第56話 学術区の守護ワンコ
移動用エレベーター。ガラス張りのそこから見える光景に圧倒される。
都心の、いわゆる鉄道の地下ダンジョンと呼ばれる類いの雰囲気と言えば感じられるだろうか。閉鎖的な空間に淀んでいるような空気感、何より地下だから証明が照っていても薄暗い雰囲気に感じる、あの感じ。俺達が見て感じているのは、まさしくそれだ。
ルナ・フェルムの学術区は、コロニーの下層部分に存在している。惑星規模のコロニーだと完全に地下と同じ感じになる。
圧倒されっぱなしのまま、エレベーターが止まって扉が開いた先も、また圧倒される光景が広がっていた。
「すげぇな」
「凄いですね」
「凄いの?」
「きちゃない」
「ンダナーダゼ」
「くちゃいわん!」
下町のアーケード街をイメージしてもらうといいかもしれない。あんな感じの場所の店と店の幅、道幅をとんでもなく縮めて、カッツカツに圧縮した感じを想像すれば、まず間違いない。そこは怪しい店がズラリと並び、怪しい品揃えな商品が道の方へはみ出し、更には雑然として汚く臭い。正直、今すぐ帰りたいレベルの場所である。
「ここはまだマシな方よ? っていうかアルペジオがあんだけ腐ってて、それでもあれしか汚さを感じなかったのが異常なんだからね? 普通のコロニーなんてこんなモンよ」
ベテランのギルドメンバーだったファラの言葉には実感があり、本当にこれでもマシな方なんだろう。シュルファはコロニストだったけど、中級よりか上くらいの生活をしていたので、こういった明らかに危険地帯には、両親が行かせてくれなかったらしい。天国の義理の父と母よ、グッジョブ!
「はぁ、行きたくないが行くか。先頭はファラ、真ん中にシェルファとルルと愉快な仲間達、俺が殿な」
「それがいいわ。シュルファも準備しておいて」
「はい」
「にーに、へんしん!」
「ダーメ、ダゼ」
「いくわん!」
「ぶー」
そんなこんなで学術区へ踏み込む。怪しい店の怪しい商品は、直視していると正気度が削れていく気分がするので、なるべく見ないようにスルーする。
「ああ、ここらへんってあれだ、
「あるごりあん?」
「そ、ハ虫類っぽい人種。アタシらみたいな大枠でヒュポリアンって呼ばれる人種からすると、ゲテモノ食いの汚物飲み物だったりするんだけど、彼らにしてみれば普通の食事だからね。そこら辺は心得ているから、一般的には隔離された場所に専門店があるのよ」
「ほー、アルペジオにはその手の人種っていないよな?」
俺の言葉に、シェルファとファラが困ったような表情を浮かべる。その反応で、すぐにピンと来た。
「
「はい。人種差別は表面的には存在していないのですが、皇帝はその……」
「我が姿に似ずは人に非ず、って帝国建国初期の演説で言っちゃったのよねぇ」
「……多分そんな賢そうな言葉は使わんぞあいつ。実際は、お母さんと違う人種は人種として認めないから! 分かった?! ってなとこだろうな」
「はははははは」
「本当にそんなマザコンなの? ウチの父親とか凄い皇帝を崇拝してるんだけど」
「旦那、嘘、言わない」
アリアンちゃんに聞いた限りだと、俺とガラティア、アビィのイメージから解離はなかったから、ずっとそのままなんだろう。今度、帝国本土に用事がある時は、きっちりシメておこう。うん。
「とと様」
「お、どうした?」
どうやって皇帝という害悪を成敗するべきか、真剣に検討していたら、ルルに呼ばれて意識を戻す。ルルは店と店の間、本当にギリギリ人が通れそうな場所を見ている。何だろうかと視線を向ければ……
「なるほどなぁ、こう来るか」
俺の呟きが聞こえたのか、シェルファとファラも俺が目を向けている先を見て、それぞれ不快感の溢れた表情を浮かべる。
薄暗い狭い路地、そこにはガリガリに痩せこけた子供達が、くっつきひっつきお団子のような固まりとなって、それを食ったら腹壊す的な固形物を平等に分配している。
宇宙時代の貧困にセーフネット的な社会的仕組みは存在しない。そんな便利なモノがあれば、違法奴隷商人なんて商売は誕生しないし、そもそも奴隷という階級は存在しなかっただろう。だからこそ、隣人という組織は巨大化したし、このルナ・フェルムで暗躍しているだろう守り手なる組織も、幅を利かせているはずだ。
「どうすんの?」
「ここがアルペジオならなぁ」
「そうですね。こればかりはさすがに越権行為ですものね」
胸糞だが、各コロニーには統治する組織が存在し、例えそれが貧困に喘ぐ、非納税者であろうともコロニーの中で生活している以上、このコロニーの住人としてカウントされる。助けるのは、このコロニーの統治者でなければならない。それを破るのは越権行為と見なされ、最悪、戦争になりかねない。胸糞だが、本当に胸糞だがね。
「おや、そこは無償の愛とかで手助けしないのかね?」
「あん?」
「本当にいるし」
「おやおや、つれないじゃないか」
妙に馴れ馴れしい感じで声をかけて来た存在。そいつはまんま、アフガンハウンドな面をした、ナイスバディなエイリアンだった。
「しばらく振りの再会に、熱いベーゼとハグをしたいところではあるが、まずはあっちが先だね」
しゃべるアフガンハンドねーちゃんが合図を送ると、今度はまんま柴犬やらパグやらチワワのような小型犬の面した、ルルよりちょい身長が高い程度の奴らが転がるように飛び出し、路地裏の子供達に何やら語りかけ、支えるようにして連れていく。
「やれやれ、子供達はほとんど収容したと思っていたのだが、まだ見逃しがあったとは、このアリシア・ジョーンズもまだまだ精進が足りない」
妙にアメリカーンなリアクションで肩を竦め、アフガンハウンド、どうやらアリシア・ジョーンズという名前らしい彼女は、さあ待たせたね、とばかりに両手を広げてファラを抱き締めようとした。
「寄るな鬱陶しい!」
ファラは流れるようにレイガンを引き抜き、そのまま射撃した。
「ぎゅあっ?!」
エレベーターから降りた直後から、ずっと俺達を監視していた男の肩を射ち抜き、店の影に隠れていたそいつがこちらへ転がり出て来た。
「おやまあ」
男の事を知っているのか、アリシアは妙に嬉しそうな表情で男を見ると、腰に装着していたレーザーブレイド発生機っぽい筒状の物を手にとって一振。
「……ジョーンズってそっちかよ」
思わず俺が呟くのも許して欲しい。彼女が使ったのは、世にも珍しいエネルギーウィップ。つまりはムチだ。そのムチで器用に男の首を縛り付け、そのまま引きずって歩き出す。
「さあさあ、こっちだよ。我が母校、我が庭、我が家、ルナ・フェルムが誇る学術区へ案内しよう」
ズンズン進むアフガンハウンド。後ろ姿は超絶美人だよなアフガンハウンドって、妙な感想を考えていると、ファラがうんざりした表情でアゴをしゃくった。どうやら話を聞かないタイプらしい。
「面倒臭いけど、どっちにしても一回見てみるんでしょ?」
「そうだな、何でこの絶妙なタイミングで来たんだろうな?」
「それはもう、英雄を英雄たらしめるは英雄を求める時と場所に導かれるからです」
「そんな導きはいらん。ってか、楽しそうですねシェルファさん?」
「それはもう。タツローのちょっと良いとこ見てみたい、的な?」
「飲み会じゃないんだから」
なんか、どんどん深みにハマっていく感覚が酷いんですが、これって本当に大丈夫なんだろうか? 俺はそんな事を考えながら、かなり遠くになってしまったアフガンハウンドの後ろ姿を追いかけるのだった。
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