もうしばらくすればマリオンがやってくるだろう。


「ファラ、蹴散らせ」

「そういう単純なの、大好物よ!」


 この憤懣やる方の無い怒り、ちょうど良いからお前らに八つ当たりさせてもらうぞ? 覚悟しろ、宙賊ども。

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