第54話 遊女とフンドシ
人生で一度だけ、中学校時代の修学旅行で京都に行った事がある。
こう、江戸時代というか時代劇というか、そういう武士っぽい時代背景というのだろうか? 昔ながらの光景というか、これぞ天然の映画セット、みたいな風情だったのを覚えている。
で、そんなジャパニーズ、ハラキリー、チョンマゲ、ニンジャー、ワッショイ! な感じの館……館らしいんだわ、どっからどうみても城にしか見えないんだけど。何故か豪華な日本庭園? 枯山水? どこにこんな余剰スペース作ったよ? 亜空間に固定? 無駄な事をしている景色が見える、それはそれはご立派なスペースに通されて、抹茶と和菓子などでおもてなし、されている俺ら。
うん、本当にね。ただただ、アルペジオではおばあさんにお世話になってますー、って挨拶をしただけなんだけど、番頭さんと呼ばれていたダンディーなおじ様に、にこやかーに腕を掴まれて、有無を言わさずこの空間に連行されたんだよ。何でだろうね? 結構本気で抵抗してみたんだが、すげぇ絶妙な力具合で流されちゃった。
「アルペジオの所有者たるタツロー・デミウス・ライジグス様。ウチの番頭がえろうすみません」
ずぞぞぞぞーっと抹茶っぽい緑茶っぽい飲み物? をすすっていると、目がチカチカする豪華な襖を開きながら、どっからどうみても着物を着た、超絶似合ってない水色の髪のボンッキュッボン! な美女が現れる。なんだろう、漫画とかアニメとかで出てくる花魁、遊女な着物の着こなしというか、淫靡さとエロスを全力で出してる感じが、俺的にはだらしないようにしか見えない。それにこの程度のエロスなら、うちのシスターズの小娘でも真似できるぞ。いや、マルト君を落とす為にもっとエゲツねえ事やってるぞマジで。
「こちらは名乗っていないし、そっちを知らない。ここへ来たのは、アルペジオで美味しい飴を買わせてくれる、品の良いおばあちゃんの顔を立てに来ただけだ、君に用事は一切存在しない」
「ほっほっほっほっ、いけずやわー。少し、お話を聞いてもらいたいだけですー」
「不要」
「そう言わず、お茶もお菓子も一級品を揃えましたんよ?」
「この程度、うちのメイド長なら片手間で作れる」
強引に連れてこられて、ちょっと腹が立っていたので、とっとと退散するべく、あっちの言葉は全てバッサリカット。つーかこれ、おばあちゃん、こっちに俺の情報流してないだろ? こんな事されたら俺が不機嫌になるって、あのおばあちゃん知ってるし。
「さて、御馳走様。いくら?」
徹底的に帰る姿勢を貫くと、遊女ちっくな女性が、笑顔を引くつかせて、何か思い付いたのか、粘着質な笑顔を張り付けて言った。
「一億キャパどすえ」
「あっそう、ほれ端末出せ」
「……は、え?」
「一億払うから、端末出せ」
驚くような金額を吹っ掛けて、譲歩させて話を聞かせるつもりだったんだろうが、こっちは一億程度、三時間もあれば作れる金額だ。痛くも痒くも無い。
「いい加減にしてくれませんか? 何でしたら本気でライジグス国と戦争します?」
「わたくし達と戦えるかしら? 王冠、王権、巫女、王笏を携えたライジグス国王と戦えますか? ミツコシヤさん?」
色仕掛けをする気満々な登場をした時から、シェルファとファラの気配が冷えきったのを感じたけど、どうやら結構怒ってたみたいだ。そりゃそうか、自分の旦那を、見ず知らずのケバい女が誘惑してきたら、そりゃあ怒るか。逆の立場だったら俺でも怒るわ。
「ほれ、とっとと支払いして手切れにしようや。今後一切、本店とは付き合わんから」
ここでも尊き血統の二つ名の力が絶大らしく、女性は顔を真っ青にして口をパクパクさせている。
「こぉんのぉぉっ! バカ嫁がぁっ!」
硬直状態をどうすんべ、と思っていたら、物凄い勢いで駆け込んできた大男が、手に持った鈍く輝くハリセンで、遊女な女性を思いっきり、スパコーンと張っ倒した。
「大変に失礼致しました! ミツコシヤ本店を任されております、オーガスト・シュリュズベリイと申します。息子の不出来な嫁が大変な失礼を致しました事、深く深く謝罪申し上げます!」
ギリ土下座じゃないレベルの、非常に誠実さ溢れる謝罪姿は、うん、好感も持てるし素晴らしい対応だとは思うんだけど……何でフンドシ一丁なん?
「申し訳ない。普段の私はこの本店に併設されている大風呂のボイラーを調節しているもので、義理の娘の暴走を聞かされ、慌てて来ましたもので」
俺の困惑に気づいたのか、おっさんがテレテレしながら頭を掻く。
「ボイラーって」
「我が家の伝統なんです。元々ミツコシヤの商いのスタートは宇宙銭湯でしたので」
「宇宙銭湯ってアンタ」
「ご先祖様がそう命名したもので」
妙に人好きするおっさんの話術に引き込まれていると、ちょんちょんと服を引っ張られる。視線を向けると、ルルがあれあれと指差し、そっちを見れば遊女な女性がブクブクと白い泡を吹いていた。
「生きてます?」
「え? あー大丈夫です。この程度で矯正できるなら、大昔に真人間になってるでしょうから」
「なんで嫁にしたん? 息子大丈夫か?」
「大丈夫ではありませんが、息子は他に六人程いますし、将来有望な息子は、既に修行という名目で他のコロニーの支店で経験を積んでいる最中ですから」
いや、なんでここでは自由にさせたんだ? それを聞くと、普段は自分が目を光らせていたから心配はなかったんだとか。今回は偶々タイミングが悪く、例のダンディーなおじ様が俺とフンドシおっさんを引き合わせようとしたのを好機と思って、勝手に動いてしまったんだとか。襖の近くでダンディーなおじ様が深々と頭を下げていた。
そんなダンディーなおじ様が、渋い声でおっさんに呆れた声色で告げる。
「旦那様、そのような格好では失礼に当たります。着替えを用意しましたので、こちらへ」
「お、それもそうだな。すみません、すぐ着替えますので。ダーレス、これをいつものように」
「かしこまりました」
おっさんが襖の方へ消え、ダンディーおじ様が、遊女女性の頭を片手で掴むと、ずりずり引きずりながら立ち去った。なんだろう、凄いなミツコシヤ。
しばらくすると、びっちり高級そうなスーツを着こなす美中年が現れ、それがフンドシおっさんだと思うと、笑わずにはいられないギャップであった。
「いやー自分でも似合わないのは自覚してるんですが」
「なんでやねん、フンドシ一丁が強烈だっただけやで」
「……バザムの流儀を分かってらっしゃる」
「それこそなんでやねん」
色々あったけど、このおっさんはどうにも嫌いになれない。ミツコシヤ本店のスタートは最悪であったが、この出会いは面白い。
「それで、俺に何か用かい?」
「いえ、ただ、母が楽しそうに語る国王様に、一目会いたいと思ってまして」
「おばあちゃんが?」
「それそれ、それです。あの母が国王様であっても老人扱いされて黙っているのが凄いんです」
「……初手からおばあちゃん呼びだったけど?」
「ばーば、やさしい!」
「だよな?」
「あい! いつもやさしい!」
俺とルルの合いの手に、オーガストは信じられない表情を浮かべ、何度も俺らの顔を交互に見ながら、彼にとっては常識で、俺達からしたらビックリするような、そんな昔話を語り出したのだった。
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