第82話 世の理不尽をひっくり返す方法 ①
少し時を遡る――
「おや?」
割り当てられている宙域で、哨戒任務を真面目に行っていた巡洋艦ブライス・リムの艦橋で、アプレンティスの少女が各種データを見ながら首を傾げる。
「はい、疑問に思ったらそれが見間違いだとしても報告!」
「はっはい! あ、あのこれなんですけど」
側妃タリムに注意され、おどおどしながら疑問に感じた部分を指し示す少女。タリムは落ち着きなさいと微笑みながら、彼女が気づいたデータに素早く目を通す。
「……素晴らしい! こんなの熟練のオペレーターでも中々見つけられないわ! さすがはシスターズに近い人材ね」
「え? あ、えへへへへ」
誉められる事に慣れていないのか、顔を真っ赤に染めてクネクネ照れる少女に、タリムは優しく微笑む。
「通信担当、スカーレティアへ回線を」
「はい」
良くやったと誉めに誉め、タリムはキリッとした表情で別の少女に指示を出す。
『はい、こちら特別任務指揮旗艦スカーレティア。巡洋艦ブライス・リム、トラブルですか?』
「共和国領域に近い場所で、かなりの大規模戦闘行為の形跡を発見。現在、その戦闘域は移動しつつ継続中。指示を乞う」
『了解しました。レイジ司令へ確認します。より詳しい観測データの送信を願います』
「了解。まとめて送る」
タリムがテレテレしていた少女を見れば、少女は輝く笑顔で用意していたデータを素早く手渡してくる。あ、この子は絶対に後でキープしよう、タリムはそう決意しつつ、少女の頭を撫でながらデータを受けとり、ざっと内容確認を行ってから別の少女へそれを渡した。
「さてはて、我らが旦那が見初めた軍師殿はどうのように動くだろうか」
タリムはニヤリと笑い、一波乱絶対にあるだろう予感に従い、警戒体制へ移行するのだった。
○ ● ○
スカーレティアに用意されている執務室で、レイジはアプレンティスの少女から渡されるデータをざっと読み、そのデータの改善すべきポイントを口頭で伝えながら、別の仕事をこなすという、完全に中間管理職的な仕事を行っていた。
「いや、凄い給料を貰うってのは分かってるけどさぁ」
自分が有能である事を証明してしまったが為に、じゃよろしくとばかりにここへ詰め込まれ、頭が痛くなるような帝国コロニー公社の不正腐敗の対応策をしているのだ。解決するのはこちらの準備が整い、コロニーやステーションの所有権が戻ってから、という条件だからこの程度で済んでいるが、これで解放後の処理を考えると、既に吐き気がしそうである。
「しゃーねーよ。適材適所だろ。俺も何とか内容を読めるけどさ、意味がわっかんねーもんよー。あ、これ追加な」
「……うおぉぉぉぉ」
やってもやっても減らない状況に、見た事の無いような表情を見せるレイジ。そんな兄弟の姿に、アベルは同情の視線を送りつつも、ああ戦闘関係の仕事で良かったぁ、と心の底から自分の適正に感謝を捧げる。
「当たりをつけてくれるだけでも助かりますの。はい、差し入れですの」
「あ、ガラティアお姉さん、お疲れさまっす!」
「はい、お疲れさまですの。ちょうどいいので、貴方もお呼ばれするですの」
「ごちになります!」
アベルとて遊んでいる訳じゃない。恐怖心やら何やら、自分が抱えていた重たいモノは、教官のしごきで何とか抑えられるようにはなった。だが、それとてふとした瞬間に顔を出し、取り乱すまでは行かないが体が硬直する瞬間がある。そうなっても動けるように、後はもうひたすらに反復訓練と、時間を見ては戦闘シミュレータに入って訓練を繰り返している。ガラティアはちゃんとアベルの頑張りを知っているからこそ、時々タイミングを合わせて休ませるようにしているのだ。
「こっちだと、帝国はもっと厳格な社会だってイメージだったんですけどねぇ」
ガラティアが持ってきた紅茶に口をつけ、サクサクのクッキーを口へ投げ込み、モソモソかみ砕きながら、仕事に疲れた中年サラリーマンみたいな表情のレイジに、ガラティアはコロコロ笑う。
「人間のやる事に大きな違いはないですの」
「そういう真理は知りたくなかったなー」
実はレイジ、帝国にかなり憧れに近い幻想を持っていた。孤児院はとても居心地が良くて不満なんて感じなかったが、将来を考えた時に、選択肢として帝国の企業へ就職できればいいな、みたいな考えはあった。それが蓋を開けてみれば、帝国人、結構、ちゃらんぽらんのあんぽんたん、っていう事実はショックな事実だった。もっとこう、きっちりかっちり常在戦場みたいな人ばかりだと思っていたのだが。
ちょっと弛緩した空気に、ささくれ立った気分が落ち着いていくのを感じていると、開けっぱなしの扉をちゃんとノックして、アプレンティスの少女が一礼してから入ってきた。
「司令、ブライス・リムからの報告です」
「あ、はい!」
まだまだ子供の自分を司令と呼ぶのはどうなんだろう、何度目かになる疑問に、それを任命した国王の顔を思い浮かべれば、その国王は輝く笑顔で親指を立てるイメージが。うん、あの人はそう言う人だ。レイジはそのイメージを軽く頭を振って振り払い、少女からデータパレットを受け取って目を通す。
「……ええっと、確か」
データの内容に驚くべき速度で目を通しながら、怪しい手付きで自分の端末を操作し、周辺宙域の宙域図を表示する。
「ここから、こっち方面……この延長線上は……うーん……せっちゃん!」
『んぅあ?』
「ポイントΓシゴロ、αハチニー、βロクサンマル」
『むお? にゅーん……おお、そこにはかつて廃棄されたステーションがあったはずじゃな』
「ありがとうせっちゃん」
『何の。我とてタツローの親友だからな!』
ドヤ顔の幼女様に微笑み、レイジは素早く表示された宙域図にラインを入れていく。
「何があった? ステーション……」
先程の怪しい不馴れな感じはなんだったのか、そう思わせる華麗なタイピングでデータを洗い始め、目的の物をすぐに見つける。
「共和国商業組合所有。非合法な取引場所として使用されていて、ルナ・フェルムからの要請で帝国軍が襲撃……組合長ダウバ・ククウ・アトリ……あ、なるほど」
極度に集中しているレイジの邪魔をしないよう、その場にいる全員が静かに待っていると、レイジはすぐに行動へ移す。司令専用の回線を開き、関係各所へ即座に連絡を飛ばした。
「こちらスカーレティアのレイジ。フローラリア、クリスタ艦長。トーネイド、イーリス艦長へ非常事態発生、指定された宙域へ急行されたし。ストーム、ネレイス艦長。ブラシス・リム、タリム艦長へ同じく指定した宙域へ急行されたし」
指示を出しながら、その両手は霞む速度でタイピングを行い、指示を出した船へ具体的な概要やら作戦行動指針やらが、目を疑う速度で駆け抜ける。
「本当に、ご主人様の人物選定眼たるや凄いですの」
その様子に満足そうに頷き、ガラティアは残っていた紅茶を飲み干す。チラリとアプレンティスの少女を見れば、ぽわわんとした表情でレイジを見ていた。ふむ、青春ですの、などと心の中で呟き、アベルの様子も確認する。
「ガラティアお姉さんごちそうさん!」
出されていた物を綺麗に消費し、しっかり両手を合わせて頭を下げてから、脇目も振らずに部屋から飛び出していった。こちらも素晴らしく現状を理解している事に、ガラティアは妖艶な笑みを浮かべる。
「ふふふふのふですの。もう、ご主人様ったら素敵すぎますの」
素晴らしい人材をしっかりゲットして見せた愛しい人の株が天元突破しつつ、ガラティアもお茶会の食器などを片付け、素早く部屋から立ち去る。
「スカーレティア六番艦フリゲートフレーム桜花、ココル艦長。アクス、ハンマーを緊急スクランブル。目標宙域へそれぞれ派遣」
レイジは淡々と指示を出しながら、回りを見えていない状態で歩き出す。目的地は艦橋だが、指示出しに集中しすぎてまるで見当違いな方向へ歩き出そうとする。それを見ていたアプレンティスの少女が慌てて彼を誘導する。それすら気づかなかったが。
「タツローさん、そこから一番近いところで戦闘が行われている。貴方が正しいと思う行動をしてくれれば後はこっちでフォローします」
歴史に記録も記憶もされない、しかしライジグス王国では歴史書に必ず記載される、ライジグスが誇る指揮官の誕生を祝う戦いが始まろうとしていた。
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