第63話 野良犬の戦い 兄ちゃんというもの

 背後で怒号や破壊音、悲鳴やレーザーが唸る音が断続的に聞こえてくる。ロドムは恐怖に顔をくしゃくしゃに歪めながら、何度も両手に感じる重さを確かめる。


「お、おでは、兄ちゃん、おでは、兄ちゃん」


 それは魔法の言葉だ。この言葉を口にすればどんなに怖くても大丈夫になる。


 ロドムは自分が人より劣ってる事を理解している。何せ、自分と同世代には飛び抜けたレイジに、何でもそつなくこなしてしまうアベルという、比べるのも馬鹿馬鹿しい輝く才能がいる。ロドムはそんな二人を誇りに思いながら、それでもどこか嫌な気分は持っていた。


 そんなロドムにレイジとアベルは兄という役割を与えた。自分を愚かだと思い込む仲間を助けるために、その根本にある強さを引き出す為に。


「おで、兄ちゃん。兄ちゃんは弟と妹を、ま、守る」


 兄をやっているロドムをレイジは格好良いと言う。大きな体で弟と妹を守れるロドムを、誇らしく思うと言ってくれる。アベルも、やっぱり兄ちゃんはそんぐらいじゃないと、と誉めてくれる。自分が弟と妹の兄でありつづければ、あの二人と同じところにいられる。ロドムにとって兄ちゃんとは、宇宙一格好良い存在でなければならない。宇宙一頭の良いレイジと、宇宙一器用なアベル、そして宇宙一の兄ちゃんである自分、それで二人と一緒だ。自分も宇宙一になれる。


 だからこそ、言葉に込めて想いも込める。宇宙一が恐れるものか、宇宙一が泣くものか、宇宙一が諦めるものか、ロドムが口に出す兄とはそういう存在だ。故に魔法の言葉へと昇華する。


 どてどてと不格好だけど必死に、見えているけど遠い、上へと向かうエレベーターへ、頑張って両足を動かす。


 上に行って、行政区の警備部門に行って、皆のご飯と飲み物を用意してもらって、フランを医療ポットに入れてもらって……レイジに頼まれた事を、何度も何度も繰り返し頭の中で呟きながら、荒く息を吐き出す。


 体が大きい分、ロドムには食料を少しだけ多く渡していた。しかし、レイジとアベルは知らなかった。ロドムはそのほとんどを下の子達に分け与えていた事を。実はフラン程ではないが、ロドムもかなり限界に近い状態であった事を。


「ふーふーふー」


 あまりの空腹に目が回り、水分不足で汗すら出てこない。それでも前へ前へと進もうとするのは――


「お、おでは、兄ちゃん。おでは、皆の兄ちゃん」


 兄は諦めないのだ。弟達と妹達が待っている。腹が減ってから何だというのか、喉がカラカラだから何だというのか。そんなモノは言い訳にならない。何故ならロドムは――


「おでは、宇宙一の兄ちゃん」


 荒い息を整え、止まっていた足を動かす。どてどてと不格好に、だけど宇宙一格好良い姿で走る。


 裏抜けルートと呼ばれる、ごちゃごちゃしすぎて地元民ですら迷う天然の迷路。何度も何度も迷ってルートを探して、孤児院の子供達だけが知っている抜け道をひたすら走る。行程の半分近くを切り、目的のエレベーターがもうすぐそこまで来た。


「おー、ガキ見っけ」

「本部の方がうるせえから、こっちに逃げてきて正解だったな」

「男のガキはともかく、女のガキは奴隷商に高く売れそうだぜ?」


 必死に走り、もうすぐそこまで来たのに、まるでロドムが来るのを知っていたように、三人の男達が待ち受けていた。


「ふーふーふー」


 フランをギュッと抱き締めて、ロドムは元来た道へ戻るように動く。


「おっと、お前はどうでもいいが、そっちのガキは置いてけ」

「そしたら見逃してやるぞ?」

「俺たちは心が広いからな」


 ぎゃははははと笑う男達を睨み付け、ロドムはどうやってここから逃げるか必死に考える。


「なんだぁー? 随分生意気な目をしてんじゃねぇ、かっ!」

「ぶふっ?!」


 考えている暇もなく、男に顔面を蹴られて一瞬意識が飛んだ。それでも無意識に両腕の力を緩めなかったのは、ロドムの根性か、兄としての誇りか。体が一気に言うことを聞かなくなり、フランを守るように丸くなるしかなかった。


「元ギルドメンバーの、バリバリの戦闘艦乗りだった俺らに、お前みたいなガキが抵抗出来るわけねぇだろ? ほれ、さっさとそのガキ渡せ」

「容赦ねぇなぁ、だからギルドをクビになるんだぜ?」

「お前もなっ! ぎゃははははははっ!」


 朦朧としながらも、フランだけは守る、その一心で、体に残るありったけの力をかき集め、全身に力を入れる。


「はあ、面倒臭ぇ。ほら、どけデク野郎が」

「げふっ?!」


 思いっきり背中を踏みつけられ、口から少し血が出る。さすがに元ギルドメンバーと言うだけあり、第一種の強化調整は受けているようで、その踏みつけは物凄い強烈だった。それでもロドムの体はビクとも動かなかったが。


「おいおい、手加減が過ぎんじゃねえの? 下手に苦しませるな、よっ!」

「ごぼっ?!」


 脇腹に思いっきり蹴りが入り、吐血レベルの血を吐き出す。肋骨がミシリと音をたてて折れたような感触が男の足に伝わっていたが、ロドムの姿勢はまるで動かない。


「お前ら遊び過ぎ、殺すつもりで、こうっ!」

「があっ?!」


 別の男が側頭部を思いっきり蹴飛ばし、耳がキーンと鳴り響き、全身から力が抜けそうになった。


「……に、ちゃ……いも……まも……」

「ああ?」


 緩んだと思った体が、再び力を取り戻し、フランをガッチリ守る。


「この野郎……もういい、殺す」


 男の一人が、腰からレーザーガンを引き抜き、ロドムの頭に狙いをつけた。その瞬間、ロドムの顔がゆっくり持ち上がり、虚ろな瞳に瞬間光が宿ると、男を睨み付けた。


「っ?!」


 あまりの鋭い眼光に、男が一歩下がる。その事に気づき、自分がたかが子供にビビった事への羞恥が、瞬間的に頭を沸騰させた。


「死ねっ!」

「中島ーっ! 野球やろうぜーっ! ボールはお前なっ!」


 男が引き金を引こうとした瞬間、ブルーの疾風が駆け抜け、男の体が吹っ飛んだ。


「は?」

「へ?」


 残された男達は、吹っ飛んでいった男に呆然と視線を向け、ゆっくりそれをなした存在へと視線を向ける。


 いつの間にかロドムを抱き抱え、ロドムへと慈愛に満ちた視線を向ける男。見たことも聞いたこともない、漆黒の闇のごとき腰まである長い髪に、恐ろしく整った目鼻顔立ち、高級そうな装備一式を纏い、まるでビジュアルディスクに出てくる俳優のように均整がとれた体つきをしている。


「アプレンティス、頼む」

「はいっ!」


 その男には、珍妙な格好をする多くの少女達が付き従っていた。アプレンティスと呼ばれた少女は、まるで重さを感じさせない所作で、ロドムをひょいっと抱えてしまう。明らかに自分よりも大きな体をしているロドムを、だ。


「はぁ、元ギルドメンバーなんですってね? これはもう手加減してやる理由はないわね」


 美しい長い銀髪に、月すら霞みそうな美貌、こぼれ落ちそうな大きい瞳は、二重光彩で宝石のよう見える。バリアレイ、という種族で人間種ではあるが限りなく妖精種のカテゴリーに入る、帝国の貴族階級に多くいる種族の特徴を持つ女性が、顔に似合わない酷薄な微笑みを浮かべて吐き捨てる。やはり彼女の装備も高級品であり、男達では手の届かない物を身に纏っていた。


「ファラ、頼む」

「はいはーい。そっちの彼、助けてあげて」

「当たり前だ」


 銀髪美女が、大迫力の笑顔で近寄ってくる。そのあまりの迫力に、彼女を捕らえてどうにかするとか、装備を奪い取って薔薇色の未来を夢見るとか、そんな甘い幻想は一切浮かばず、男達は震える手でレーザーガンを引き抜き、あてずっぽうに引き金を連続して引く。


「殺しはしないわ。しっかり情報をには生きてないと難しいらしいし」


 女性は怖い事をさらりと呟き、男達のレーザーをいつの間にか手に持つ、ブルーのレーザーブレイドで簡単に叩き落として見せる。


「ば、化け物っ?!」

「失礼ねぇ。これでも旦那様には美人で見てるだけで楽しいって言われるのよ?」


 女性の二重光彩の瞳がすぅっと、まるで蛇のように細まり、気合いの入った声と共に、自分達の射ったレーザーが全て自分達に戻って来た。


「ぎぃやぁあぁぁぁぁぁぁぁっ?!」

「うぎぎいぃぃぃいぃぃぃぃっ?!」


 どんな手段か、レーザーは自分達の両手両足を貫通し、そのまま両手両足の機能を完全に奪った。


「はいはいうるさい、静かに」

「「ぐべっ?!」」


 悲鳴をあげる男達の顎先を正確に、素早く蹴り抜くと、男達はグリンと白目を剥いて気絶した。


「後でギルドにはクレームね」


 銀髪美女ことファラがため息を吐き出し、旦那ことタツローを見れば、ロドムが必死にタツローの腕を掴んでしゃべっていた。


「い、いもうと、た、たすけて」

「ああ、もう大丈夫だ」

「お、おで、にい、にいちゃ、い、いもうと、ま、まもる」

「立派だよ。良く守ったね」

「お、おで、できた?」

「もちろん! 最高に格好良い兄貴だぜ?」

「お、おで……やった……」


 血まみれで汚れてはいるが、満足そうな表情で笑って気絶したロドムの頭を、タツローは優しい手付きで撫でる。その側ではアプレンティス、シスターズの見習い少女達がテキパキと医療キットを使った応急処置をしていた。


「衰弱が激しいですが大丈夫です。体の損傷も簡易医療ナノマシン注射で安定しました」

「おう。さすがメイドだね」

「はいっ! ありがとうございます! ご主人様っ!」


 アプレンティスの少女に笑顔を向け、しかし、孤児院のある方角を見た瞬間、その表情が悪鬼羅刹のごとき怒りを纏う。


「シュルファとマリオンと合流しましょう」

「ああ、そうだな」


 タツローはアプレンティスにロドムとフランを連れて、一度船に戻るよう指示を出し、大きく息を吐き出した。


「さて、害虫駆除と行きますか」

「そうね。アタシも気分悪いわ」


 怒りの感情が可視化出来そうな位に怒った二人は、静かに、しかし素早く孤児院を目指し走り去ったのだった。

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