第84話 世の理不尽をひっくり返す方法 ③

 Side:まともな傭兵達


『どこまで逃げるつもりだぁい? そろそろ降参したら許してやるぜ? もちろんベットの中で、だけどな』


 脂ぎった不健康そうな男の通信に、傭兵団エジルエンの団長アネッサは舌打ちをする。


「全身、作り直してから出直しな」


 蓮っ葉で気風の良い姉御肌、男社会の傭兵家業で、中小規模であるならば必ず名前が出る程度には、その実力を認められている傭兵団を、一から築き上げたアネッサは絶対絶命の状況でも揺らがなかった。


「トマ・ヒジメ、モト・トマヒ、イチウ・ヨイン、トォナスヒからの返事は?」

「健在です。ですが、あちらも消耗を狙った感じは同じだと」

「ったく、潔くないねぇ」


 シン・プラティカとセレンプティカルとは違い、そこそこ足が早い船を母艦としていたアネッサ達は、二大傭兵団とは別方向へ逃げたのだ。撹乱という意味もあったし、相手の分散を狙ったのもあった。だが、予想したよりも早く追い付かれ、敵の数も多く、それでいて無駄に攻めてこずにちょっかいレベルの攻撃ばかりを繰り返して、こちらの消耗を誘う行動に終始されて、ほとんど二進も三進も行かない状態に陥っている。


「これは腹を括るしかないかねぇ」


 アネッサは形良い顎先を撫でながら、獰猛な笑みを浮かべる。傭兵なんて家業をしているだけあり、彼女も一種のギャンブラーだ。勝てば全てを手に入れ、負ければ全てを失う。その部分に快感を覚えるタイプなだけに、この状況はいささかストレスが多い。ならば乾坤一擲、全財産をベットして勝負に出た方がリターンは大きいと決意を固める。


「よし、他の奴らにも通達。こちらから打って出るよ。エジルエンに続きたい奴らは歓迎すると伝えな」

「了解」


 程なくして他の四団体もエジルエンに続くと返答があり、アネッサはニヤリと笑って景気良く檄を飛ばした。


「お嬢さん方! 稼ぎ時だ! しっかり稼いで来なっ!」


 五隻の魔改造駆逐艦が、まるで訓練したように反転し、ほぼ同時に全ての戦闘艦を吐き出した。これには追っていた敵側が慌てふためく。


「おうおうおう、浮き足立って情けない。一発でかいのかましてやりなっ!」

「レールキャノン発射!」


 五隻の船が一斉に火を噴き、調子づいて前のめりになっていた敵船を簡単に火だるまへ変える。更に発進していた戦闘艦が、これまでの鬱憤を吐き出すように残っていた船へと襲いかかった。


「はっはっはっはっ! 最初からこうしとけば良かったな!」


 アネッサが両手をパンパン叩きながら、バカ笑いしていると、突然レットアラートが鳴り響く。


「何事だいっ?」

「エネルギー反応……っ?! 直上っ!」

「何だ――きゃあっ?!」


 観測手の報告と同時にシールドが消し飛び、ついで船体に無数の爆撃を受ける。激しく船が揺れまくり、アネッサはらしくない黄色い悲鳴をあげながら、何とかモニターを確認する。


「ちっ! マヌヤ・ロイケウ!」


 モニターに映る傭兵団のエンブレムを見て、どこの誰が急襲してきたのか理解し、アネッサは苦々しく顔を歪める。


 ハイエナ、たかり屋、卑怯者と色々な呼ばれ方をされる傭兵団で、そのやり口は味方を囮にした襲撃。まさに今のような状況なら、迷いなくその手段を用いる奴らだ。


『随分と可憐な声で鳴くじゃないか、アネッサ団長。そっちにあまり興味がない自分でも、それなりに股間に響く声だった』


 モニターに病的な白さの、かなりギョロ目な神経質そうな男が映る。その男こそマヌヤ・ロイケウの団長ヨキシィ。誰からも嫌われる才能を持つ男。


「相変わらずの漁夫かい」

『作戦勝ちと言って欲しいな。これで自分達は準レガリア級を優先的に貰える。また仕事が捗るようになってしまうなぁ』

「ちっ」


 母艦が直接攻撃を受けた事に動揺した仲間達の動きが悪い。このままではこちらが一方的にやられておしまいだ。


「ダメージは?」

「動けないほどではありませんが、厳しいです」


 小声で部下に確認すれば、部下も必死に手を動かしながら、小声で返事を返す。どうにも分が悪い。


『さて、自分は他の奴らと違って、君達に価値を求めていない。自分達の特別報酬となるために死ね』

「ちっ、ミサイル全弾はっ――」


 死なば諸共とばかりに指示を出そうとした瞬間、突然マヌヤ・ロイケウの母艦が二つに割れた。


「……は、はああぁぁぁぁぁっ?!」


 ありえない現実にアネッサの何とも言えない声が艦橋に響き渡る。


『あらあら、せっかくの美しい顔が台無しですよ?』


 モニターに清楚な、それでいて妙な色気がある美女が映し出され、美女は上品に口許を隠しながら、ほほほ、と涼やかに笑う。


「だ、誰?」

『あら、これは失礼しました。ライジグス王国国王タツロー・デミウス・ライジグスが側妃ネレイスと申します。今は特別遊撃作戦実行艦隊の一翼を担う、ただの巡洋艦の艦長ですけれど』


 ポカンと口を開き、あまりの情報量にアネッサの思考が止まった。


『あらあら、刺激が強すぎたでしょうか? それはさておき、こちらの軍師殿の見立ては凄いですわねぇ』


 ネレイスは同時に始まったライジグス側の行動に目を細めるのだった。



 ○  ●  ○


「こちらライジグス王国、機動戦闘艦第五小隊一等翼士エクリア、これより戦闘に介入する!」


 ニヤニヤとご機嫌に笑いながら、高らかに自分に与えられた階級を、ドヤ顔で相手に言うエクリア。


 何かと女、出会い、お付き合い、みたいな状態だったエッグコア隊の青い少年達だったが、レイジに承認欲求の暴走じゃないか? と見抜かれ、ちゃんと自分達が承認されている状態、つまりちゃんとした所属と部隊、階級を与えられ、現在有頂天状態になっていた。


「三等翼士のゲンツがやったぞ! 負けてられないなっ!」

「おうよ! この四等翼士のスエアも続くぜ!」


 本当に嬉しいらしく、しきりに自分達の階級を口に出す様は微笑ましい。だが、それを冷静に見ている人達もいて……


「何が楽しいんだろうね?」

「さぁ?」

「あれだよ、私達がシスターズになれるみたいな感じだよ、きっと」

「ふーん。でも、それってああやって自慢するモノかしら?」

「そこは男の子だから、じゃないかなぁ?」

「「「「変なの」」」」


 オペレーティングをしているアプレンティスの少女達からの評判は、すこぶる悪かった。そして、彼らのモテ期はまたしても遠退くのである。



 ○  ●  ○


「うふふふふ、レイジさん、良く分かってらっしゃる事」


 せこせこと隠れながら、タイミングを計り、敵対している傭兵へ痛撃な一撃を与えようとしていた集団を、更にその背後から襲いかかったトーネイドのイーリスが、とてもタツローには見せられない舌舐めずりをしつつ、邪悪に微笑みながらひたすらミサイルを発射し続けている。


「凄いですよね、レイジ君。ここまでドンピシャ四連発ですよ?」


 そうなのだ。指示をされた場所へ向かえば、必ずそこに敵がいるのだ。あまりのハマり具合に、イーリスの嘲笑が止まらない程度には入れ食い状態である。


「さすがはダーリンが見初めた人材ですね」

「あ、国王様を誉めるんですね」

「当たり前です。何で人妻の私が、ダーリン以外の男を誉めねばならないのです?」

「いや、誉める位はいいんじゃないんですか? 別に浮気ってわけでも……」

「私がダーリンに幻滅されたらどうするんですかっ?!」


 うわ、こいつ、面倒臭ぇ。顔はニコニコ笑い、それもそうですね、などと相づちを打ちつつ、アプレンティスの少女はこの人の下には絶対に配属されないようにしよう、そう決意するのであった。



 ○  ●  ○


「ふんぬらばっ!」


 光速ですっ飛んできたレールガンの弾頭を、気合いの声と共に殴り飛ばす。


「せいやー!」


 別方向から飛んで来た弾頭は、視認する事すらせずに、回し蹴りでそのまま弾丸ライナーよろしく相手に打ち返す。


 ミラージュ・ルミナスの船体を、まさしく縦横無尽に駆け回り、特殊パワードスーツを着たロドムが、鉄壁の守りを果たしていた。


「……ユシー、実は私は死んでいて、これはその瞬間に見ている幻という――」

「いや、現実だぞルータニア」


 顔色の悪い少年は、ちょっくらあっちのねーちゃん達助けてくるわ、とすっ飛んでいってしまい、その間ロドムと名乗った少年が、ずっとこの調子でこちらを守ってくれているのだが、いかんせん現実味がない。


 どこの化け物が、光速で飛来するレールガンの弾頭を、黙視すらせず殴って蹴って弾き飛ばせると言うのか? どのような特殊装備を使えば、宇宙空間で人間のように滑らかに活動できるというのか? いっそこれが夢だと言われた方が納得出来る。


「まあ、一つ言える事はです、若」

「うん?」


 呆然と状況を見ていたクルーを代表し、バレットが恭しく進み出る。


「これが都合の良い夢だとしても、命拾いしましたな」


 すっかり死の気配が遠退いた艦橋で、バレットのその台詞は妙に納得する響きがあった。だからルータニアも、肩から力を抜いて微笑む。


「そうだな。有り難い事だ」


 ルータニアの美しい笑顔で、少し残っていた死の気配が完全に消え去ったのだった。



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ルビが入れられなかったOTL


 翼士 ウィングファイター と脳内変換お願いします


ルビ入れようとすると部隊の方まで入っちゃうので断念しましたOTL

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