第77話 さあ、存分に足掻け

 Side:少年達


「お前の判断で手駒ダチが死ぬ。お前が迷えば家族が殺される。失敗を重ねれば重ねる程、国が疲弊し弱っていく。その重圧の先に、必ずしも正しい解答がもらえるわけじゃない」


 ちょい悪どころか全悪な、裏組織の頭領だと紹介されても納得しそうな、そんな強面を通り越した大迫力の顔をした初老の男が、手の中で将棋の駒に似たモノをジャラジャラ鳴らしながら、これ見よがしに弄んでいる。それを苦々しい表情で睨むレイジ。


 ファラとシェルファにまんまとしてやられ、それでも自分の意志で進むと決めてから、レイジ、アベル、ロドムは加速空間のシミュレータをやり続けている。


 アベルは完全にとばっちりであるが、以前の彼とは比べ物にならない弱々しい姿は、強引に引き込んだ事が正解だったと、今ではその選択が間違っていなかったと思っている。


「それでも前へと、一歩でも先へと、覚悟を決めて進むヤツが、そんな馬鹿が世界を変えちまう事だってあるんだぜ?」


 パチリ、老人の一手で自分の敗けが確定し、レイジは頭をかきむしる。これで全戦全敗だ。こっちの手練手管など、まるで猿の知恵だと言わんばかりに、わざとその思惑に乗っかってまるっと思惑ごと粉砕してしまう。そんな老人のやり方に勝てる要素すら見えない。


 老人の名はキオピス。タツロー達のクランと仲が良かった戦術研究クラン『大サバンナ』のクランマスターにして、戦術では何度もスペースインフィニティオーケストラの非常識、デミウスを徹底的に叩いて見せる知将だ。仲が良いのを良い事に、彼の完コピAIを作って、その戦術をデミウスが研究していたのだ。それでもボッコボコにされまくって、一向に勝てる気配すら無かった。


「もう一回!」

「おうおう、何度でもかかってこいや小僧」


 気炎を上げて、鼻息荒く駒を並べ直すレイジに、キオピスは内心で苦笑を浮かべる。レイジが感じている程、絶望的な差というのは存在していない。ただ、点として見ているのか、面として見ているのか。動かない湖面を見ているのか、激しく流れる激流を見ているのか。ようは前のめり過ぎなだけなのだが、それに気づいていない。若いねぇ、そんな感想を浮かべ、別の若者に視線を向ける。


「出来ない事を才能なんてまやかしで誤魔化すな。出来る出来ないを決めているのは、やらない貴様だ。才能なんて全体から見れば、一厘の価値しかない。そんなモノにすがる前に、何も考えずまず走れっ!」

「はいっ!」


 実に涼やかな表情で毒を撒き散らす鬼軍曹。ゲーム内で何を思ったのか、軍隊式の訓練を研究するクランを立ち上げた色物集団『上げて落とす』のクランマスター、元峰もとみね義名よしなに、アベルはごっりごりな軍隊式の訓練を受けさせられていた。


 ただただひたすらに、何も考えられなくなるまで走らせ続け、ずっと何かに怯え続けていた彼が、少しまともに戻ってきたのは、確実に鬼軍曹の苛烈な訓練と、愛に満ち溢れた罵声げきれいのお陰だろう。


 身体強化調整が第二種を越えると、ほぼ筋トレは無意味な行為となる。肉体そのものが強靭なパワードスーツに入れ替わるようなものだからだ。しかし、筋トレが無駄か? と問われれば否と言われるだろう。これは体を効率良く動かす訓練であり、精神を叩き上げる行為であり、自分と向き合う修行でもあるのだから。


「良い面してきたぞ! 喜べ! 後五千キロ追加だ! 走れ走れ走れ走れ!」

「はいっ!」


 ちょっと愛情が深すぎるかもしれないが、アベルの為にはなってるのだ。きっと大丈夫だろう。多分。


 アベルが走り回っている場所から少し離れた場所では、ロドムが山のような巨漢から指示を受けて体を動かしている。例えるなら、変則的なピーチ・フラッグだろうか。地面に大開脚した状態で伏せ、合図があれば立ち上がって走り、次の合図で大開脚状態で伏せる。そんな事を繰り返している。


「おしおし、だいぶ分かってきたか?」

「う、うっす! 動けるっす!」

「そうだ。必要なのは圧倒的な力じゃない。柔軟に動く体とそれを支える芯だ。必要な力で必要なだけ動く、必要な配分で必要なだけ使う」

「う、うっす!」


 馬鹿正直でどこまでも素直なロドムは、巨漢から言われた事全てをこなしている。三人の中で一番成長しているのが彼だろう。


 そんなロドムを指導しているのは、タツローのクランと同盟を組んでいた白兵戦専門クラン『錦の御旗』のクランリーダー、偉いでんね門田もんただ。元峰をタツロー達へ引き込んだ張本人であり、ゲーム内で一番いい人と言われるくらいに人格者である。実際、ロドムに懐かれていることからもそれは証明されている。


「いやはや、若いってのはいいねぇ」


 盤面を全く見ずに、レイジを完全にやり込めながら、キオピスは眩しそうにアベルをロドムを見やる。アビゲイルやマヒロ、ファルコンなどの感情回路持ちAIと、完コピAIでは越えられない壁がある。それは成長が無いと言う部分だ。


 いや、ここでのやり取りをアップデートして、みたいな事をすれば多少は性能は上がるだろうが、生身の人間のように日々の糧を得て育つ、という要素がないのだ。つまり、彼らはどうあってもデータでしかない。その事を理解しているからこそ、キオピスはついつい羨ましいと感じてしまう。


 事実、レイジは手合わせを重ねるごとに、驚くスピードでこちらの戦略を吸収して自分の手練手管に加えてくるし、アベルは恐怖を感じていた何かをそろそろ吹っ切ろうとしている。ロドムに至っては、もう完全に別人だ。そんな成長著しい若者達が、羨ましくそして眩しく感じる。


「ぐぬぬぬぬぅっ?!」


 だから、ちょっと意地悪をしてしまう。罠を罠と見せずに、嘘の罠を本物と見せておちょくってしまう。それすらも吸収するのだから、やはり成長出来るというのは羨ましい。


「外のデータをアップデートしてもらうかねぇ。老後の楽しみに」


 クックックックッとマフィアですら逃げ出すような笑顔にドン引きしつつ、レイジは必死に食らいつく。食らいつくが負ける。負けるけど挑む、ただただそれだけを繰り返す。


「どうしたどうした? お前を追いかけ回してる恐怖はいないぞっ! お前はもう逃げ足だけは一流だ! 敵わないなら逃げろ逃げろ逃げろ! 逃げながら考えろ! 生きてればいくらでも戦い方はあるぞ!」

「はいっ!」

「良い返事だ! 走れ走れ走れ走れ!」


 眼球を抉り取られ、心を読まれ、もう駄目だと何度も心が折れて、それでも必死に虚勢を張って、それが唐突に助けられて何が何だか分からなくて混乱した。そしてこんな場所へ放り込まれて、訳の分からんイケメンにひたすら罵声を浴びさせられる。なんて俺の人生理不尽だ、と途方に暮れたが、走り続けて見えて来たモノも確かにあって……アベルはグチャグチャの心を必死に整理している。彼も必死に戦っている。レイジとロドムと、頼れる兄弟が近くでやはり戦っているのなら、自分も戦わなければならない。今までもこれからもずっと。


「貴様っ! 今凄く良い面してるぞっ!」

「はい!」


 きっと大丈夫だ。そう思って走り続ける。




 ○  ●  ○


 こちらへ向かっている嫁達を向かえようとしたけど、少し時間が空いたから、レイジ君達三人が訓練している、っちゅうので様子を見ていたのだが……


「いきなりこれ?」


 思わず真顔でマリオン(訓練監督)に聞けば、彼女は輝かんばかりの笑顔で頷いた。


「必要な事なのでっ!」

「……」


 俺がチラリとファラとシェルファに視線を送れば、彼らをそそのかした彼女達は一斉に視線を逸らしやがる。おいこら嫁。


「メイド隊ではこれが入門です!」

「おいこらガラティア!」


 とんでもない事実を知ってしまった俺だが、心が折れるどころか、厳しいを通り越した鬼相手(門田さんは除く)に食らいつく二人を応援するために、アビゲイル経由でアップデートを行うのであった。


「アンタの方が鬼じゃない」

「いや、マンネリは敵かなーって」

「酷い話もあるもんじゃな」

「天然鬼畜ですね鬼畜」

「きーちく?」

「ソンナ言葉ヲ覚エルナ、ダゼ」


 いやはや、頑張れ! 青少年達! 明日の主人公は君達だ! なんつって。

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