第48話 ライジグスの威光

 神聖フェリオ連邦国。神聖なる首都エル・ベル・バルム。白を基調とし、本来ならば拒絶するような印象を与え兼ねないその都市は、他の仄かなパステルカラーと調和して、どこか親しみやすさを見る者へ与える。


 本来ならば首都中心部にそびえる巨大なる神像、神聖なるフェリオに感謝を捧げ、穏やかに日々を送る国民達は、上空に映し出された光景に言葉を失い、見入っていた。


『我が国ライジグスを侵犯せし蛮族どもに告げる。新国家ライジグスの正妃、オスタリディの王権、リジリアラ・オツッマス・オスタリディの名に於いて、これよりお前達を一切合切残らず殲滅する。恐れるならば今すぐ立ち去れ』


 緑色のウェーブした長い髪。瞳は濃い新緑色。優しげな雰囲気なのに、今は威厳たっぷりにカリスマ性を発揮している。オスタリディ王族の嗜み、華美な装飾品を身に纏い、かなりジャラジャラしているはずなのに、成金的にも嫌みにも見えない上品さを醸し出している。何より彼女はとんでもなく美しい。


 しかもオスタリディの王権と彼女は名乗った。


 連邦国でオスタリディは特別な名前だ。何せ連邦国成立の大前提に、オスタリディの尽力があったからこそ、連邦国は一国家として勃興できたのだから。


 連邦国の始祖、初代フェリオ聖女王は圧政に苦しむ民を導き、現在の連邦国のある宙域を開拓する決意をした。その開拓に協力を申し出たのが、オスタリディとファリアスなのだ。これは連邦国の義務教育過程で、実際に歴史の授業で教えられる事であるし、現在でも二大王家に恩義を持っている国民は多い。

そして、この事が原因で、帝国を嫌う連邦国民が多い事多い事。星間国家でもここまで露骨に帝国、いや、皇帝に敵意を持つ国家も珍しい。一応、同盟相手ではあるんだが。


「これはこれは、あの糞ガキの魔の手から、姫君達が解放されたと、何と喜ばしい」


 巨大な白亜の城を思わせる戦艦に、うっとりとした視線を向けるのは、当代神聖フェリオ連邦国聖女王ミリュ・エル・フェリオ陛下その人である。


 精霊の末裔と言われる連邦国の女王は、確かにそれを感じさせる半透明の美しい羽根をヒラヒラ揺らして、清楚な雰囲気とは真逆の、非常に腹黒い表情で邪悪な微笑みを浮かべていた。


 連邦国家とは言われているが、実質君主制なのが連邦国の実態だ。その実質の支配者が、支配者にあるまじき言葉遣いで邪悪に微笑む姿など、親愛なる国民に見せられたモノではない。筆頭侍女長は、注意を促す為に少し強い咳払いをすれば、聖女王は取り繕った表情に切り替えた。


「どこの勇者?」

「どこの英雄でしょうね?」


 ちょっと正気に戻った聖女王は、はてなと首を傾げ、答えた侍女長も同じように首を傾げる。


 彼女達は帝国に従う道しかなかった四つの王家の内、三つの血族の情報を常に収集しており、当代のオスタリディ、ジゼチェス、ファリアスの令嬢達の情報をしっかり集めていた。その情報を知っているだけに、あの同じ女性から見ても跳ねっ返り、じゃじゃ馬を通り越した暴れ馬を、どうやって惚れさせたのか、どんな勇者、英雄が口説いたのか、非常に気になる部分である。


「おおっ?!」


 そんな事に想いを馳せていると、巨大な戦艦が動き出し、何だかこれ以上見ていたらありとあらゆる常識が破壊されてしまいそうな、馬鹿でっかい大砲の砲身が生え始める。


「おおおおっ?! タタンカの嘆きに向けているのかっ!?」


 素晴らしくドラマチックなカット割りで、絶妙なタイミングに映像が切り替わって、見ている方の臨場感を高める。そうしてついに巨大な大砲の力が放たれた。


「……これはまた、ある意味皇帝よりも厄介な……」


 心底面白そうな表情で、表情と反する言葉を呟きながら、聖女王はこれからどう動けば国益に繋がるかを強かに考えるのであった。



 ○  ●  ○


「…………」


 七大公爵家専用ルモ・サバル級戦艦で、アリアンは言葉を失っていた。


 モニターに映し出された人間によって産み出された太陽に、部下達も言葉が無い。


「これは本気でダメかもしれません」


 どうやって交渉すれば良いのか、直接モニターで対峙した時の事を思い出すと、治まった腹痛が復活してくる。このままお腹痛いで帰っていいかも、と現実逃避をしてしまう。


「とりあえず、この怒りはあいつで晴らそう、そうしよう」


 ほの暗い表情で、撃墜したふりの偽装を施しながら、必死に逃げようとしているシュバイル旗艦を睨み付けてアリアンは呟くのであった。



 ○  ●  ○


 バザム通商同盟の首都ルナ・フェルム。その中央にある巨大な施設、商人の館と呼ばれる場所で、バザムを代表する大商人、各商会長達が頭を抱えていた。


「これ、ホンマもんなん?」

「せやでーホンマもホンマ、マジやで」

「あきませんやん」

「こないなもん、どないせーちゅうねん」


 バザム訛りという、タツローが聞けば似非関西人にしか聞こえない言葉使いで、商会長たちはうんざりした表情でモニターを見つめる。そこでは巨大な太陽が燦然と輝き、共和国の三流とはいえ、軍用として耐える性能の艦船をボッコボコにしている様子が映し出されている。


「王冠と王権が絡んでるやん? あっこの姫様ら、皇帝の淑女経典に逆らった女傑らやん? その彼女らが望んで嫁入りしたんや、皇帝よりまともとちゃう?」

「しっかしなークヴァースを押さえられるちゅーのは痛いでー」

「いや、むしろ朗報ちゃうか?」

「なんでやねん?」

「あのコロニーの所有者なんやろ? ちゅう事はや、コロニー公社はいらんやろ?」

「「「「!!」」」」

「ごうつくばりの管理官が消えるっちゅう、夢のような話ちゅうわけかいな! そりゃええなぁ。うちの手の者だと、あっこで店だしてんの誰やねん?」

「あっこは……そうや、ミツコシヤさんやで」

「安心安全健全のミツコシヤさんかいな! こりゃ運が向いてきましたな!」


 現実的に対処が可能ならば、後は損得勘定でどうとでも、そこは流石の商人達だ。彼らはまともな商取引を行えるのであればと、新しい国の誕生をむしろもろ手をあげて歓迎するのであった。



 ○  ●  ○


「こりゃ、どうにも参ったねぇ」


 ネットワークギルド特別領域に存在する、ネットワークギルド本部超大型ステーション『フェルメニア』の、グランドギルドマスター室で、グウェイン・ウェスパーダは葉巻を揺らしながらモニターを見ていた。


 事前に、クヴァース、いや現在はアルペジオと名前を変更したコロニーに派遣していたギルドマスターネイから、レガリア所有者と契約をして、友好的な関係を構築している、という事前情報がなければもっと取り乱していただろう。それ程に、あのコロニーへはヤバい事をしたという意識が彼にはある。


 共和国の裏側、教団は実に工作が巧妙だ。あまりに巧妙過ぎて自分の幹部達に、その工作員が潜んでいたのを気付けず、排除出来た時にはクヴァースに別のギルド員に偽装した工作員が入り込んで、クヴァースのギルドを弱体化させる作戦が上手くいってしまっていたのだ。幸運にも、ボロを出してネイに排除されたようだが、それがなければどうなっていたか。


「オイちゃんが直接出向いて、思いっきり謝罪したら許してくれっかな。そうだといいんだけどねぇ」


 先に友好な関係を構築出来たとしても、礼節や謙虚さを忘れては、せっかくの関係構築も無駄になってしまう。これは早々に仕事を調整して、新国家の王様に頭下げにいかんとダメだな、そう判断し山盛りの未処理データパレットに手を伸ばすのだった。

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