第70話 おうさまのじかん

 ルナ・フェルムにおいて商売人の頂点、実質のルナ・フェルムの管理者であるバサラヤ、ザイツヤ、ムロツヤの、大妖怪とも呼ばれる三人が揃ってその場にいる、という珍事が発生している。


 ここはバザムでも特別な宇宙港。いわゆる国賓と呼ばれる存在を招く為に用意されている港だ。


 しかし、国を代表する立場にある三人が、こうして揃って出迎えるなど、帝国皇帝がやって来たとしても無い事だろう。何しろ彼らは生粋の商人であって政治家ではない。政治の大切さは理解しているが、どちらかといえば商い九割残りが政治と断言するぐらいに商売馬鹿である。帝国の皇帝? なんぼのもんじゃい、位は普通に断言するくらいの本物達であるのだ。


 それが、新興国の国王を出迎えるのに雁首揃ってお出迎えとは、彼らを知る周囲の大商人達は心底信じられなかった。


「バサラヤはん、ザイツヤはん、ムロツヤはん。雁首揃ってお出迎えって、どういう風の吹き回しなんえ?」


 彼ら三家と同じくらい古いダイコクヤの女将、やはりこちらの妖怪女郎蜘蛛などと呼ばれる類いの人物が、ねっとり絡み付くような口調で聞いてくる。


「アホか。知ってて聞いてるなら黙っとき」

「おやおや、怖い怖い」

「妖怪砂かけババアに異名を鞍替えしたらどうなん? そうやって男に粉かけて楽しんでるんやろ? お似合いやん」

「あ″っ″?!」


 超大物同士だから叩ける軽口の応酬に、周囲の大商人達はなるべく関わらないように、ちょっとづつ距離を離していく。上層部の商人連中は互いが商売敵であり、絶対に負けられないライバル達だ。だから恐ろしく仲が悪い。


「ほらほら皆さん、いらっしゃりましたよ」


 軽く手を鳴らした優男風の言葉に、全員が一斉にシールド技術の応用で作られた、フィールドバリアーと呼ばれる透明な膜で守られた港の出入り口へ視線を向ける。


「はぁ、良かった、あの馬鹿デカい船ちゃうわ」


 誰の言葉か、しかし全員が懸念していた事を言ってくれた事に、全員が一斉に頷いた。


 そこに存在している船は、一言で言い表すなら真っ青、だろう。類似する形の船は存在していないから、あれもレガリアなのだろう。


「随分、あれやな」

「実用性のないデザインやね」


 目の前の船はブルーエターナル。完全なる支援を目的としたドッグ艦である。こっちにも母艦運用的なやり方は存在しているが、完全に支援や修理を目的とした工作艦という考え方は、実は存在していなかったりする。だから、ブルーエターナルに備え付けられた、ありとあらゆる状況下でも支援活動するための、パワーアームなどの装備を見て何に使うのか分からず、実用性のない、という評価になってしまうのだ。


「静かに」


 船の船首部分がフィールドバリアーを透過し、ゆっくり入港してくる様子に注意が飛ぶ。相手はレガリアだ。こっちの会話が筒抜けなんて状況は洒落にならない。


 静かに緊張してる間に、その船が優雅にゆったり停泊する。固唾を飲んでいると、船の前面がゆっくりと開いていく。そしてそこから白黒の珍妙な衣装を着た少女達がゆっくり優雅にゾロゾロ出てくると、まるで花道でも作るように等間隔に立った。


「っ?!」

「ほぉ」

「こりゃまた……」


 まず出てきたのは見事な金髪碧眼の美しい少女。メリハリが効きすぎた体に、美しい衣装を身に纏い、しずしず歩いてくる。しかし数人の商人はすぐに気がつく。歩き方にまるで無駄が無さすぎる。彼らは戦闘を生業としている顧客を多く抱えているタイプの商人で、その肥えた彼らの目から見て、その可憐で虫すら殺さなそうな少女が、凄まじい戦闘能力を有していることに気づく。


 次に現れたのは銀髪が美しいバリアレイの美女。帝国ではそれ程珍しくも無い種族の女性であるが、彼女の美貌は完全に飛び抜けてしまっている。生命力に満ち溢れた、自信漲る表情でこちらを眺める様は、まさしく王の妃といった貫禄だ。


 金髪美少女の実力に気づいた商人達は、銀髪美女の実力にも勿論気がつく。そして更に気づいてしまう。白黒の珍妙な衣装を着ている少女達も似たような存在である事を。これはヤバイんじゃないか、そう思っていると、二人の美少女美女が極上の笑顔を船の方へ向ける。その瞬間、白黒の少女達が美しいカーテシーを一糸乱れずその人物へと捧げた。


 後にその場にいた商人達は語る。まるで巨大な惑星が、突然目の前に現れたような気分になった、と。


 タラップからゆっくり姿を見せた最後の一人。美しい真っ黒な長い髪をポニーテールに結び、王の象徴たる少しお洒落なティアラのように見える王冠を頂き、豪奢な白銀色のマントを纏う、意外と若々しい青年。最も新しき国の王、タツロー・デミウス・ライジグスが歴史の表舞台に現れた初めての瞬間であった。



 ○  ●  ○


 場所を商人の館に移し、実務的な話がしたいからと、迎賓的な場所ではなく、実務的な会議室での謁見となった。


 上座にはライジグス王が普通の椅子に腰かけているが、左右に侍る妃の存在が、実用的でしかない椅子を豪華な玉座に見せるのだから凄い存在感である。


「えー、ええっと、ほ、本日はわざわざご足労願いまして大変な――」

「そのようなおべっかはいらぬ。今日は色々と聞きに来たのだ。いつも通りの言葉遣いで構わん。それで不敬だと断じるつもりもない、楽にするがいい」


 王の言葉に商人達はぽかんと口を開け、呆けた表情を浮かべてしまう。しかし、次の瞬間、二人の妃の様子に気づき開けていた口を閉じた。二人が凄まじい表情で、グッと口を真一文字に結び、小刻みに肩を震わせているではないか。


「ええっと、そ、その、ほんまに?」


 商人の一人が二人の妃をチラチラ見ながら聞くと、王は二人の様子に気づいたようで、眉間を少し押さえながら、結構な勢いで二人の臀部を叩いた。


「ご、ごめんなさい。やっぱり駄目でした」

「アンタねぇっ?! 出来るなら最初からやりなさいよっ! 出来るじゃないの理不尽な王様モード!」


 王妃達はそれまでの様子をかなぐり捨て、ゲラゲラ笑いながら王をペシペシ叩く。つまり、彼女達は必死に笑いをこらえていたようだ。


「えろうすんません。なにぶん、ぽっと出の成り上がりやさかい、許したって、ほんま頼むわ」


 挙げ句、巨大な惑星か、と錯覚していた王の口からバザム訛りの言葉すら飛び出して、商人達は別の意味で心を鷲掴みにされるのであった。



 ○  ●  ○


 うん、やっぱり駄目だったよ。彼女達は人の話を聞かないからね。きっと次の嫁達は上手くやるハズだよ。彼女達も頑張ってるからね。っと思わずルシっちゃうくらいに大爆笑かます妻二人に、俺はジトリとした視線を向ける。


 せっかく頑張って王様っぽく尊大な態度で対応してたのに、一瞬も耐えられないとかって、どうなん? 君ら。


「もう台無しだから、さっくりと実務的な話し合いと行きますか。まず、そっちの要望としては、ルナ・フェルムの制御方法、つか港の検疫関係をどうにかしたいってところかな?」


 バカ笑い中の嫁達は放置して、さっくり意識を切り替える。


「え? あ? は、はい! その通りで」

「それに対する我が国の返答は、無理」

「無理でっか?」

「そうだね。中枢にアクセスする方法が無くはないけれど、それをすると多分、状況は更に悪化する予感がしている」

「……」


 俺の言葉に商人さん達はゴクリと唾を飲み込んだ。


「その予感を正しくする為に必要なんだけど、過去二年位までの食料品関係の取引情報とかって見せてもらえるかな?」

「流石に詳細は見せられませんがな」

「ああ、ざっくりで大丈夫」

「ええっと、ダイコクヤさん」

「今、やっとりますえ」


 ぐっだぐだの空気をバッサリ切って実務一直線の会話をしたら、流石は商人達だ、すぐに意識を切り替えてきた。


「これでどうおす?」


 色っぽいが手出ししたらヤバそうな雰囲気の美女からデータパレットを受け取り、それをさっくり流し読みする。


「やっぱりね」


 俺はそれをシェルファに渡すと、彼女もさっくり流して読んで、呆れたような表情を浮かべて額を押さえた。


「さて、答え合わせと参りましょうか?」


 俺の宣言に、商人達は不思議そうな表情でこちらを見るのであった。

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