第73話 せっちゃんおこ

「そうそう、最初に宣言しておく。我はルナ・フェルムと勝手に名付けられたここに住まう、一切合切の知的生命体に興味は無い。はっきり言えばお前らの事を寄生虫だと思っている」


 特別許可証について聞こうとしたら、いきなりぶっぱしてきました。まぁ、この人達には悪いけど、彼女の言い分を俺は理解できてしまう。彼女にしてみれば、自宅が勝手に荒らされた挙げ句、見ず知らずの住人がボコスカ増殖していく気持ち悪さがあるだろうから。


「かつての盟約が無ければ見捨てられるのだが、我はその盟約に縛られている故、誠に不愉快かつ遺憾だが、貴様ら馬鹿の面倒を見なければならなかった」

「およ? ならなかった?」


 俺が首を傾げると、セラエノ断章、長いな、せっちゃんでいいか、せっちゃんがニタァと口が裂けるように笑う。


「盟約は更新された。故に、無差別に全てを守る必要は無くなった」


 心底愉快、と言った感じに商人達を嘲笑うせっちゃん。盟約の更新な。となると、やっぱりかな。


「商売の事にしか見向きしない阿呆どもが無能なせいで、我の中に不愉快極まりない異物を招き入れ、イライラさせられる不浄なる物品の持ち込みを見逃す。もうそれらに我慢する必要も無い」


 大笑いの三段活用をリアルにやっているせっちゃん。外見は幼女だから迫力はないが、甲高いキンキン声がちょっと狂気を感じさせるかもしれない。実際に商人達の顔色は悪いし、耳を押さえている奴らもいる。


 助け船を出すようで嫌だが、このままだとせっちゃん恨み節オンステージになってしまう。話を進めるか。


「つまりマドカ・シュリュズベリイの身柄を確保するのと同時に、彼女と取引をして盟約の更新をした、って事でファイナルアンサー?」

「っ?! な、なんとっ?!」

「ちょっとアンタ、また隠し事?」

「……ああ、なるほど、そういう事だったんですね」

「ちょっとシェルファ、何を納得してるのよ」


 幼女が絶句し、商人達が呆然とし、シェルファは気づいて、ファラは取り残された事にちょっと頬を膨らませている。可愛い! いや、そうじゃなくて説明しないと後が怖い。


「ファラ、ミツコシヤの義理息子に聞いた、彼女が大暴れした話、あれさ、俺らが知ってる彼女との乖離に違和感覚えなかった?」

「え? ええっと?」

「可愛い! いやそうじゃなくて。こう感じなかった? 鬼子母神と呼ばれる位に苛烈な女性には見えないし、以前のアルペジオの様子に全く動かなかったってのが、凄くと思わないか?」

「……あ、ああ、ああああっ! 確かに! 子供達をほったらかしにするようなエピソードの人物じゃないっ!」

「そういう事」


 そもそものイメージとして、相手の動きを待って後手後手に回る女、ってイメージではなくて、情報を制し嘲笑うように攻めて攻めて攻めまくるイメージなんだよなぁ、あの話を聞いた感じ。だから後手に回って家族を失う、ってくだりが凄い不自然に感じた。


「シェルファに飴のおばあちゃんに似てるって聞いて、むしろ逆なんじゃって思ったんだよ。孤児院なんてやってるしね。つまり、マドカ・シュリュズベリイはずっとルナ・フェルムに居て、アルペジオに居るのは彼女の娘。世間的には悪徳商人に殺されたとされる、悲劇の子供」

「……ふ、ふふん。我は言ったハズだ。ここに住まう知的生命体は全て――」

「いやだって、シュリュズベリイってラバン・シュリュズベリイからだろ? せっちゃんのセラエノ断章しかり、クランのセラエノ大図書館だってまんまじゃん。交流はなかったから存じ上げませんが、彼女は君のクランメンバー誰かの血縁だろ?」


 せっちゃんは数回口をパクパクさせ、頭を激しくぐちゃぐちゃに掻き回し、ああっ! と叫んで両手を挙げた。


「正解だ。彼女は安全だろうか?」

「ウチの最重要甘味処だからな。嫁の一人が、常に数人の戦闘専門のメイドを張り付かせてるよ。あそこは俺の娘もファンだからな、荒らされるのはムカつく」

「……そうか、そっかー」

「って事は、今回の騒動って取り逃がしたっていう悪徳商人が関わってる?」

「はあ、名探偵に全てをばらされる犯罪者の気分だ」


 せっちゃんはモニターにざざざーっと情報を提示する。そこにはまだクヴァースだった頃のアルペジオを中心とした人身売買の記録が、それはそれは大量に表示される。


「かの悪徳野郎は執念深く気持ち悪い。その気質を嫌という程熟知していたマドカは、最愛の夫を殺された時に娘も殺されたという情報を流し、アルペジオへ信用できる部下と共に逃がした。そこからの戦いの話は聞いているのだろう?」

「鬼子母神の逸話程度はね」

「あの話に余分な脚色はないから、その事実を改めて聞かせる必要はないだろう。問題は、バザム通商同盟なる国を興した後、あろう事か商人どもが商売しかしなかったのだ。くれぐれも頼むとマドカに土下座までさせておきながらな」


 商人、特にバザムの中心である大商人三人は周囲から向けられる白い瞳に、居心地悪そうに身動ぎしている。


「何度、何度危機的状況が発生した事か! その度に何度マドカが、シュリュズベリイ一族が奔走したか! 何度も我は忠告した! いずれ大きく破綻して、このコロニーはどこぞの馬鹿どものおもちゃにされてしまうと! だというのにマドカはっ!」

「どうどう、落ち着け。過去は過去、もうその鬱憤は溜まらないんだから」

「……そうじゃな」

「俺も同じような道を通ったから良く分かる。だから協力はするよ」

「なんとっ! プロフェッサーがお味方とは心強い! そろそろメンテナンスをしないといけないと思っておっての」

「ああ、そっちもあるか。資材関係は余裕あるから、格安で受けるよ?」

「是非に頼む!」


 商人そっちのけで盛り上がる。いやぁ、同じような境遇だからか、いいねぇ話が通じて。このまま雑談し続けてもいいんだけど、話を進めないとな。


「つまりクヴァースを経由した奴隷商売で、逃げた悪徳商人は復活し、幻惑薬とやらでルナ・フェルムをどうにかしようとしていた、って感じなのか?」

「そうだ。ほぼほぼ素通りじゃからな。少しでも不審に感じても、袖の下で黙らせることも出来たようだしの」

「……おいこら、バサラヤ、ザイツヤ、ムロツヤ。ザル過ぎんだろうが」


 俺が名前を呼ぶと、三人はぎこちない愛想笑いを浮かべ、へこへこ頭を下げる。


「特別許可証もそこらへんか?」

「いや、今回はもっと直接的だ」

「直接的?」

「食品という名目の武器弾薬」

「……おいおい」


 話がどんどんきな臭い、ってか焦げ臭いレベルになって来ましたなぁ。そしてシェルファが輝く笑顔でこっちを見てくる。いや、もうここまで関わったら最後まで行くけどね? 出来ればこっち見んな。


「水際対策が効果を発揮してるから、内側から食い破られる、って心配は無い。無いのだが、アレがこの程度で諦めるとも思えない」


 大真面目に断言したせっちゃんの言葉に、特大の大きな御旗がバッサバサ翻ったような、そんな幻覚を俺は見たように感じたのだった。


 やったよ! フラグが立ったよっ! って、やかましいわっ!

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