第55話 ルナ・フェルムの鬼女伝説
マドカ・シュリュズベリイ。もしくはルナ・フェルムの鬼子母神、鬼女などの異名で恐れられる人物。
ルナ・フェルム生まれの子供達は、悪い事をすると必ず親から言われる言葉に、悪い事ばかりをしていると鬼が来て食われるぞ、と実に臨場感たっぷりに語る。
それもそのはず、何しろバザムという独立圏が出来たのは、ほんの数百年前の出来事であり、それまではほとんどならず者が幅を利かす無法地帯であったのだから。
マドカ・シュリュズベリイという女性は、代々風呂屋を営む屋号ミツコシヤの生まれである。このミツコシヤ、どうもルナ・フェルムで最古の血族らしく、色々とぶっとんだ人間を多く排出している。彼女の父、バッツ・シュリュズベリイも冒険家として名を馳せているが、『宙賊狩りのバッツ』という二つ名の方が有名なくらいだ。
彼女はとても聡明であり、何より絶世と称される美貌は多くの男達を虜にした。しかし、彼女の美貌はやがて男どもの狂気を呼ぶ災いとなる。
彼女は幼馴染みの、真面目が取り柄な、ごく平凡な男性と結婚し、それは幸せな生活を送っていたのだが、彼女の美貌の噂を聞き付けた、共和国の商人に目をつけられたのが悲劇の始まりであった。
彼女を手に入れようと、商人は金に糸目をつけず、ありとあらゆる手段を使い彼女にアプローチをかける。もちろん、彼女がなびく事は一切なかったが。
全くなびかない彼女に業を煮やした商人は、ついに凶行へ走る。彼女の旦那及び子供をならず者に殺させ、彼女を誘拐しようとしたのだ。
残念な事に最愛の夫と子供は殺されてしまい、彼女は間一髪のところで助かったのだが、それでも酷い怪我をおってしまう。
普通の女性なら、精神的に参って終わるだろう。しかし、彼女は普通じゃなかった。いや、はっきり言おう。彼女、実はお父さんよりも血気盛んな女性だったのだ。貞淑そうな表面は猫かぶり、実際はオラオラの完全なる肉食系。彼女の将来を心配した親に、その当時唯一男として気を許していた幼馴染みに押し付け、何とか普通の一般的な女性の幸せを、お前絶対自由に解き放ったらヤバイから、という両親の親心に従っていただけであったのだ。
この事件で両親達もキレ、ミツコシヤは一族総出でその商人へと襲いかかった。
その商人は共和国でも三指に入るくらいの大商人で、その巨大な組織力は凄いものだった。とてもではないが、ミツコシヤ一族だけでは戦えなかったのだ。
普通はここで諦めるなり、玉砕覚悟でその商人個人に狙いをつけるなりに作戦をシフトするところなのだが、ミツコシヤはぶっ飛んでいた。
『相手が大商人なら、こっちは超商人になっちゃえばいいじゃない』
鬼女伝説の幕開けである。
ルナ・フェルムで最古の血族は他にもあり、その一族達も似たり寄ったりのぶっ飛び具合で、ミツコシヤの計画に乗っかってしまう。これが今のバザムの基礎、バサラヤ・ザイツヤ・ムロツヤである。
まず彼らはルナ・フェルムにいたならず者どもを一掃。人格や性格に問題なければ兵士として雇い入れルナ・フェルムの独立性を高める。更に帝国へ支援を要請。これにはバッツ・シュリュズベリイに、個人的な借りのあった七大公爵家、経済のブエルティク家が全力で支援。帝国の商人達がルナ・フェルムに支店を次々出店し、巨大な経済圏の基礎が構築されていった。
この間にマドカは多くの相手商人の手勢を撃滅。また、その商人によって破滅させられてしまった、弱小商人の遺児などを引き取るようになる。そして彼女は気づいた。かの商人の収入源は、まさにこれである、という事実に。
鬼子母神伝説の開幕である。
まるで遺児がそこにいるのが分かっているかのように、彼女はピンポイントで相手商人の施設を攻撃。次々遺児達を救出し、その商人の大きな商いであった奴隷商売を潰していく。そう、善良でまっとうな商売をしていたように見せかけ、かの商人は違法奴隷をさばく事で巨大な収入を得ていたのだ。
彼女の快進撃は続く。
商人が手駒にしていた闇の組織、彼女はそこの頭を真っ先に潰し、何と乗っ取ってしまう。こうして商人の情報が丸裸となり、共和国で隆盛を誇っていた商人だったが、ついにその栄光に陰りが見えてきた。
そこからは一気呵成。商人が持っていた巨大な商圏を丸々ごっそり彼女が奪い取り、帝国を巻き込んで独立宣言。面倒事は全て他の血族に丸投げで、バザムという頭文字を取ったおざなりすぎるネーミングの、バザム通商同盟という独立国を立ち上げてしまったのであった。
「そういうやり遂げた自負があるので、老人扱い的な、おばあちゃん的呼び方って嫌うんですよ、母は」
「……本当にあのおばあちゃんの事?」
「ええ、ちなみに私は母に助けられた、他人の子供です。里子なんですが、凄く可愛がられて、まさか私がミツコシヤを継ぐとは思いませんでしたが」
「……」
何か凄く主人公です。まじかー日だまりが似合う、凄く上品なおばあちゃんにしか見えなかった。
「話では聞けませんでしたが、その敵対した商人ってどうなったのです?」
「ああ、逃げたようです。最後の最後に詰めを見誤ったと、母はずっとそれだけは心残りみたいですね。私の手で八つ裂きにする予定が狂った、とお酒に酔うと毎度繰り返す程度には」
めっちゃ心残りですやん。でも、なんでアルペジオにいるんだ?
「アルペジオにいるって事は、もう引退したって事かしら?」
「えーと、何と言いますか……」
「ん?」
「信じがたい話なのですが、神託を受けたとか言い出しまして、クヴァースいえアルペジオに支店を出せば道が拓けるとか、そんな神の声を聞いたと」
「それはまた」
しっかし、あのおばあちゃんがそんな凄い女性だったとは。本当、人は見た目じゃないんだなぁ。
「そうだ。ミツコシヤさんではルナ・フェルムの支配者って、どこまで情報を持ってるんだ? ああ、いや、バザムの問題だから首を突っ込むつもりはないんだけど、これから行く場所が学術区で、国が忙しいから人材を探したいんだよ色々と。厄介事に関わらないように注意すべき点とかあったら教えてほしい」
「そうでしたか。確かにあそこには色々と優秀な人材がくすぶっていますが……一番確実なのは、行かない事です」
初手からぶった切られたなぁ……そこまでか。
「ですがそうも言ってられませんよね?」
「うん、切実にな」
「でしたら、『貧者の守り手』という組織には注意してください」
なーんか、どこかーで聞いたよーなネーミングの組織が出てきたぞ。
「それって、恵まれない人々に炊き出しだとか、安全な寝場所の提供だったりだとか、ちょっとした医療相談だったりだとかをしている組織?」
「あれ、ご存知でしたか?」
まんま隣人じゃねぇか! て事は、この騒ぎの裏には共和国、教団が関わってるの確定じゃねぇか! あーもー、あいつら台所で発見するGかっ!
「楽しくなってきましたね!」
「とと様だいかつやくっ! ルルもむせる!」
「お前らはもう……ファラも注意くらいしてくれ」
「んー。でも、ここまで状況揃ったら、むしろアンタが呼ばれるんじゃない? 厄介事に。実際、アタシら揃えてなし崩しだったでしょ? 最終的に。アタシはラッキーだと思ったけど」
「おーもー」
おっさんに大変そうですね、なんて同情されながら、館をお暇する事にした。
帰り際ダンディー番頭さんに飴の大きな包みを貰いながら、かなり暗澹たる気分で学術区へ向かう俺であった。
他の奴ら? 楽しそうにしているさっ! ちくしょーっ!
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