メイド道1 メイド長は役職ではありません

 アルペジオがライジグス王国の首都となり、わたくしたちメイドの業務が増えました。


 それだけならば問題はもちろんありません。ええ、ありませんとも。労働とは喜び、奉仕こそ我らが役目。わたくし達の活動こそ、ご主人様の格を高めるのならば、どのような労働であろうとも喜んで勤めるべき事です。むしろ、もっと労働の機会を増やして欲しいくらいですから。


 その様な事を、ポロリと副メイド長のテティスに漏らしたら、強制的に体調調整用のナノマシン浴槽へぶちこまれたのは良い思い出です。頭、バグってますとも言われましたが。


「ふむ、モグリの奴隷商人、ですか?」

「はい、どうやら隣人関係で、界隈の方達にはアルペジオは金蔓であるらしく、寄港が多いのです」


 治安維持はアルペジオ完全稼働状態へ移行した事で、ファルコンが表立って動けるようになり、クランの暇人達が無駄に心血注いだ高性能ガードボットが張り切ってます。まぁ、彼らに感情回路は無いのですが、そこは無駄に高性能、子供達からの人気は恐ろしく絶大で、今や戦隊ヒーローもかくやというレベルで、日々悪党どもをガンガン捕縛していく様は圧巻の一言。そんなボット君達が捕まえた一部に、モグリな違法奴隷商とやらがいたらしく、その報告をテティスから受けている最中です。


「バカですよねぇ。ガードボットが近くに居るのに、子供を拐おうとしたようで、ぼっこぼこにされた挙げ句に牢屋にぶちこまれました」

「何でしょうね? 彼らというか、感情はないんですよね? 妙に子供達と仲良くないですか?」

「そこはタツロー君の同類がハッスルしたから、という免罪符がまかり通るのでは?」


 ここはご主人様たるタツローが用意した、わたくしの執務室。だと言うのに、何故に部下達が我が物顔でティータイムをしているのか、これがわからない。


「こほん」


 テティスが優しげな笑顔で咳払いをし、笑顔で部下達を見やれば、彼女達の姦しい会話はピタリと止まる。何でしょう、最近のテティスはわたくしよりもメイド長している気分になるのですが。


「問題は、彼らの商品です」

「ふむ、違法奴隷が何か?」

「ええ、調べてみると、彼らの扱っている商品、全てに死亡届けが出ているのです。つまり、年端の行かない少女ばかりですが、解放したとしても」

「行き場がない、と?」

「はい。帝国のそこら辺は融通が一切通用しません」

「ふむ」


 手渡されたデータパレットを見れば、これは酷い、の一言ばかり。公社の杜撰な管理体制、無駄金ばかりの税金要求、辺境まで監視体制が整ってないどころか興味ないんじゃねぇの? レベルの放置による腐敗っぷり……やっぱり、あのお子ちゃま、一回タツロー兄さんに出張してもらってシメるべきだと思うのです。


「欠損してる子が多いのは?」

「人体パーツって事ですね」

「はあー……」


 そう、データにはやたらと四肢欠損が多い。中には内臓関係、生殖器などを切除されているなんて胸糞もある。


 確かに、タツロー所有レベルの高度医療再生治療を可能とする医療ポットなんて、ポンポンあるわけではないし、適正のある他人の体を使っての再生治療は分からなくもないが、それを商品と断じてしまう風潮は、わたくしにはクソとしか思えない。


「シスターズの各班の班長を呼びなさい」

「かしこまりましたメイド長」


 テティスのしてやったり顔はムカつきますが、そうですね、わたくしはあのタツローのメイドなのです。タツローの平穏を守る事こそがわたくしの全て。ならば成すべきを成し、やるべきをやる。そこはブレてはいけません。


 しばらく、近くの部下達の姦しい声を聞いて暇を潰していると、それよりもっとやかましい声を出しながら、シスターズの中でも上位者になる者達がやってくる。はあ、優雅さが足りない。これは再教育が必要でしょうか。


「メイド長! 今! とても重要な! とても大切な! 戦いの!」

「やかましいですの!」


 全く。マルト少年関係でゴタゴタしているとは聞いてましたが、ここまでヒートアップするとは。というか、そもそもマルト君がもうちょっと精神的に成長しないと、逆効果でしかないと理解できないのでしょうかね。まぁ、彼女達の境遇を考えれば分からなくもないのですが。


「それは一先ず置きなさい」

「……はい、失礼しました」

「反省するなら、せめて態度も改めて欲しい部分ですけれども」


 全く反省せず、ポーズだけなのは分かりますが、まぁ、同じ女として分からなくもない部分ですし、あまりそこを締め付けても良い結果にはならないでしょうから、こればかりはタツローの強権発動を待つしかありません。マルト君貴族化計画は、ゼフィーナもリズミラも関わってますしね。


「召集したのは他でもありません、貴女達の下にもう一グループをつけます」

「へ?」

「これを見なさい」


 データパレットの情報を、立体ホロモニターに表示し、それらを共用した瞬間、それまで不服感丸出しであった少女達の顔から、一切の甘さが消え去り、わたくし達が叩き込んだメイドの表情を浮かべる。


「モグリの奴隷商人どもがこれからも来るでしょう。どうやら、ここは奴らにとっての聖地っぽいので」

「つまり、この状態の子達がこれからも安定供給され続ける、と?」

「ええ、一応アリアン殿、帝国七大公爵家の筆頭殿には恐喝、こほん、強要、こほん、正式に是正をお願いしましたので、時間が解決してくれると信じる他ありませんが、少なくなる可能性はあります」

「なるほど、これからも安定供給されつづけるのですね?」

「……遺憾ながら」


 何も二回も確認してこなくていいと思うのですが。いやまぁ、あの皇帝をここまで遊ばせ続けた罪は重いし、公社をここまで野放しだったのも屑すぎる。その犠牲者でしかない彼女達からすれば、帝国の重鎮なぞ信用するに値しないのも無理からぬ事だ。


「まず、この子達には再生治療を施します。職業選択の自由は与えられませんが、彼女達は貴女達の妹、アプレンティスとして育成します」

「あぷれんてぃす? ですか?」

「ええ、見習い、という意味です」

「一応、我々シスターズも見習いだったような?」

「馬鹿をおっしゃい。既に大規模な艦隊戦を経験している貴女達が見習いな訳ないでしょう。そうですね……こうしましょうか、今日から貴女達も正式なメイドと名乗りなさい。これからはマスターレベルになれるよう努力を重ねなさい。アプレンティスの育成は、かつて自分達がマスター達から指導を受けた事と同じ、これも修行の一環です」


 わたくしの言葉に真顔となり、そうして次の瞬間、少女達は爆発したような歓声をあげる。


「メイドちょー、したらあーしらは?」

「才妃では不満があると?」

「しつれーしましたーっ!」

「え? メイドじゃなくなった?」

「クラスチェンジって事なんじゃ? 一番上が才妃で、マスターズ、メイド、シスターズ、アプレンティスって事じゃない?」

「あー、なるほろー」


 部下達が何か勝手な事を言ってますが、まぁ良いでしょう。


「したら、メイド長と副メイド長って役職なん?」

「メイド長と副メイド長は、メイド長って感じで、副メイド長は鬼って感じだ」

「あーなるほろー! なっとくー」

「うふふふふ、良い度胸していますね? 気に入りました。今日の訓練はいつもの百倍でよろしい? いえいえ、遠慮はいりませんよ? 何々、足らない。なるほど、でしたら五百倍はいけますね?」

「「「「ひぇ?!」」」」


 何をやっているのですか、全く。


「と言うわけで、頑張って育てて下さい。ショックを受けている子達も多いでしょうから」

「分かってます。我々は家族、我々は姉妹、我々は友、ですよね?」

「よろしい。では準備が整うまで仕事をこなしなさい。マルト君の事は考えてますから、程々にね? 他の子達にも伝えなさい」

「「「「はいっ! メイド長!」」」」


 わたくしはメイド。ご主人様の為になる仕事はわたくしの誇り。これからもわたくしはご主人様、いえ、側妃にまでしてくれた旦那様の為に、誠心誠意ご奉仕を続けていくのです。

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