第62話 野良犬の意地

 Side:孤児院のレイジ


 そろそろ限界に近い。


 あのババァは口うるさいし、すぐ殴るし、酒癖が悪い。でも、ちゃんと僕達を見てくれるし見捨てもしない愛情のある態度だって分かってた。そのババァが捕まって三ヶ月……僕よりも小さい子供達の限界が近い。


「レイジ」

「分かってる」


 孤児院が変な集団の拠点にされて、商区にも学術区にも居場所の無かった犯罪者どもが溜まりだし、孤児院に常備していた食料、フードカートリッジなんか全部奴らに食われてしまった。


 この三ヶ月、何とか食い繋いで来たけど、学術区のバカが簡単に煽られて、奴らの計画に踊らされた犯罪者どもと戦いだし、その何とかも出来なくなってきた。


「もう盗むしかねぇよ」

「駄目だっ!」

「レイジ、だってよ、もうヤバいって」


 ババァが何かあった時に用意してくれたシェルター。そこにぐったり寝ている年少組に、いつもの元気さは無い。動けている僕らだって、いつ電池が切れるか分からない。でも、盗みだけは駄目だ。


「ババァが言ってたろ。犯罪は一番簡単、でもそれをやったら一生逃げられない。堅実に生きる事は一番難しいけど、一生困らない。僕らの境遇で、それをやったら生き残っても地獄が待ってるだけだ」

「……じゃぁ、どうするんだよ」


 前までは孤児院から卒業した兄ちゃんや姉ちゃんが、隠れて差し入れを持ってきてくれていた。けど、クソな守り手とかっていうゴロツキどもが、学術区のこっちの区画を封鎖して、その支援も出来なくなった。抜け出すのだって難しい。


 ぐったりしている弟、妹達を見る。考えろレイジ。それしか取り柄のない、それしか出来ない、それだけが僕の強さ、冷静に生きられる道を見つけるんだ。


「残ってる食べ物ってどんくらいだ?」

「……ちびども優先だけど、あと四日。おれらが我慢してちびどもに回せば六日」


 僕らは本当に必要最低限しか食べてない。その僕たちの分を回しても、そんだけしか余裕が無い。これはもう外部へ、上の商区に助けを呼びに行くしか……でも、状況は知ってるのに、動いてないって事は……助けを呼びに行っても、無駄に終わる可能性が高い、かな。


 こんな停滞する状況になる事は予想してたけど、まさかこんなに早く状況が悪化するなんて。こっちで奴らの悪事の証拠を出来るだけ集めて、そのデータを兄ちゃんか姉ちゃんに渡して、治安部門に動いてもらう予定だったのに。ババァも助けないとだし、ちくしょう。


「……アベル、ロドム動ける?」


 もう後がない。そう判断するしかない。僕が決意を固めて、同じ時期に孤児院へ捨てられた兄弟を見れば、ガキ大将のアベルは仕方ねぇなぁと笑い、気弱だけど体がデカいロドムは少し震えながら頷く。


「アベルと僕で騒動を起こす、裏抜けのルートなら行けるはず。ロドムはそっからフランを連れて上へ逃げろ」

「え? おで、足遅い。アベルの方が足早い」

「だからだよ。おれとレイジの方が足早いだろ? それだけアイツらをバカに出来るんだよ」

「あ、なるほど。で、でも、フランを連れてくのは、ど、どうして?」

「一番ヤバい」


 フランは孤児院に来てから一番日が浅い女の子だ。孤児院の環境にも、自分が捨てられた事にも、全然心が追い付いてなかったのに、更にはこんな状況だ。食べ物も飲み物も少量しか受け付けないし、寝てるというより気絶に近い状態が続いている。ババァが親身になって面倒を見ていた、というのもデカかったのか、ババァが姿を消して一番動揺しているのもフランだ。このままじゃ命そのものがまずい。


「ロドムは兄ちゃんだろ? 妹は助けねぇとな?」

「お、おで、兄ちゃん。兄ちゃんは、い、妹、お、弟を助ける!」

「おう、頼むぜ」


 ちくしょう。もっと上手い事を考えられたら、もっと先の事を見通せたら、ちくしょう。何でもっと勉強してこなかったんだ、こんな事になるって知ってたら……


「レイジ、頼むぜ」

「僕は、そんな大した頭じゃないけど」

「バーカ、お前がいなきゃ、ここまで耐えられなかったよ」

「……ただ、状況を悪化させてただけにしか思えないけど」

「いや、皆分かってるよ。な?」

「「「「うん」」」」


 泣きそうになるのを、奥歯を噛んでぐっとこらえる。泣くのだってエネルギーを使うんだ、こんな場所で消費してたまるか。


「僕とアベル、もしくはロドムが戻ってくるまで頼む」


 僕の言葉に、他の年長組が頷く。


「僕とアベルが出ていってから、ゆっくり二十数えて、それから裏抜けルートに走って」

「お、おで、フラン守る。お、おで、絶対、上に行く!」

「お願い。最高に格好良いよ、ロドム」

「う、うへ、へへへ」


 先天的な精神障害なんだろうロドムは、ちょっと他の子とは違う。けど、その心根は誰よりも強くて美しい。自慢の兄弟。彼なら自分の言葉を曲げない。きっと絶対上へ逃げ延びてくれるだろう。


「二人とも、これ食べて」

「え? でもこれは」

「いいから」


 さぁ行こうかと、立ち上がろうとした時、女の子達のまとめ役のミィが、何かあった時用に確保してあるブロック食を手渡してくる。これは、本当に最後の最後、もうこれしか無い時用に取っておいた高カロリーの、災害救助用食料で、このブロック一個で三日位生きられるレベルのカロリーが取れる奴だ。


「動けないと駄目でしょ、ほら!」

「ちょっ! お、うむぐっ?!」

「え、あ、むぐぅっ?!」


 無理矢理口に押し込まれ、僕とアベルは目を白黒しながら、滅茶苦茶クソかったいそれを、何とか必死に噛み砕く


「必ず帰って来て。あたし達だけじゃ無理だから」


 そう言ってミィは僕とアベルのデコにキスをした。僕とアベルは顔を真っ赤にしながら、信じられない目でお互いを見る。


 ミィはどこかの貴族の庶子という奴で、ババァが出掛けた時に連れてこられた女の子だ。この孤児院で一番の美形で、一番プライドの高い女の子だから、こんな事するなんて信じられなかった。


「清らかな乙女の口づけは、戦勝祈願に必須なのよ」


 ミィはそう言いながら、少し頬を赤らめて微笑む。うん、やっぱり美形な女の子はお得だよねぇ。こんなんでも男ってのはやる気が出るんだから。


「んぐっ、っしゃっ! レイジ、作戦!」


 うん、アベルはミィの事、それなりに意識してたから効果覿面と。ミィをチラリと見れば、してやったりって顔してたから……これって計算してやったのかな? 女の子は怖いなぁー。


「うん。まずは裏抜けの方から――」


 僕の作戦にアベルは真剣な表情で聞き、大体の流れを理解するとパァンと大きく頬を叩いた。


「よし、やろうぜ」

「うん、やろう。無理せず命大事にね」

「約束だもんな」


 アベルはチラチラとミィを見ながら言う。ミィの口許はかなりムニムニしてたから、笑いをこらえてたみたいだけど。


「ロドム、ゆっくり二十、ゆっくり二十だよ?」

「う、うん、ゆっくり二十」

「そ、よし、行こう!」

「おう!」


 僕とアベルは周囲を警戒しながらシェルターを飛び出し、この状況が改善される事を信じて騒ぎを起こす行動へ移る。


「どこにも居場所のねぇ犯罪野郎! いつまでこんな場所で無駄飯食ってんだクソがっ!」


 アベルの声が聞こえてきた。じゃぁ、僕もやらないと。


「いい歳して無職ってマジっ?! うわぁ、ないわー! おっさんどもマジで臭いからどっか行って死んでくれない?」


 なるべくエグる言葉をチョイスすれば、汚いおじさん達が、目の色変えて追っかけてくる。


 さぁ、後は逃げ回るだけだ。さぁ、行くぞ!

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