第79話 大連合 ① 

「おや、珍しいな。シン・プラティカさんがこの会合に参加するとは思わなかった」


 艶やかな薄い紫色の長髪に切れ長のこぼれ落ちそうな翡翠色の瞳、誰も彼もが振り向いて二度見しそうな美女が、酷く嗜虐的な笑顔を張り付けて、屈強な褐色肌の野性味溢れる青年に話しかけた。


「貴様らもだろ。セレンプティカル」


 銀髪なんだろうが、褐色肌との対比で白髪に見える短髪に、つり目が強すぎて三白眼なのもあり強面通りすぎた凶相。その場に立っているだけで威圧を振り撒く青年に、美女は気軽に近寄り親しげにしなだれかかる。


「……どう思う?」

「クセェ」

「だろうな」


 青年の名前はガイツ・ルキオ。かつては悪逆非道な宙賊と変わらない傭兵団だったプラティカを乗っ取り、ならず者でしかなかった先輩達を粛清しまくり、正統派傭兵団として名乗りを挙げた巨大傭兵団の団長をしている青年だ。


 そしてしなだれかかって甘く囁くように見せて、内情を探って来た女性はユシー・ナーシカ。大傭兵団セレンプティカルの情報・経理・交渉を担当する紫髪の魔女と呼ばれる女傑である。


「おめぇんとこの団長はどう見てる」

「手を引くべき、だそうだ。そもそもアトリ大商会自体、あの子は嫌ってるからな」

「奇遇だな、ウチの鬼の副長様も嫌ってらぁ」


 大迫力の二人が含み笑いしているだけで、そこは完全に巨悪組織大幹部悪巧み大会になっている事実を二人は知らない。他の有象無象な中小傭兵団の代表者など、完全に空気である。


 そんな微妙な空気感のところへ、巨大で醜い贅肉だらけの体を揺すりながら一人の男が入室してくる。男の左右には、裏社会で名を馳せたろくでなしがボディガードの役目なのだろう、ニヤニヤ笑いながら侍っている。


「外れ、だな」

「大外れの間違いじゃねぇか」

「違いない」


 太った男、ゴバウ・ククウ・アトリは脂ぎった顔に下品な笑顔を張り付け、集まった傭兵団の代表を見回す。その際に数人いる女性達には、かなり念入りな舐め回す視線を向けていた。数人は嫌悪感を表面へ、心得ている者は完全に隠して受け流す。


「いやはやお集まりいただき感謝しますぞ」


 男の第一声。その声を聞いて、表面上取り繕っていた全員が、不快感に顔を歪めた。成熟した大人なのに、声が声変わり前の少年そのものだったのだ。見た目のギャップとが酷すぎて、聞いていてここまで不快感を煽る人間もいないのではないか、と思わせる気持ち悪さがある。


「ボクが皆様の雇い主となるアトリ商会代表、ゴバウ・ククウ・アトリであります。ここに集まったと言う事は、ボクとの契約を望んでいると、そう認識してよろしいですかな?」


 酷い不快感溢れる声に、ガイツは鋼の意志で無表情を貫き、軽く手を挙げた。


「おやおや、シン・プラティカさん、いかがなさったのか?」

「いかが、じゃねぇ。ここに来たのは契約内容の確認だ。そこをすっ飛ばしていきなり契約なんてあるわけねぇだろうが。頭大丈夫か? 傭兵団とのやり取りに仁義も通せねぇのか、てめぇ」


 シン・プラティカ程大きくはないが、それでも一線級の活躍が出来る中小の傭兵団代表達も、ガイツの言葉に苦々しい顔で頷いている。


「ほっほっほっほっ、そうですか? こちらは手土産を用意してますから、皆様御納得の上で喜び契約してくれると思っているのですが?」

「手土産だぁ?」


 ガイツが胡乱げな表情を隠しもせずに凄むと、ゴバウが脂肪まみれの腹を揺らしながら、両手をパンパンと鳴らす。すると、用意されていたモニターに宇宙船、戦闘艦のデータが表示された。


「……なるほどな、そう来たか」


 ユシーは冷静に、ガイツも何とか動揺を隠して無表情を貫けたが、他の代表達は色めき立つ。そこに映し出された戦闘艦は、スペック通りならば準レガリア級。経費に四苦八苦しながら何とか船を維持管理している傭兵団からすれば、その戦闘艦はまさしく目に毒。


「今回は百隻たらずしか用意できませんでしたが、今回の事が上手く運べば、全ての皆様にこの船を提供できる経路が作れます。いかがですかな? この船に成功報酬と、これでも契約には問題がありますかな?」


 自信たっぷりに断言するゴバウに、誰もが口を閉ざす中、ユシーがこれ見よがしに鼻で笑う。


「問題しかないと分からないようだな。こちらはまだ、どこの誰とどのように戦うのかすら知らされていない。それを知らせず、いかにも美味しい食い物をぶら下げて誘惑されてもな」


 ユシーの言葉で、手土産に色めいていた数人の代表が正気に戻る。ガイツも契約すっかなぁという気分だったが、ユシーの言葉で冷や水を浴びせられた気分で、あぶねぇあぶねぇと心の中で汗を拭いた。


「おお、それもそうですな。相手はルナ・フェルム、バザム通商同盟。なあに、戦力なんて存在しない、商人だけの国です。皆様とこの船の力があれば容易い戦いでしょう?」


 ガイツは心の底からユシーに感謝をした。これはまず間違いなく契約したら駄目な分類の仕事である。これは傭兵団としての仕事ではなくて、完全に宙賊目線の戦いだ。


 ガイツは静かに耳たぶへ指を伸ばす。


「カオ、離脱の準備」

「団長、予想その二、大当たり。シン・プラティカと合同で逃げの用意」

「……おい」

「何か問題でも?」


 どうやらセレンプティカルも最悪の予想はしていたらしく、自分達と同じく逃走の準備をしていたようだ。自然に自分達を巻き込もうとしている事に文句を言おうとして、ユシーが素早く視線を四方へ飛ばしたのを見て、短く舌打ちをするだけに止めた。いつの間にか、裏組織系列のならず者達の姿が出入り口にあったのだ。


 ガイツは何人かの顔見知りに視線を送り、ユシーも女性達に視線を送る。それだけでまともな判断を下せる人間達は、自分達が置かれている状況に気づき、静かにバレないよう、ガイツとユシーの近くへ寄っていく。


「それで、どうですかな? この勝ち戦に参加しませんか?」


 ゴバウの不快な声に、ガイツは鼻で笑った。


「丸腰のこっちに、そっちは武器持ちのチンピラ連れて、さぁ契約しましょうはねぇんじゃねぇか?」

「ほっほっほっほっ、損はさせませんよ。ルナ・フェルムを制圧出来れば、貴殿方の夢にも近づくと愚考しますが」

「……てめぇ」

「ちっ」


 シン・ブラティカは違法奴隷商人達によって集められた少年少女達の集団だ。先代団長達が、手頃な捨て駒として買い漁り、そして下克上を起こされたわけだが、ガイツ達の夢とは自分達のような子供が生まれない国を作る事。そのために傭兵団を乗っ取り、大金を稼いでコロニーを買おうとしているのだ。


 セレンプティカルは共和国に領土を奪われた小領主、ルブリシュの忘れ形見ルータニアが団長をしている傭兵団。彼らの夢は、もちろんルブリシュ領土の奪還。そのための力を得る、金を得る為に戦っている。


 それぞれ方向性は違うが、国を手にするというのは同じだ。それを目の前の男は、さも滑稽だと言わんばかりに嗤った。普段冷静なユシーすら、全身から熱気に似た殺意を滾らせている位だ、とても納得できるモノではない。


「どうします? 契約しますか? それともここで終わりにしますか?」


 ぐふふふふ、と聞くに耐えない笑い声を漏らすゴバウに、ガイツは冷ややかな視線を向けていた。それはユシーも、他の正統派傭兵団の代表達も同じだ。


「一つ、忠告しておこう」


 魔女と呼ばれるだけはある、そんな嗜虐的な残忍さを隠さない笑顔を浮かべたユシーが、くっくっくっと笑いながら宣言する。


「何をやっても負ける」


 ゴバウを指差して断言すると、ゴバウは無表情でブヨブヨの腕を挙げた。


「実に残念です」


 配置されていたならず者達が一斉に武器を構える。まともじゃない、宙賊寄りの傭兵団の代表達は巻き込まれてはたまらんと、一斉に床へと伏せた。


「ではさようなら」

「今回は見逃してやるだけだがな」


 ゴバウの言葉に被せて言ったガイツのすぐ横の壁が、突然裂けるように切れた。


「団長、生きてる?」

「ナイスタイミングだカオ」

「どけ、カオス」


 仏頂面の野猿といった雰囲気な少年がひょっこり顔を出すのと同時に、びっちりとした騎士服のようなノーマルスーツを着た青年が、部屋の中央へ何個かの球体を投げ入れた。


「ではな、負け犬。せいぜい戦場では、我々の影に怯えていろ」


 球体から灰色の煙が噴射され、部屋を瞬く間に包む。その隙にガイツ達は逃げ出した。


「ええいっ! 役立たずどもめっ! 傭兵の皆さん! 特別ミッションですぞ! 逃げ出した傭兵団を追いかけて損害を与えなさい! 一番多くの損害を与えた傭兵達に、優先的にあの船を与えましょう! 勿論、特別報酬も用意しますぞ!」


 瞬間的に視界を塞いだ煙は、すぐに部屋を浄化する空気清浄機によって消えた。そして見事な逃走を果たした一同が逃げ出した壁の裂け目を見て、ゴバウがキーキー甲高い声で叫んだ。その叫びに負けない大歓声を出しながら、残った傭兵達が自分達の船へと走っていく。


「ち、やはりこちらもそれなりの人材を用意しないとだめですな」


 ゴバウの言葉は誰かに向けたものではなかったはずだが、部屋の隅の物陰に控えていた人物が、少し顔を出して頷き、そのまま消えていった。


「全く、実にけしからんですぞ、マドカ・シュリュズベリイ」


 ゴバウはグヒグヒ笑いながら、データパレットに映したうら若き美女の画像データを、酷くねっとりした指先で撫で続けるのであった。

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