第80話 大連合 ②

 セレンプティカルの旗艦ミラージュ・ルミナス。旧式の共和国軍規格重巡洋艦だが、そこは傭兵らしく、各種魔改造が施されかつての原型は存在しない。その艦橋で、現在の状況を睨んでいた人物が、苦々しく呟く。


「そう簡単に逃がしてはくれないか」

「爆弾を仕込んでおいたけど、焼け石に水だったみたい」

「いや、良くやってくれたコウレン」


 上から下まで真っ黒なノーマルスーツに、かなり大きい顔を隠すバイザーをした青年が、唯一見える形の良い唇を美しく笑みの形に変え、しょんぼりした陽気な美少女の鍛え抜かれた肩を叩く。それだけでコウレンと呼ばれた少女は、大輪の華を咲かせるように笑う。


「イチャイチャしてる場合じゃないと思うんだが?」

「出来ればこちらに集中して欲しいんだが、弟よ」

「兄様?」

「イチャイチャなどしていない」


 女性率の多い艦橋で一斉に突っ込まれ、青年はムッとした雰囲気で、かなり突き放した口調で言うが、周囲の女性達の視線は生暖かかった。


「それでルータニア、どこへ向かうつもりだ?」


 いたたまれなくなったのか、青年をルータニアと呼ぶ別の青年、こっちは騎士服のようなノーマルスーツを着た人物が聞く。その言葉に少し助かったといった雰囲気を出しつつ、ルータニアはモニターに表示されているポイントを指し示した。


「クヴァーストレードコロニー、いや、今はライジグス王国の首都アルペジオだったな。かの国へ向かう。そちらはどうする?」


 通信が繋がりっぱなしのモニターには、仏頂面をしたシン・プラティカの団長ガイツが映し出されている。ガイツ側の艦橋はちょっと所帯染みた男臭い感じで、実際小さな子供達が走り回っている様子が見られる。


『それよかよ。これ、逃げきれっか?』


 シン・プラティカ側の母船は巡洋艦、それもかなり旧式の船で足回りが遅い。現役で使えているのは、色々な伝を使った魔改造のお陰であり、それでも正規の巡洋艦より速度は出ない。それはセレンプティカル側も同じ条件だ。


「今回は準備をしてきていない」

『だよなぁ』


 シン・ブラティカは圧倒的な戦闘力で、セレンプティカルは用意周到な作戦を用いた組織力で、それぞれ多くの戦場で名を馳せた傭兵団だ。しかし、今回は様子見であり、もっと悪い事に、別の星系の支部ではあったが、アトリ商会とは数度契約していた実績もあり、今回のような事態を予測出来なかったのが痛恨の極みだった。


『……はあ、しゃあねぇか』


 ガシガシと頭を掻いて、ガイツは真面目な顔をルータニアへ向ける。


『そっちの船の方が防御力は高い。すまねぇが、こっちのガキどもをそっちに乗せてくれねぇか? 交換条件でオレらがケツ持ちしてやっからよ』

「……いいのか?」


 考えていなかった、いや実際は出し抜いてそういう位置へ誘導するべきか否か、仁義と実利の間で揺れていたルータニアは、思ってもいなかったガイツからの提案に、少し驚きながら聞き返す。


『しゃーねーさ。戦うしか能のねぇオレじゃぁ、こっから大逆転の完璧な作戦なんざ思い付かねぇ。そっちが準備してりゃ乗ってたんだが、まさかこんな状況になっちまうとは思わねぇもんな。だったらよ、ガキどもが笑って暮らせる世界を作れそうなお前に賭けるってのも悪くなぇかなって』

「ガイツ殿」

『殿って柄じゃねぇよ』


 豪快に笑うガイツ。そんなガイツに、ルータニアは不適な笑みを浮かべて、ゆっくりキャプテンシートに座り、その長い足を組む。


『で、どうだ?』

「……その提案受けよう。だが、まだ完全に負けると決まったわけではない」

『ほう?』


 ルータニアは進路上に存在する、かなり大規模な小惑星帯をモニターに映す。


「進路上にあるここへ奴らを誘導する。そっちには奇跡の操舵手ジューン殿がいるであろう?」

『なるほど……確かにあそこならある程度の戦いが出来るな』

「ああ、勿論、こちらからも騎士を出す」

『……勝算は?』

「七割」

『上等だ……保険でガキどもを受け入れてくれ。その方がこっちは動ける』

「了解した。受け入れよう」


 シン・プラティカから戦闘艦が発進し、ミラージュ・ルミナスに着艦するを数回繰り返し、シン・プラティカで生活していた子供達が移送された。その様子を見ていたシン・プラティカの副団長カオスは、静かに闘志を燃やしていた。


「カオス君」

「ミク、どうかした?」

「これ」


 シン・ブラティカで子守り兼雑用をしているミクスが、カオスにランチボックスを渡す。


「食事、まだだったよね」

「ああ、ありがとう」


 とある事情から、カオスは同年代の少年達より食事量が少ない。だからカオスの為に高タンパクで栄養価の高い食事を渡すのが、彼女の仕事の一つでもある。


「大丈夫かな」


 不安そうなミクスは、しきりに二の腕辺りをさすりながら、キョロキョロ宇宙の様子を気にする。受け取ったランチボックスから、サンドイッチ状の食べ物を口に運びながら、カオスは不思議そうに彼女を見る。


「そんなに不安なら、どうして残ったんだ?」


 カオスの言葉に、彼女は少しだけムッとした表情を浮かべたが、すぐに諦めたのか大きくため息を吐き出し、お姉さんっぽく笑う。


「カオス君のお世話よ。すぐに色々忘れちゃうでしょ?」

「ふーん」


 心底どうでも良さそうに受け流し、食事を終わらせたカオスはランチボックスをミクスへ渡した。


「美味かった」

「良かったよ」


 カオスはそう言うと、近くの戦闘艦へ歩いていく。


「ちゃんと帰ってきてね」


 ミクスの言葉にカオスは軽く片手を挙げて返事を返した。絶対に帰ってくると断言しないところが、実に彼らしく、そしていつも不安に思うところだ。


「忘れずに帰ってきてね。カオス君」


 鬼の副団長。戦場の鬼神。シン・プラティカの旗を背負う戦闘の要。だが、その姿は同年代の少年達よりもやせっぽちで、小柄で、今にも消えてしまいそうな雰囲気がある少年だ。だから祈らずにいられない。帰ってきてと。


『カオ、準備は良いか?』

「ああ、やるよ」

『いつもすまねぇな。一番、きっついとこをよ』

「それが俺の役目だから」

『……そうか』


 コックピットで準備を終えたカオスは、ちょうど繋がった通信でガイツと何度目になるかの同じ問答を繰り返す。


「団長、進む為だろ」

『そうだな。進まなきゃな、オレ達はどこまでも』

「ああ、だから頼む」

『こっちもヤバイけどな』

「いざとなれば逃げればいい。この傭兵団は団長が残れば勝ちだ」

『そう思ってるのは、きっとお前だけだぜ』


 いつもと同じような問答。いつもと同じだからまた勝てる。勝って生き残れる。そう信じられる内は負けない。カオスはジッとガイツの瞳を見つめた。


「大丈夫、俺が全部殺す」

『頼む』


 万感の想いが籠ったガイツの言葉に頷き、カオスは戦闘艦のジェネレータを起動させた。



 ○  ●  ○


「今回の仕事はおいしいぜ!」

「全くだ頭ぁ!」


 旧式の駆逐艦に無理矢理発着機能を取り付けた魔改造艦の艦橋で、薄汚れたノーマルスーツを着た男達がバカ笑いを繰り返してる。


「準レガリアクラスの船に、バカみたいな報酬、しかもこの追撃戦でもっとうまい報酬も出ると来た。今回の仕事は大当たりだぜ!」

「ルナ・フェルムを手に入れたら、こっちも好き放題出来るんですかね?」

「あたぼうよ! 戦場での略奪は勝者の権利って昔っから決まってんだよ!」

「ですよねー!」


 取らぬ狸の皮算用、そんな言葉が似合いそうな妄想を吐き出し、ギラギラ欲望に曇った瞳でモニターに映る二つの船を睨む。


「まずはシン・プラティカとセレンプティカルだ。セレンプティカルには良い女が多い。出来れば乗り込んで白兵戦と行きたいが」

「他の連中もそう思ってるんじゃねぇっすかね?」

「紫髪の魔女だけでもどうにか出来ねぇかねぇ。むしゃぶりつきたくなるような体してるからなぁ」

「あの気の強そうな女にそんな事できますかね?」

「ばっかお前、そこを無理矢理やるからいいんじゃねぇか」


 下品に腰を前後する頭領に、部下の男達は違いないとバカ笑いを続ける。


「かしらぁー! そろそろ有効範囲に入りますぜ!」

「おーし! 野郎共! 狩りの時間だ!」


 頭領の言葉に部下の男達が走っていく。それぞれの戦闘艦に乗り込んで狩りを始めようと準備をする。


「ひひひひひ、何度も何度もボッコボコにされた恨み、ここで一気に晴らさせてもらう」


 男達の船からも、他の船からも、まるで巨大な昆虫の群れのように、多くの戦闘艦が吐き出され二隻の船へと殺到していく。誰も知らない場所で、記録にも記憶にも残らない戦いが始まろうとしていた。

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