第68話 わるだくみ

「なんでネットワークギルド所属の商人が、こないな目に合うねん」


 ヒートアップが一段落したら、今度はがっくり落ち込む隣のお兄ちゃん? おっさん? 微妙なお年頃の男性を横目に見つつ、俺は受付の大きなお姉さんに声をかける。


「どうも、相談事があったんだけど……何かあったのかい?」

「ええっと、そうですね」


 大きなお姉さんが言う事にゃ、食料品を扱うためには特別許可証が必要になりましたよ、というお達しがあったらしい。


「バザムの合議で決定したの?」

「いえ、ルナ・フェルムの支配者と名乗ってる人物です」

「ほーん、で、実際その許可証がないとまずい感じ?」

「……そのぉ、それがですね」


 どうやら許可証とやらを手に入れる方法すら分からず、既に宇宙港のシステム部分で混乱が生じているらしい。具体的には検疫を行う自動ボット達が、食料品を扱う商人の捕縛をしているとか。


「ルナ・フェルムの宇宙港管理って、どこが担ってるんだ?」

「実は……不明です」

「は?」

「誰も知らないんです。これまで問題が生じた事がありませんでしたので、便利に使えるならと誰も気にしてませんでした」

「おいおい」


 多分だけど、中枢だろうなぁ。つまりはクランのプライベートエリアに集約されているんだろうけど、支配者はメインフレームから介入出来たって事か?


 うーん、超空間通信を使用したクラックだったら、ルナ・フェルムの中枢だって余裕で行けるだろうけど……これ以上アビィの暴走を許そうものなら、また妙なおねいさんが増えかねない。かと言ってファルコンにやらせるのは、ちょっとAIが育ちきってない状況では怖い。


 つか、セラエノはヤバイ。あの人達、マジで神話生物っぽい感性してるから、俺の脳みそをクラッキングされかねないから、ちょっと力業は控えないと、俺の危機感知がやばいよやばいよって言ってるしな。


「どうしたもんかな」


 俺はひとまず受付から離れて、近場の椅子に腰掛けながら、ぼんやり周囲を見回す。すると、ハッスルしていた人物が目に入る。


「メシ食えんと困っとるって聞いてん。どうにかならんのかい」

「ええっと学術区の事でしょうか?」

「ちゃうちゃう、孤児院やねん」

「ん?」

「あっこの婆さんから連絡があってん。ガキんちょどもが腹空かせてベソかいてるっちゅうから、伝手使って食料集めようとした矢先にこれやもん、どうしてくれるっちゅうねん」

「ちょい待ち、あんた孤児院のおばあさんから連絡受けたの? いつ?」

「ああん? なんやねん自分」


 わりと悪党面だった兄ちゃん? おっさん? まぁおっさんでいいか、おっさんが凄んでこっちを睨み付ける。


「孤児院の子達なら俺が保護してるから、ご飯の心配はいらないよ。ちょっと成り行きで助ける事になってね。彼らは元気に俺らの船で暴れてるよ」

「……それ、ほんま?」


 俺の説明におっさんは、強面を緩めて心配そうに聞いてくる。どうやら悪い人間ではなさそうだ。後で確認はするけどね。


「ブルーエターナル、誰か出れるか?」

『はい、こちらブルーエターナル、アプレンティスのティグリです』

「すまないが、孤児院の子達が近くにいたら、映像をこっちに流しくれ」

『かしこまりました』


 俺のオーダーにしっかり応じて映像を回してくれた。俺はそれをおっさんに見せる。


「おうおう、ほんまや。元気そうやな、顔の色つやもええやん。えがったえがった」

「んで、おばあさんからの連絡っていつあったんだ?」

「おう? えーっとな、あれは二日位前やったか。わい、食料品は専門やないんやけど、そこそこ良い伝手はあんねん。だから、ちょいちょい安うてそこそこのモン、あっこの婆さんに卸してん」

「二日前」


 ミィちゃんのヒヤリングだと、そこら辺で食料と飲料の限界値が見えて、フランちゃんがヤバイ感じになった、って言ってたな。


「……これは、見てる?」

「何がやねん」

「ああ、いや、大した事じゃないんだ」


 俺は笑って手を振り、チラリと監視装置に視線を送る。おばあさん、第三層で何をしてるんだろうねぇ? もしくは、彼女を保護している存在が何をさせているか。


「そんなら慌てて動く必要もないんやね。はあ、良かったわぁ」


 本心から心配していたようで、おっさんは晴れ晴れした表情で、ふぅっとかいてもいない額の汗を拭く振りをした。


「ふむ」


 このおっさん、やっぱり使えるな。何となくだが、このおっさんはキープしといた方が良さげな気がする。


「なぁ」

「おう? なんやねん」

「食料に見えないけど、加工すれば食料になるって代物あるべ?」

「……なんやて?」

「つまりな、食料としては持ち込んでないけど、実際は加工すりゃ食料になる、みたいなの」

「お、おおぅ?」

「……自動調理機のフードカートリッジの原料になる藻なんか、藻を持ち込むんじゃなくて――」

「おおっ! なるほど! 確かにありゃ元になる種藻を試験管で持ち込むな! 名目は一応生物実験用や!」

「つまりな、持ち込むのは食料としてじゃなければ」

「宇宙港の検疫を騙くらかせるっちゅう理屈か!」


 いいね、このおっさん使えるわ、やっぱ。ちょいと鈍いけど。


「儲け話がある」

「……ほほぅ」

「フードカートリッジの製造プラントの簡易バージョンは俺が用意する。だからおっさんは、大量の種藻を仕入れて一緒にそれを売り込む」

「ん? 製造プラント?」

「耐久年数は一年位ありゃいいだろうからな、でっち上げたそれを売り込んでくれ。一応、俺も依頼されててな」

「ふむ、詳しくお話聞かせてくれんか?」


 俺は学術区の事や、依頼を寄越したアリシアなんちゃらの話をおっさんに聞かせ、おっさんは目を輝かした。


「今なら取りたい放題でっせ?」

「ほほぅ、兄ちゃんも悪いやっちゃなぁ」

「おっさんこそ、弱味につけこむとか言わんの?」

「需要と供給でんがな」

「……物は言い様だな」

「まぁ、プラントは兎も角、種藻はそんなん高く設定できんし、程々なお値段になるやろうね」

「そこはおっさんに任せるわ」


 おっさんの名前はトイル・メーズ。うだつの上がらない、しがない商人であるらしい。そこそこのやり手に見えるんだが、違うのかね?


「んじゃ、おっちゃん、早速集めてくるわ」

「プラントは用意だけはしとくから、物が集まったら連絡を寄越してくれ」

「はいな」


 おっさんは意気揚々とエレベーターに乗り込み、にこにこ笑顔で立ち去った。


「さて、さっきのおっさん、どんな商人?」

「……」


 俺の質問に、受付のお姉さん達は絶句する。まぁそうだよね、勘だけで選んだから。

多分、そんな大外れって気配はしてないんだけど。


「トイルさんは、そうですね。ある意味商売人に向いていないけれど生粋の商人、ってところでしょうか?」

「……何それ?」


 彼女達の説明によれば、凄いお人好しの商人で、損ばかりしているらしい。けれどピンチの時には、神がかり的な実力を発揮するらしく、結果、商売人には向いてないけれど生粋の商人、という評価になるらしい。なるほど、俺の勘も大したモンだ。当たったぜ。


「これでよしと。んじゃ、俺らは俺らでどっかに買い物でも行くか?」


 椅子に座っていたルルとマリオンに聞くと、二人はにんまり笑って立ち上がる。


「では、どこか食事でもどうですか?」

「ごはん! おいちーの!」

「おいちーのか、そうだな、どこかのレストランでも寄ってくか」

「わーい!」

「ありがとうございます!」


 メシ食い終わったら、早速簡易プラント作りますかね。材料は適当で、どうにかなんでしょ。


 俺は簡単な設計図を頭の中で引きながら、あのおっさんをこっち陣営にどうやれば引き込めるか考えるのであった。

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