第72話 こたえあわせ ②

 青白い顔多数の会議室。おっさん率が九割、一割女性だが、圧倒的ビジュアルの強さはおっさんどもの『な、なんだってー?!』という顔が鬱陶しい。まあ、寝耳にウォーターだった事実だろうし、鬱陶しいというのは言い過ぎかもしれんけども。


「はい、サクサク行くよ?」

「勘弁してーな、国王はん」

「なんでやねん。勘弁したからって現実は変化しませんぜ?」


 そんなんだから、支配者ってのが呆れ果てたんだよ? 君達。商人達の様子に、シェルファとファラも呆れ顔。帝国の政治事情も似たり寄ったりだけど、あっちはアリアンちゃん筆頭に足掻いてる分、まだマシであるしマトモだからなぁ。


「学術区の紛争状態。これは学術区に逮捕されたけれど、量刑的には軽犯罪レベルの奴らが雪崩れ込んだ事、それを先導して学術区に拠点を築き上げようとした組織が入り込んだ事で、支配者が大慌てで対応したのが現状」


 俺の言葉に、ずっと端末を起動させてカタカタターン! を繰り返しているシェルファがうんざりした表情を浮かべる。


「犯罪関係の法律回りが、何ですこれ? 重犯罪者が厳しいのはまだ評価しますけれど……軽犯罪者の、その時に対応した者の判断に任せる、って舐めてるんですかね?」


 色っぽい仕草でこめかみを押さえ、心底頭が痛いと言わんばかりのファラが、確認するようにシェルファに聞く。


「……普通、追放から入国入港拒否、自国領域への立ち入り制限に行政データバンクのブラックリスト数百年間保存、とかってのがデフォルトじゃないの?」

「帝国も神聖国、ネットワークギルド自治領とかはその通りです。言わば更正猶予中の間に、しっかり監視して立ち直らせれば、犯罪者に戻る確率がグッと軽減しますし、そこで努力すれば元犯罪者のレッテルも評価へ転じますから」


 色々、本当に色々、とても命の価値が低いこの宇宙であるが、人体への強化調整、食品関係に含まれる細胞分裂を補助する物などの影響で、命は軽いのに人生はとてつもなく長い世界観である。ちょっとした出来心で軽犯罪、なんてのはざらにいるわけで、そいつらこそしっかりフォローしないと犯罪国家、宙賊国家なんてとんでも集団が生まれかねない。実際に過去何度か誕生し、暴れん坊皇帝によって滅ぼされた歴史的事実があったりするわけで、その関係で軽犯罪系の法整備と言うのは実は重要だ、というのは誰もが知って理解している、ってのが宇宙の常識だってゼフィーナ・リズミラお姉さんの宇宙史講座で教わった俺である。重要なのだよ。うん。


「商売の事ばっかり考えて、儲ける喜びしか知らねぇから、白けられたんだよ? お前ら」

「……せやかて、わいらだってミツコシヤさんに押し付けられた口やし」

「マドカ・シュリュズベリイな。でも、押し付けられた後、その利権の旨味を知って手放さなかったんだろ? 利権で甘い汁を吸いたいけど、政治は面倒だから嫌、って許されるのかい? 少なくとも、俺は担ぎ上げられた口ではあるが、それでもどこかで自分の意志が存在してた以上、責任は果たすべきって事で国王なんちゅう似合わない事をしてるぜ? 嫁にすら笑われるけどな」

「「「「……」」」」


 嫁にごめんなさいとばかりに頭を撫でられつつ、俯いた商人達を見る。そうなんだよ、君達は長期の間、とんでもなくなーなーな無政府状態の統治機構なんちゅうとんでも状態を維持しやがったんだよ。そういう意味では、下町の相互監視みたいなのが上手く機能して治安は守られていたようだけどね、それらだって限界はあらぁな。


「んで警備関係治安維持関係の諸々の脆弱性を、『貧者の守り手』なんちゅうバリバリ共和国と教団のカバー組織に見破られて、学術区への進出を許してしまうわけだ。放置状態の準犯罪者集団を抱き込んだ状態の、ほぼ犯罪組織そのままの奴らをな」

「そういう流れだったのね。その情報聞いて無いわよ?」

「教団の変態君のは君も目を通したんじゃないの?」

「……あー、気持ち悪くて見てない」

「私もちょっと……思い出すものが」

「うん、見なくていいよ! 正解正解! そこは旦那様の役割だね!」


 いかんいかん、あぶないあぶない。確かにアレはシェルファのトラウマ的サムシング直撃だ。それに女性が見るようなもんでもない。これは俺から知らせるべきだったね。ちょっとしたアダルト映像も含まれてたし。アニマルビデオなら大歓迎なんだけど。


「んで、学術区を守る手段として、支配者が学術区の知識層、教える方も教わる方も含めて煽動したわけだけど、ここで嬉しい大誤算。ちゃんとルナ・フェルムの政治関係に関心を持って改革しようという勢力が出てくるんだ」

「アリシア?」

「そう、アリシアの黄衣知識連っていう団体。このままでは同じような危機が再び訪れる、この脆弱な形態ではいけないって危機感を持った人々だね」


 学術区の戦いで最前線に居たのが彼ら彼女らで、守り手の最大級の敵対組織。変態野郎の記憶では、何度も邪魔をされて何度も煮え湯を飲まされた感じだったし。疑ってごめんよっ! アフガンハウンドねーちゃん! 後で飛びっきりの食料持ってくかんね! トイルのおっさんが、だけど!


「んでますます自由解放商区が重要になってきた。このまま投票形式の商人どもを排除して、すんなり学術区の最良人材が政治を担ってくれればルナ・フェルムは安泰。そこで支配者が次に行った手段が、解放区に治安維持を行う高性能なアンドロイドを配置する事。さっき言った護衛してくれるのがコイツら」

「なるほどねぇ。孤児院の事は結構ひっきりなしの感じ、情報密度だったけど、第三層への誘導がのんびりしてたのって」

「そう、重要度が低かったから。そこまでの必要性がなかったから。だけど、俺らが守り手を排除したら流れが変わった」

「その変化への対応が、特別許可証」

「ぴんぽーん」


 商人達は誰一人としてついてこれない。いや、大商人クラスより下は納得してる奴らもちらほら居る。こういう奴らはいいね。


 さてはて、俺の小さな脳みそだとここまでが限界なんだよなぁ。取引制限した内容からすると食料品関係の偽装再び、って感じなんだけども……


「俺らを巻き込んだんだ。そろそろ姿を見せろ。見せないのなら、お前んところにそれはそれはマッシブなおねいさんを送り込むぞ? 数時間後にはお前もマッシブなおねいさんの仲間入りする事になるぞ?」


 もう面倒臭いから、会議室にある監視装置へ向けて話しかける。トイルのおっさんとの会話からすりゃぁ、多分支配者っちゅう奴が見ているはずだ。


「アビィ」

『はいはあーい♪ あなたの麗しきアビィはここですよぉ♪』


 シェルファの立ち上げたままの端末に、色々と濃いアビゲイルの姿が現れる。もうライジグス側は見慣れた、もうこういう奴って認識が出来上がったから、面白AIって感じだが、ルナ・フェルム側の衝撃は大きいようだ。何しろ、性同一性障害的な人々って、生まれた体と心が違うって理解したら、すぐに望む体へ遺伝子レベルで変えちゃうから、オネエとかオコゲとかって存在しないんだよねぇ、こっちの世界。


「さあ! 君も新しい世界への――」

「参った参った降参。改めて非礼を詫びようライジグス国王陛下。いや、プロフェッサー・タツローとお呼びすべきかな?」


 会議室の一番巨大なモニターが勝手に起動し、そこに神秘的な姿をした美しい幼女が映し出される。


「クラン『セラエノ大図書館』がホームコロニー、ルナ・フェルムって呼ばれているここの中枢制御AI『セラエノ断章』だ」

「また物騒な名前のAIを」

「はははは、我のマスター達はちょっと神話生物だからな。むしろ嬉々としてかの大作家の作品群の登場名称を使っていたよ」

「つまり、その神話生物達はロリコンどもであったと?」

「いや、なんでも神話関係のゲームで、魔導書の意志が擬人化して幼女になるエ――」

「それ以上いけないっ!」


 あーすっげぇ真面目そうな集団だと思っていたが、彼らもやってたんだなぁ、あの熱い男のパトス迸る作品。ロボット物としては最上級に面白かったなぁ。


「さてはて、プロフェッサー? この我に何を聞きたいのかな?」


 幼女なのに妖艶。幼いのに強烈な女を感じさせる雰囲気。君の元ネタちゅうより死霊なんちゃらの方じゃね? と思いつつ、俺は彼女へニヤリと笑って見せたのだった。

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