第52話 ルナ・フェルム セラエノ黄衣の都
「ほうほう、なるほどこう来たか」
目の前には、バザム通商同盟国の都、何でも宇宙に生きる知的生命体が選ぶ三大都なるモノに選ばれる、ルナ・フェルムがそこにある。
準惑星規模の変則型コロニー。現実世界でもそうだけど、居住可能惑星ってのは超絶数が少ない。んで居住する為のハードルをクリアーする技術的なアレコレを施すと、維持管理費が天文学的数字を叩き出す。そこで登場したのが惑星規模タイプのコロニーだ。コロニーだから移動は簡単だし、維持管理費もそこまでじゃない、ゲームでもクラン単位でこのコロニーを所有してるトコロは多かった。
目の前のそれも有名なコロニーだ。
クラン『セラエノ大図書館』がスペースインフィニティオーケストラ史上初の惑星規模コロニー、セラエノ黄衣の都。
「セラエノ黄衣の都、なんて物騒な名前ではないか、さすがに」
そもそもかのコズミックホラーの大家ラブなクラフト氏の物語なんて知らんだろうから、その名前で呼ばれていたとしても、言葉の響きが変わってるね、で終わるだけかな。いやまぁ、黄衣の関係はラブなクラフト氏関係ないけど。
「キャプテン、管制からドッキングベイの使用許可出ました」
「はいはい、ガイドビーコン使用で頼む」
「了解しました。自動ドッキングで対応します」
「よろしく」
世間的に知れ渡っているのはゼフィーナとリズミラ及び、鮮烈なデビュー戦を飾ったホワイトブリム以下エッグコア隊なので、特に変装とかする必要もなくバザムへやってこれた。
まあ、問題があるとすれば……
『なあなあ、どこのメーカーのなんちゅー船なん? 情報料払うから教えてーな』
『お、べっぴんさんやん。旦那、旦那、夜の方はどない? うちな、ええ薬扱ってますねん。おおっと非合法なもんやないで? ちゃんとネットワークギルドの認可もろうてる薬や、メイクラブにどないや』
『ルナ・フェルム名物のルナ焼き~ルナ焼き~めっちゃうまいルナ焼きあるで~』
何じゃこりゃぁっ! とばかりに強制通信回線を開かされて、周囲の船から滅茶苦茶送られてくる商人達の呼び込み、というか売り込み。しかもすんげぇ似非関西人っぽい関西弁モドキを使いやがる。本場の知り合いがいるから、違いが凄い気になる。
「凄いわね」
「ええ、激しいと言いますか、ふてぶてしいと言いますか、押しが」
あまりの状況に、シェルファもファラも目を丸くしている。この状況下でも平常運転なのはルルと愉快な仲間達くらいだ。俺は目を丸くする前に、ちょっとうんざりしてしまっているが。
これからドッキングだし、悪いが付き合ってられん。
「マヒロ、通信切断」
「イエスマイロード」
通信を切断し、チカチカしていたモニターも大人しくなると、シェルファとファラがため息を吐いてシートにもたれる。これが手動でドッキング作業してたら、周囲の奴らにレーザーとミサイルをプレゼントするところだが、安心安全のオートドッキング、その心配は必要ない。
「毎度こんな感じなのかね? オートじゃないマニュアルドッキング中ならやばくねぇか?」
「そこは線引きされているようです。商人達にはオートかマニュアルか、管制から有料で情報提供されているみたいですね」
「……こっちのプライバシーはどこいったよ?」
「そっちはそっちで、情報料の一部をこちらが受け取るようです。これで許してね、的な文面が送られてきましたし」
「おいおい、凄いな、バザム」
呆れながらドッキング作業を見守り、その後は何事も起こらず、無事に寄港できた。
「よし、とりあえず観光でもするかね」
「約束の会談はどうすんのよ?」
「いや、非公式だし。どっちかつーと近所に引っ越してきましたよろしくーって、そんな感じのノリだぞ?」
「……そう思ってるのはタツローだけでしょうね、きっと」
「シェルファ様、大当たりです」
「酷いな君達」
そんな嫁達の言葉をさっくりスルーして、ルルを抱っこして船から下船する。
「この船、アンちゃんの船かいな。どこのメーカーなん?」
「おーおー兄ちゃん、ごっつい銃持っとるなー。なんぼしたん?」
「嬢ちゃん、良い服着てるやんけ。どこのメーカーでどこのデザイナーのや?」
下船しただけなのに、色々な人種の色々な商人、しかも全員が似非関西弁。なんだってんだこの国は。
「……はぁ」
少しだけ威嚇する気配を漏らすと、商人達の動きがピタリと止まった。
「君達の商売熱心さには一定の敬意を払おう。だけど、こちらは君達と交渉するつもりはないし、こちらの都合を一切考えない態度に商取引をする気にもならない。散れ」
俺の言葉を聞いて、商人達は一斉に逃げていく。やれやれ、面倒臭いな。
そんな様子を見ていたファラが、あれっとした表情を浮かべ、顎先に指を当てながら中空に視線を泳がせる。
「何かおかしいかも」
「ん? 何がだファラ」
何か思い出したのか、ファラは髪の毛を指先でくるくる巻きながら、理由を口にする。
「いや、ここ出身のギルドメンバーに知り合いがいるんだけど、聞いてた話と違うから」
「どう違うんだ?」
「ええっと……こういう相手を無視したやり取りは、大きな罰則があるから、ほとんどの商人は絶対にやらない。ほとんどの商人がプロ意識を持った好人物だから、買い物する時はバザムに行った方が、専門的だし安上がりだから行く価値ある、って話だったんだけど」
ファラの言葉に周囲を見回せば、ほとんどの商人と思わしき奴らは、ドッキングベイにいる他の人間に突撃して、一方的に話しかけてうんざりした表情で見られている。
「どこが?」
「だからおかしいなって」
その時、船のタラップに立っていたマヒロが、不穏な事を口走る。
「マイロード、今、アビィ経由でミツコシヤのお婆様からの情報が届きまして、お婆様もそんなハズはないと」
「……」
何だろう。これって絶対、厄介事が動いてるって事じゃねぇの。マジかー。
でも、何か厄介な事があったとしても、それはバザム通商同盟国の人間が解決すべき事であって、今では一国の王様やってる俺が何かしなけりゃなんねーって事態にはならんだろう。ならやるべきは、だ。
「考えても分からん。観光に行くか」
「能天気ねーあんた」
「ですが、ここはバザムです。こちらが巻き込まれる事はあっても、こちらが乗り出して何かをするって事はないですよ」
「……シェルファ? そのワクワクした顔では説得力ないわよ?」
「うふふふ、何の事でしょう?」
何か物騒な事言っているが……まあいい、兎に角観光だ。
「ルルはどんなのが見てみたい?」
「うー? あまいのー?」
「お菓子か。そういや、ミツコシヤさんの本店があるとか言ってたよな、そこ行ってみるかね」
「ばーばの?」
「そ、バーバの」
「いきます!」
「よし、行きますか」
セラエノさんとこはあまり交流なかったし、うちはどっちかというと戦闘に寄ったクランだったから接点がそもそもなかったんだよな、だからここは中に入った事すらない。技術的な事もそうだけど、セラエノさんて結構独自性のある技術体系してるから、そっち方面でも楽しみだ。
「ほら行くぞ」
「はいはい、マヒロは留守番?」
「はい、船の事はお任せ下さい。ちょっと警戒した方が良さそうですし、マヒロが船を守ります」
「何かあれば直ぐに連絡をしてください。私も常に注意しておきますから」
「ありがとうございますシェルファ。ではマイロード、行ってらっしゃいませ」
「おう、お土産買ってくるからなー」
さーて観光だ。一体何があるかな。俺らは軽い足取りで、ドッキングベイを後にしたのだった。
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