第83話 世の理不尽をひっくり返す方法 ②

 Side:ルータニア


 派手に戦闘を行っている後方の様子を気にしながら、ミラージュ・ルミナスは小惑星帯を慎重に進んでいた。


「シン・プラティカ、良い仕事をしてくれる。しかし、惜しいな」


 ユシーの言葉にルータニアは真一文字に口を結ぶ。彼女の言葉に彼を責める要素は存在していないが、歯痒さを感じてはいる。油断も慢心も無かったと思い込んでいた自分を殴りたいくらいには、悔しい気持ちで溺れそうな状態だ。


「せめて最速で抜けるしかない。聞いた話では、ライジグス王は話の分かる人物であるようだ。こちらの事情を説明すれば、もしかすれば……」


 ルータニアは自分で言っていて、それは無理、だと分かっていた。そもそもどこの馬の骨とも分からない傭兵団の若造と、一国の王が謁見するなんて夢物語であるし、卑しい身分の傭兵が一国の王族相手に直訴など出来るわけがない。


「では、張り切って抜けてしまいますかな」


 重たい空気を軽くするように、軽薄な態度でバレットが言えば、少し雰囲気は良くなったように感じる。普段であるならば、鼻につく態度だが、こういった場面でのムードメイクは素晴らしいの一言。ルータニアではこんな芸当は出来ない。


「ふぅ」


 色々ネガティブな方向に思考が寄ってしまっている事に、ルータニアは気持ちをリセットするよう細く息を吐き出す。大丈夫、修羅場は嫌と言う程駆け抜けてきた。この程度ならば、まだまだ大丈夫だ。自分自身に言い聞かせ、いつも通りのふてぶてしい態度でキャプテンシートにふんぞり返る。


 ジリジリと精神を削り落とされるような時間を、ひたすら耐えて突き進み、やっと小惑星帯を抜けられる地点まで進んだ。


「おお、若、もうすぐ抜けますぞ」

「ああ、見えている。このまま慎重に頼む」

「もちろんですぞ!」


 何とか抜けれそうだと、艦橋の空気感が少し弛緩した瞬間、通り抜けようとした左側の中規模小惑星が突然爆ぜた。


「なっ?! ぐあっ?!」


 小惑星が爆ぜた事で飛び散った岩石が、そのままシールドを飽和させ、無防備の船体に殺到。何とか一番分厚い装甲部分で受けられたのは運か、それともバレットの咄嗟の操縦技術か。ギリギリ致命のダメージは受けずに済んだが、船全体にけたたましいレッドアラートが鳴り響く。


「ダ、ダメージコントロール!」


 岩石を受け止めた衝撃で、しこたま床に叩きつけられながら、それでも何とかルータニアが叫ぶと、悲鳴のような報告が次々上がってくる。


「メインフレームに歪み! 速度減速!」

「動力パイプに亀裂! 応急処置対応急がせてます!」

「ジェネレータの機能低下! 低下率三十!」

「対応可能な場所から対応急げ! 観測手! これは何らかの攻撃か!」

「分かりません! 反応――っ!? 熱源反応あり! 振動関知! 何か来ます!」


 ヒビの入ったバイザーを投げ捨て、秀麗な女顔を晒したルータニアは素早く周囲を見回し、すぐに危機に気づいて叫ぶ。


「急速降下っ!」

「っ!? りょ、了解っ!」


 バレットが反射的に操縦桿を押し込み、グンっと船が一気に下向きに進むのと同時に、船のすぐ右側にあった大きい小惑星の表面が爆ぜて、再び岩石が飛び散る。それを間一髪で回避した事に、一瞬で艦橋が沸き立った。


「観測手!」

「マーカーロック!」

「良くやった! ザキ! コウレン! スール! ロラン!」

『ザキはシン・プラティカに助太刀に行ってる! ごめん! あたしが許した!』

「っ?! くっ、いやいい! 三隻でマーカーの敵を討て!」

『この失態は必ず埋めてみせる!』

「待機状態の騎士も随時発進準備!」

「駄目だ団長! フレームの歪みのせいで後部ハッチが開かないって報告がっ!」

「ちっ! なら小惑星帯から抜け出るのを最優先! 小惑星を利用した攻撃は脅威だ!」

「やっておりますぞっ!」


 矢のように飛び出したレーフ・アトイ・メナムを見送り、ルータニアは建て直そうと矢継ぎ早に指示を出すが、初撃のダメージが思ったよりも大きい。あの一発で撃墜しなかったのは奇跡と言わんばかりの事実が、次から次に報告される。


「ザキを呼び戻すか?」

「無駄だ。いくらなんでも小惑星帯では最大速度で飛べん」

「ち、何のための騎士団長か」

「……」


 忌々しげに親指の爪を噛むユシー。ルータニアはザキの心情が分かるだけに、何も言えない。確かに持ち場を離れるのは許されざる行為ではあるが、あの時点で最も重要なのはシン・プラティカを長く持ちこたえる事だ。だからザキの判断も間違いとは言えない。


『こいつら準レガリア戦闘艦だっ!』


 通信に飛び込んできた悲鳴混じりの声に、ルータニアは立ち上がる。


「戻れ!」

『兄さん無理だ! こいつらレーフより早い! 背中を見せたらやられる!』

「くそぉっ!」


 ルータニアが割れたバイザーを踏みつけ、砕けた音が艦橋に響き渡る。ここまで感情を高ぶらせた彼を見るのは稀だ。


「打つ手なしか」

「まだだ!」


 ユシーの諦めきった皮肉に、ルータニアは必死に頭を回転させる。何とか生き延びる道を、何とか助かる方法を。


「全員で生き延びてこそ意味がある! こんな場所で諦めるのはありえない!」


 自分に言い聞かせるように、自分の中から必死に何かを絞り出すように、ルータニアは思考を加速させる。


「小惑星を牽引して投げる……却下、狙い撃ちされておしまい……ジェネレータ出力を抑えて相手の目を誤魔化す……却下、足が止まって終わる……」


 ブツブツ呟き、可能性のある何かが出てこないか、ルータニアは必死に集中する。しかし、それを嘲笑うよう、今度は完璧に狙ってミラージュ・ルミナスのパルス噴出口を撃ち抜かれた。


「第二パルス直撃っ!」

「ぐっ、くそっ! 損傷を受けたパルス区画をパージ!」

「区画内にいる人員は緊急退避! その区画をパージする! 繰り返す! 区画内にいる人員は緊急退避!」


 目に見えて速度が落ちた状況で、更に警告音が鳴り響いた。


「熱源急速接近! パターンから騎士達が相手しているのと同型の準レガリア船です!」

「今度こそ詰みか」

「く、くそぉ……いや、可能性を捨てるな! 何かあるはずだ!」


 見苦しいと言われようと、薄汚いと罵られようと、成し遂げると決めた日からルータニアの辞書から諦めるという言葉は消えた。


 目の前で偉大な父を殺され、逃げる時に優秀な兄達を殺され、残される人間の苦しさや辛さ悲しみや憎しみ怒り、それがどれ程残された側を苦しめるか理解したからこそ、諦める選択肢は消去したのだから。


「ルータニア、諦めろ。お前だけでも船を捨てて逃げろ。お前さえ生きていればルブリシュ再興の可能性は残る」


 ユシーの透明な微笑みに、ルータニアは鼻で笑ってキャプテンシートにふんぞり返る。


「私一人で何が成し遂げられよう。そんな下らん妄言はいらん。この状況をひっくり返す名案でも吐け」

「……それはまた難しい事を命令する」


 やれやれと笑うユシーに、ルータニアはニヤリと笑い返した。


「いざとなれば敵に船をぶつけて、その勢いで逃げる」

「それは名案だな」


 刻一刻と周囲を包囲されていく状況に、ルータニアは覚悟を決める。どのみち、ここで脱出ポットを使って逃げたとしても、狙い撃ちされるだろうし、逃げ場はもう無い。なら、この状況を切り抜ける方法を考えた方が建設的だ。


「さあ、生き延びるぞ」


 まるで諦めないルータニアの言葉に、艦橋のクルーの心が一つに纏まる。


「全砲門開け」

「全砲門開きます」

「ジェネレータ限界まで回せ」

「了解!」


 ミラージュ・ルミナスの準備に呼応するように、相手もエネルギー出力が上昇していく。艦橋のアラートは鳴りっぱなしだ。


「全砲門一斉掃射! ミサイル全弾吐き出せっ!」


 ミラージュ・ルミナスが所有する全ての兵器が火を噴き、前方の空間を蹂躙する。それと同時に全方位から準レガリア船の攻撃が放たれた。


『うおぉぉぉぉぉぉぉっ! 間に合えっ!』


 突然、少年っぽい通信が飛び込んで来て、グワッシャンと激烈な音を立てて何かがミラージュ・ルミナスの船体に着地したような音が轟いた。


『プリズムバリアー展開!』


 空間を揺らすような音が響いたかと思ったら、ミラージュ・ルミナスを虹色の何かが包み込む。その何かは迫り来る破滅の力を簡単に受け止め、ミラージュ・ルミナスを完全に守りきった。


「……奇跡か?」


 死を覚悟していたルータニアが、呆けたように呟くと、モニターに純朴そうな少年の顔が映る。


『こ、こちら、タツじゃなかった、ラ、ライジグス国王直属部隊、と、特殊機甲兵ロドムです。こ、国王の命により助けにきました』


 今しがたやらかした事と比べ、妙にオドオドした様子の少年の言葉に、艦橋にいる誰もがポカンと口を開けて絶句してしまう。


『うひょーロドムやるぅ! これは俺も負けてらんねぇなっ!』


 更にモニターに勝ち気な様子だが、大丈夫か心配になるレベルで顔色が悪い少年の様子が映し出される。


「っ?! 何だこれっ! 早い!」


 突然観測手が叫ぶのと同時に、周囲に展開していた準レガリア船を、紫の光線が貫いた。たったそれだけで、紫の光線の数だけ準レガリア船が爆発四散する。その爆発の中を、鋭いシルエットの戦闘艦が貫くように飛んでいった。


「何だこれは……夢でも見ているのか?」


 窮地を脱した様子だが、まるで現実感のない光景に、現実主義者のルータニアは暫く呆然自失となっていたのだった。

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