第75話 じゃんけん大会

「なるほど、事情は理解した。ちなみに我々がそちらに行くという提案は――」

『却下に決まってるでしょ。あんな馬鹿デカい船を嬉々として自分の旗艦に選んだ過去の自分を恨みなさい』

「でしたらーわたくしは問題ないとー」

『問題大有りです。嬉々として前回の作戦で、各国にアピールした自分の迂闊さを恨んで下さい』


 がっくり項垂れる正妃二人に、ガラティアは苦笑を向ける。しかし、彼女達以外の、側妃達の表情は物凄く輝いていた。


『セラエノ断章、もう正式にせっちゃんで名前が固定されそうですが、彼女からの要請、過去の推定敵性対象の行動分析、守る対象の範囲等々を加味し、側妃所有の重巡洋艦クラスの船か巡洋艦クラスの船が適切で、それプラスバザムの境界近くで中型のフリゲート艦とエッグコア隊の三班位を待機、で大丈夫だと思われます。私の作戦立案は穴がありそうなので、詰めはゼフィーナに任せますね』

『気張りなさいっ! 後で横暴な王様スタイルのタツローの映像データ回してあげるからっ!』


 通信室が黄色というには勢いが強すぎる、ほぼ怒号に近い歓声が響き渡り、たまたま近くを歩いていたマルト君が心底怯え、涙目で走って逃げていくのに気付く存在はいなかった。


 データの受け取り、ルナ・フェルムの状況、シェルファとファラから見た現地の様子等々のやり取りが終わり通信が切られる。その瞬間、その場にいる側妃達の気配が、戦闘体勢に切り替わる。


「ああ、まあ、気持ちは分かるが、殴り合いの喧嘩はするなよ?」

「ちゃんとーじゃんけんで決めて下さいねー」


 ファラから直々に映像データをもらった正妃の二人は、ニマニマちょっと気持ち悪い笑顔を浮かべながら、そそくさと通信室から立ち去っていく。


「はいはいですの。ここは狭いのでプレイルームへ移動して下さいですの。くれぐれも物は壊さないようにお願いしますの」


 ガラティアの言葉に、側妃達が無駄に両手を打ち鳴らしながら歩き去る。それを呆れたように見ながら、ガラティアは嬉々として自分が乗り込む中型規模のフリゲート艦のカタログを開いて、グフグフ笑うのであった。


「メイド長、それズルくないですか?」

「何を言っているんです。貴女は前回、監督という名目で真っ先にホワイトブリムを選んで、気がついたら副メイド長なんて役職をゲットしていたではありませんか」

「いやその、あれは流れといいますか。こう、メイド長に仕込まれたメイドの魂がですね」

「人を芸人みたいに言うのはやめて頂きたい。責めてはいませんよ? 今度はこちらの番という事なだけで」

「……他のメイドに恨まれても知りませんよ?」

「そこの対策はバッチリ……ありました!」

「……えっ、これ、ずっこくないです?」

「ずっこくないです。絶対あの変態どもなら作ってるって確信していれば、誰だって見つけられるモノです」


 カタログのページを覗き込んだテティスが、うんざりした表情でガラティアに言うが、ガラティアは輝かんばかりのドヤ顔で胸を張る。


 多目的作戦運用艦スカーレティア。分類上は一応大型の戦艦であるが、その特質は作戦に合わせたオプションによる換装と合体。ありとあらゆる作戦を遂行する為に、戦艦にも巡洋艦にも駆逐艦にもフリゲート艦にも、その役割を変幻自在に変えて運用できる船。しかも、これも変態合体仕様の船で、メインの戦艦フレームに様々な船のフレームが合体した状態の船だ。つまり、最大で八人の艦長を乗せる事が出来るという、皆(七人プラスガラティア)で幸せになろう作戦にはぴったりの船だ。


「どっちにしても、こちらもじゃんけん大会開催ですか」

「それは仕方ないのです。それより誉めて欲しい位ですね。余剰に七人も連れていけるんですから」

「それはそうですが……クルーはどうします?」

「ふむ、アプレンティスの中からシスターズへ最短で昇格できそうな子達を連れていきましょうか。良い経験になるでしょう」

「……ついでに、妙に出会いに飢えてるエッグコア隊の少年達も選出しましょう。まだ微笑ましいレベルですが、その内、こじらせそうで怖いですから」

「……少し鈍感位がモテる条件なんでしょうかね? マルト君にしてもタツローにしても」

「初々しい感じじゃないでしょうか? マルト君は天然タラシですけど、ご主人様はどちらかというとほわほわした感じが萌える!」

「どうどうどう。では他の七人を決めましょう」


 ゼフィーナが情報を加味して作戦を見直しし、実際に派遣する艦種と総数が決定。それは派遣する人数も確定すると言う事で、更にじゃんけん大会の熱が盛り上がる。


 こうしてプレイルームで一斉にじゃんけん大会が開催された。


 重巡洋艦二隻、巡洋艦二隻、四隻で側妃は四人派遣。そして才妃、メイド達はメイド長の欲望による船厳選により、七人の大盤振る舞い。これには側妃達が盛大にブーイングしたが、船を適当に選んだのは貴女と突っ込まれてはぐうの音出ない。ついでにゼフィーナも撃沈した。


 格闘大会でも開いているのではなかろうか、そんな熱気に包まれたプレイルーム。


 白熱したじゃんけんぽんは数百回も叫ばれ、強化された視覚、研ぎ澄まされた感覚、そして引き寄せる運気。それらを使って勝ちをゲットした四人と七人、彼女達の魂の叫びが、しばらくの間プレイルームに轟いたという。



○  ●  ○


「重巡洋艦フローラリアに艦長はクリスタ、同じくトーネイドに艦長イーリス、巡洋艦ストームに艦長ネレイス、同じくブライス・リムに艦長タリム」

「じゃんけん勝負でー決まった事ですからー他意はないんでしょうけどー」

「どこの国を滅ぼしに行くんだ?」

「そう思いますよねー」


 神聖なるじゃんけんの神により選らばれし四人を見たゼフィーナとリズミラは、少し引き吊った表情を浮かべていた。


 問題は無い。無いどころか過剰とも言える能力の暴力。特にクリスタなど、家柄的な意味合いでゼフィーナに『エペレ・リザ』の総隊長職を譲った経緯がある、元軍属組の中でも飛び抜けた猛将だ。彼女が殿を守る撤退戦は、追撃戦の間違いじゃないか? と思わせる位の撃墜数を誇っていたりする。凄くお嬢様お嬢様した、ガッチガチのガチな貴族令嬢まんまな人だが、その指揮は苛烈極まる。


 他の三人も、女性だと侮られる事の多い軍にあってその人あり、と言われた、そいつらに高性能な戦闘艦を与えるなんてとんでもねぇ! と言われるような人材ばかりだ。


「そして更に問題は、ガラティアを筆頭にしたスカーレティアの八人」

「凄いですよねー艦隊戦闘訓練での成績でー元軍属組より成績上位者ばかりですよー」

「……神は言っている、あいつら滅びる定めにあると、だったか?」

「そうそうー旦那様が言ってましたねー。本当にー敵がかわいそうですねーあはははははー」


 自分達の気分を落ち着けるように、リピート再生しまくっている横暴な王様モードのタツロー動画を横目で見つつ、二人は現実逃避をするように笑い合った。



○  ●  ○


「さあ準備はよろしくて?」


 儚げな、それこそ月も霞みそうな、線が細すぎて今にも折れそうな印象なのに、妙に野性的な仕草で笑って長いピンクブロンドを払い除けた美女が、艦橋へ言葉を投げ掛けると、可愛らしい声が元気良く返事をする。


「よろしいですわ。初の実戦配備で緊張しているでしょうけど、安心なさい。このクリスタがいる限り、貴女達の安全は保証されます」


 側妃クリスタ。帝国の中位貴族の令嬢だったが、蝶よ花よと扱われる事に疑問を感じて帝国士官学校へ入学した変わり者。そして、ゼフィーナのライバルであり、リズミラと知略を競い合うマルチ能力者。


「ガラティア様、そちらの準備はよろしくて?」

『ばっちりですの』

「イーリス、ネレイス、タリム」

『『『抜かりなく』』』

「よろしいですわ。ジェネレータ始動、進路ルナ・フェルム。愛しい愛しいダーリンとのバカンスですわっ!」


 放たれた矢の如く、五隻の船がアルペジオから出港した。せっちゃんの友情を守る為に、旦那との甘い蜜月を堪能する為に、ついでにルナ・フェルムの住人を守る為に。


「せっかくのルナ・フェルムですもの。ダーリンとは是非ショッピングデートをいたしませんと」


 決して彼女達の邪魔をしてはならない。そんな事をすれば、馬に蹴られて死ぬよりも恐ろしい末路が待っているのだから……

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