第76話 すりーぷいやーに水
「はあいぃ?!」
まんま、お犬ヘッドでも絶句の表情って分かるもんだねぇ。いや、それなりに表情はコロコロしてたような気がするけれど、驚愕って感じの表情も分かるとは。
「ツッコミどころが多すぎちゃうのん?」
アリシア・ジョーンズことアフガンハウンドねーちゃんと、冴えない小売り商人トイルのおっさんは、俺らの話に頭を抱えている。
「おかしいのぉ。そこは商人として喜ぶべきところではなかろうか?」
すっかり居着いてしまったせっちゃんは、ルルの端末にサブのデータをちゃっかり移し、端末の立体ホログラムを使ってひょっこり顔を出している。俺、そんなお饅頭が解説する動画とか知ってるんだけど……
「いや、確実に儲けが出る商売をさせてくれるっちゅうんは、確かに嬉しいんよ? そこちゃうねん。問題は、目の前のあんさんらがまるっとライジグス王国の最重要人物、っちゅうのがおかしいやんねんなー」
「ぶらっと出歩く国王が居て何が悪い!」
「いや、国王なら出歩くなや! 危ないっちゅうねん!」
「普通ならそうなんでしょうけど、ウチの国で一番最強がソレだからねぇ」
「はあ、帝国の皇帝かいなぁ」
「あれと一緒にされるのは、さすがに遺憾の意を発動せざるを得ない」
トイルの商売に便乗する形で学術区にやって来た俺らは、せっちゃんの要望もあり、アリシアに頼み事をしにやって来た。具体的には、ルナ・フェルムの政治の中枢へ立って欲しいという事を伝えに。
同時に、せっちゃんの監視によって、トイルのおっさんがかなり信用できる人物である事も分った。それにこのおっさんの販路というのも馬鹿に出来ない規模で、とにかく顔が広い。こいつは是非にこちらへ引き込もうと言う事で、身分を明かしてライジグスのご用商人に仕立てようとしているところだ。
やっと復活したアリシアが、疲れたように目頭を押さえながら呟く。
「はあ、ファラの旦那が今話題のライジグスの国王というのも驚きだが、まさかファラがあのファリアスの姫巫女だったというのも驚いた。そこへ謎に包まれたルナ・フェルムの制御を行う、まさかまさかの中枢AIを連れてきて、このワタシにルナ・フェルムの政治を任せると言う……青天の霹靂とは古代文明人の言葉だが、まさか実際に体験するとは思っていなかった」
やっぱり一人オペラのような身振り手振りで、かなり大袈裟な感情表現をする。どうも彼女のこれはデフォルトであるようだ。
「で、どうすんの?」
「……ワタシで勤まるだろうか?」
両耳をフルフル震わせ、ちょっと瞳をうるうるさせている姿は、おーしわしゃわしゃわしゃわしゃ、とやりたくなる不思議な吸引力がある。いや、やらないが。やろうとしている嫁二人の、すげぇワキワキしてる両手を叩くのも忘れないようにしとく。
「我はそなたこそが相応しいと確信しておるよ?」
「セラエノ断章殿……」
キリっとした表情で断言するせっちゃんだが、それが生首状態だとまるで決まってないってのを理解していない。アリシアもちょっと困惑気味だ。
「決断は早い方がいいぞ。迷ったところで停滞するだけで、状況は改善も進展もしない」
「……随分、実感がこもっているな」
「そりゃ、通過してきた道だしな」
アリシアはうーんと腕を組み、考え込む。そんな彼女を見たトイルが、ポツリと呟く。
「一人で決められないんならや、仲間と相談したらどうやねん」
「……ん?」
「状況がデカすぎるんやし、ほな、わしやったるわ! ってなっても、結局は他の人間も巻き込むんやから、今の内から信頼できる仲間を集めたらどない?」
トイルの助言に、アリシアは苦笑を浮かべ、それもそうだと呟き、はあっと天を見上げる。
しばらく天井を見上げていたアリシアは、顔を戻して話し出した。
「確かに疑問を感じていたんだ」
アリシアは気が抜けたような表情で、稼働した簡易プラントを覗き込み、または出来立てのフードカートリッジから調理される食事をむさぼる仲間達の姿を眺める。
「ギルドメンバーとして、ルナ・フェルム以外の国を見て回り、故郷と他国との違いをまざまざ見せつけられて、ずっと思っていたんだ」
仲間達を見ているようで見ていない、どこか透明感のある瞳で遠くを見るアリシア。どうでも良いけど、こんなシリアスな場面だが、凄く横顔が映えるな……さすが美形のアフガンハウンド。
「故郷はどうして優しくないんだろう、ずっとその事が気になっていた」
「優しくない?」
「ファラには言ったかな。ルナ・フェルムで生きていくには、まず何より金が中心なのだよ。人に優しくするのにも、誰かと仲良くするのにも、大前提として資産というのがチラつく」
「あー、確かになぁー」
んな馬鹿なと思っていると、せっちゃんが苦々しく教えてくれた。どうも収入による、差別のような風習があるらしく、金持ちは金持ちの、貧乏人は貧乏人のコミュニティがあって、個別のコミュニティが交わる事はほとんど無いらしい。
「色々すげぇなルナ・フェルム。すっげ歪だわ」
「生まれた時からそうやし、しゃーないわって思うで? わしかて行商でルナ・フェルムの外に最初飛び出した時、そりゃ度肝抜かれんちゃうかっちゅう衝撃を受けたもん」
「あーそうか、ずっと常識がそれだって思ってたら、それが異常かどうかなんて分からんか」
「せやねん」
俺たちの会話に薄笑いを浮かべたアリシアは、パンパンと両頬を叩くと立ち上がった。
「セラエノ断章殿、お話、受けようと思う。思うのだが、やはり色々と準備は必要だ。まず信頼出来る仲間と相談し、どのような形で政治を行うか、そこはじっくり話し合いをしたい」
「うむ、よしなに頼むのじゃ」
「はい、このアリシア・ジョーンズ、粉骨砕身取り組む事を約束します」
「あーそうそう、正式にはまだだが、ライジグスとは軍事同盟を結ぶ予定だ。その一貫として、しばらく学術区にはウチの掃除担当を巡回させよう」
正確にはメイドさん達であるが。もっと正確には見習いメイドさんであるが。
「それは何ともありがたい。渋る仲間を説得する材料になりそうだ」
「そうじゃのぉ、餌というわけではないが、第三層の表層エリアであるならば、学者の立ち入りを認めるというのもどうじゃ?」
「っ!? よ、よろしいのですかっ?!」
「うむ、そなた達の本質は学術の徒じゃし、政治に関わったからと学びがおそろかになるわけではない、という理由付けもできるじゃろ?」
「あ、ありがたいですっ! むしろ積極的に協力してくれるでしょうっ!」
「なに、我の事でもあるしの」
どうやら話はまとまりそうな感じだ。
「で? おっさんはどうするよ?」
「んげっ?! ご用商人って洒落じゃないんかいっ!」
「国王、嘘、吐かない」
「……ほんま、これが共和国を撃退した国の王様とか悪い冗談やわ」
「親しみ易かろう?」
「いやまぁ、堅苦しくないっちゅうのは助かるんやけど……ほんまにわしみたいなしょっぱいおっさんでええのん?」
「おう」
「即答かいな……はあ、よしっ! 分かったわ、わしも一端の商人や、その役目受けましょ」
「商談成立だな」
おっさんと握手をしてこちらの話もまとまった。着実に懸念事項が潰れて行くのは気持ちがいいね。
「では早速、ワタシは仲間達の説得を行うとしよう。トイル殿、これからもよろしく頼む」
「はいな、頑張って良い品揃えまっせ」
ルナ・フェルムの問題は多いが、それでもアリシアみたいな、現状を正確に把握し、憂いた人なら正していけるだろう。今より悪化するって事はない、といいけど、もし外れてしまってもこちらで助言なり支援なりすればいい。
「色々決まったら連絡しなさいよ?」
「ああ、もちろんだ」
どんな形の政府が出来るのか、楽しみではあるが、そこは俺達が口出す事じゃない。ルナ・フェルムの事はルナ・フェルムに暮らす人達が決めるべきだ。それが形を成すまで、もう少しお節介を焼くとしましょう。
「さて、俺らも引き上げっか。そろそろ追加人員も到着する頃だろうし」
「そうね。お出迎えしましょうか」
「誰が来たのでしょうね」
「とと様、はらぺこりーな」
「おっ? ああ、そろそろいい時間じゃないか、ちょっとどこかに寄って行くか」
「おいちーの」
「へいへい、おいちーののお店な」
ルルをヒョイっと抱き上げ、俺達は学術区から立ち去ったのだった。
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