第81話 大連合 ③
眼前に迫る小惑星帯を見据え、バイザーから唯一見える唇を、皮肉な笑みの形へ歪めるルータニア。
宇宙を走り回るような時代を支える技術。それはシールドの技術だ。シールドがあるからこそ、微少なスペースデブリ程度ならば無視して航行出来るし、シールドがあるからこそハイパードライブも使用できる。
しかし、いくらシールドの技術が発達したからと言って、大質量の小惑星に衝突されれば、シールドなど消し飛び、船など一撃で破壊されてしまう。船乗りならば、大規模な小惑星帯に絶対に近寄る事はない。
「バレット」
「お任せを若様」
ユータニアの言葉に、妙に鼻につく大袈裟なリアクションで応じた中年男性が、迷いも躊躇も無く操縦桿を動かし、フットペダルを踏み込んだ。
『また会えたら、そんときゃ飯でも食おうや』
「よろこんでお相手しよう」
ガイツの男臭い笑顔に、ルータニアはかなり素の微笑みを返す。これには艦橋にいる忠臣達が驚いた。
「ザキ、コウレン、スール、ロラン頼む」
そんな周囲の反応を一切無視し、ルータニアが呼び掛ければ、モニターに青年と少年、少女二人が映りそれぞれ返事をした。
『遅滞戦闘で良いんだな?』
「ガイツ殿が暴れてくれる。こちらは逃げる事に専念するべきだ。彼の大切な家族も預かっている」
『了解した。ミラージュ・ルミナスには近づけないから安心してくれ』
「そこは心配していない。騎士ザキ」
ルータニアの称賛に、騎士服ノーマルスーツの青年ザキが、少し驚いた顔をして微笑む。
『その期待には答えねばな。レーフ・アトイ・メナム出るぞ』
『『『了解』』』
ミラージュ・ルミナスのハッチが開き、純白、深紅、漆黒、黄金のカラフルな戦闘艦が発進する。レーフ・アトイ・メナム。ルブリシュ領の天才科学者ドロイによって開発された高速戦闘を主軸にした船だ。ルータニアはこれを騎士と呼んでいる。
「このまま母艦から付かず離れず?」
普段無口かつ無表情なスールに聞かれ、ザキはニヤリと笑う。
「いや、ここでガイツ達を失うのは痛い。それに貸しは無い方が気分が良いだろう?」
「……兄さんの指示を無視するつもりですか?」
ムッとした表情だが、女顔で妙に可愛らしく迫力に欠けるロランの言葉に、ザキは苦笑を浮かべる。
「傭兵としての仁義は通しておきたい」
「はあ、分かった行って来て。こっちはあたしが受け持つから」
「すまないコウレン」
とっとと行けと言わんばかりに、手を振るコウレンに、ザキは感謝を捧げ、グイッとフットペダルを踏み込んだ。
小惑星帯での急加速など、余程の腕がなければ自殺行為でしかない。だが、純白の船体を駈るザキは、小惑星など障害にもならないとばかりに、すいすいと泳ぐように進んで見せる。しばらく最高速で駆け抜けると、派手な爆発やレーザー発光が見えてきた。
「こちらセレンプティカル所属騎士団長ザキ・スゥック。故あって助太刀致す」
『馬鹿野郎! お前、正気かよ!』
「何、受けた恩義を返すのは、傭兵の仁義だろう? ガイツ団長殿」
『あーくそっ……すまん、助かる』
「こちらの識別を周知してくれよ」
『オリバー!』
『もうやった! すまねぇザキさん! こっちの新人達がやべぇ!』
「心得た!」
大中小様々な小惑星が乱舞し、ミサイルとレーザーによって破壊されたそれらが巨大な弾丸となって飛ぶ、そんな戦場へ躊躇せずザキは突っ込んだ。
「追い込まれているのは……あそこか」
操縦桿とフットペダルを巧みに操り、小惑星を上手にすり抜け、目隠しとして利用しつつ、弱いものいじめに夢中になりすぎて回りが見えていない傭兵達の頭上から突っ込んだ。
「それは迂闊すぎるぞ、コゴス・ミカズ」
傭兵達の船体にマーキングされたエンブレムを見て、瞬時にどこの団体か見極め、ザキはニヤリと笑う。彼からすれば格下の雑魚傭兵団でしかない。
軽レーザーでシールドを一気に飽和させ、そこへピンポイントにジェネレーターへミサイルを直撃させる。それだけで相手の傭兵達はコックピットが分離されてしまう。
傭兵達の戦闘艦は命大事に仕様である。船がたとえ爆散しようとも、パイロットが無事であれば仕事は出来るのだ。だからコンピュータが致命的なダメージを受けたと判断すると、自動でコックピットがパージするように出来ている。
「特に負け癖がついている弱小どもは、ちょっとのダメージでも逃げ出す腰抜けばかり」
おぼつかない飛び方でシン・プラティカの母船へ逃げていく新人らしき機体を見送り、周囲をサーチ。
「ドドン・ピサモン、イイサ・ヘンテ、アドク・モロ・ソウ辺りも狙い目か」
兎に角数を減らさなければ厳しい。雑魚敵散らしはこちらで受け持とうと決め、ザキは戦場の後方、傭兵集団が一番集まっている付近を睨む。
「相変わらず無茶をする」
シン・プラティカの旗頭、鬼の副団長カオスが獅子奮迅の戦いで有象無象を蹴散らしている。もちろんカオスだけではなく、彼を支える鉄砲玉アーロキなどの活躍もあるが、圧倒的な戦果はカオス一人で積み重ねている。しかし、このままでは……
「システム・マリオネット。限界を越えるなよカオス」
カオスの戦果を支えているのは、彼の体に埋め込まれたシステムによるモノだ。マリオネットと呼ばれるそのシステムは、人間の体の限界を越えた超身体能力を与える。しかしそれは諸刃の刃でしかなく、長時間の使用は確実に命を削る。
『カオス! 一旦引け! 後方にザキの野郎が手助けに来た! 少し呼吸を整えろ!』
普段滅多に感情を高ぶらせる事のないアーロキが、モニターに映るカオスの様子に叫ぶ。両目は充血し、それどころか涙と一緒にピンク色の液体が流れ、鼻血は止まらず流れ続け、動脈が静脈が尋常じゃないくらい膨れ上がっている。
「……まだ行ける」
『馬鹿野郎! 少しはオレらを信用しやがれ!』
他のメンバーの叫びもカオスの耳には届かない。いや、届いてはいるが無視をし続ける。カオスだけは知っているのだ。このシステム・マリオネット、どう頑張っても施術後十年しか命が保てない事を。それを理解した上で彼はこのシステムを受け入れたのだから。
「グラップラー起動」
『カオス!』
脳髄にドリルを突っ込まれるような、熱いような痒いような、股間がむずむずするような、それでいて激烈な痛みは直接脳幹を揺らす不愉快極まりない感覚を覚えつつ、カオスは涼しい顔で船の武装を展開する。
カオスが愛船スルグ・ナプレは、先代傭兵団長が彼の為に用意した戦闘艦だ。つまり、システム・マリオネット用の武器が搭載されている。それがグラップラー。ひたすら固いマニュピュレーターなのだが、これでもって相手を殴り付けるという、とんでも兵器である。しかしこれが速度に乗って振るわれると、下手なジェネレーターのシールドなど一撃で飽和する恐ろしい破壊力を発揮するのだ。
『馬鹿野郎ぉっ!』
もちろん壮絶なるデメリットも存在する。システム・マリオネットをフル稼働させる都合上、使用者であるパイロットの消耗が激しく、下手をすれば命を失いかねない。
「団長の進む先は、オレが切り開く。お前ら全員、団長の為に死ね」
カオスは熟知している。所詮は二束三文で売られた自分達に、予備人体パーツ以外の価値などありはしない。傭兵団に買われた事だって奇跡のようなモノだ。それなのに、将来を夢見る事まで許されたこの数年は本当に嬉しかったのだ。それらを与えてくれたのは、ガイツ。つまり団長が生き延びれば、自分のような無価値な子供が夢を見れるのだ、こんな素敵な事はない。
この命と引き換えに、団長は生かす。小難しい事は知らない。ただここで命の限り、団長を狙う糞どもの命を刈り続ける。
「その命、一つ残らず寄越せ」
元々は白い船体だったが、度重なる激戦を経てくすんだ灰色に近い色へ変色したスルグ・ナプレが敵集団へと襲いかかる。開戦時数分で、下半身の変調を感じていたカオスは、自分がもう保たないのを理解した。だからここで命を使う。自分達の勝利を掴むために。
『ま、させないけどな。ったく、こんなアホな技術、すっかりさっぱり過去に完全消去したっつうのに』
「っ?!」
覚悟を決め、全てを注ぎ、乾坤一擲の勝負へ飛び込もうとしたスルグ・ナプレを、鈍色の白銀を纏う美しい船が優しく抱き締めた。カオスのモニターに映る黒髪の男は、彼にまるで父親のような微笑みを向けた。
『子供が無茶するもんじゃない。暫く寝てなさい』
反論しようと口を開こうとするが、システム・マリオネットの強制終了が始まり、何も言えずに意識が消えた。だけど少し残った無意識の部分で、父親ってこんなんかなぁ、なんて思うカオスがいた。
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