第47話 どこぞの大佐が喜びそうな、滅びの光
「本当によろしいのですか?」
小刻みに痙攣し、股間部分を湿らせ、恍惚とした表情を浮かべる上司に、まるで何事もないような感じに聞くジムズ。ニブムが究極のドM体質なのは理解しているので、スルー検定能力が高いのだ。
「ひゃっ、ひゅひゅひゃひゃひゃっ! 滅びるのだ! 全て全部滅びろっ! ああああああぁぁぁぁっ!」
激しく痙攣し始めたのを見て、これは聞いてないと判断したジムズ。施設の長距離回線に、秘密のコードを打ち込む。
「こちら特別作戦群コードネーム脇役。作戦本部どうぞ」
ジムズの呼び掛けに、モニターが一つ起動し、そこにニブムそっくりな人物が映し出される。双子とかクローンなどではなく、ムバァウゾレという幻想種族と呼ばれる種族だ。種族間では、全員顔が違って見えるらしいが、ムバァウゾレではないジムズには見分けがつかない。
『緊急か?』
「はい、火急です。アゾド司祭様」
ぶっきらぼうに突き放す口調で、誰だか分かり、表情を変えずに返答する。この瞬間は毎度の事ながら緊張する。
「大いなる雷矢を使用し、タタンカの嘆きをクヴァーストレードコロニーへ放つ、ニブム様がそう決定しまして」
『……』
アゾドは尖った顎先を撫で付け、目を細める。その瞬間、普通の瞳だった目が真っ黒に染まり上がり、不気味さがアップする。
ムバァウゾレは精神感応能力が高い、天然のテレパシスト集団だ。ニブムは興奮すると瞳が真っ黒になるが、アゾドのそれは能力を使う際に変化する。
『なるほど。問題はあるまい。だが、使用する以上、徹底的な滅びを与えなければならない。それは理解しているな?』
「はっ! 大いなる闇と共に我らあり!」
『理解しているのであれば良い。貴様らに良き滅びがあらん事を』
「良き滅びがあらん事を」
回線が切れ、モニターからアゾドの姿が消えると、ジムズは全身の力を抜いて大きく息を吐き出した。
テレパシストと言う事は、こっちの考えている事をある程度読める、という事だ。かつてムバァウゾレが滅亡寸前まで迫害されたのは、まさしくその高い感応能力故であり、彼らが立ち上げた教団が台頭し始めて、一番最初に行われた粛清行動は、今でも共和国の絶望と恐怖の代名詞となっている。
「まだニブム様の方が親しみやすいんですがね」
無視され、放置され、蚊帳の外にされ、それだけで全力全開に感じてしまい、もうヤバイ感じに恍惚と、震度六強レベルでガックンガックン震えている上司を見やり、やっぱそれはねぇかもしれない、と思い直して自分の仕事に戻る。
「ハロー」
『ハロー、カウボーイ。今日はどんな用件だい?』
施設の起動コマンドを呟くと、モニターにバーテンダーの姿をしたAIが現れ、ニヒルな笑顔を張り付けながら、手に持ったグラスをひたすら布で拭くのを繰り返している。
「今日も仕事だ。いつものアレ、頼むよ」
『またかい? カウボーイってのも大変だな。いいぜ、場所はどこだい?』
「クヴァーストレードコロニーへ、直接、最速で頼むよ」
『下手打って、全面戦争になっても知らんぞ?』
「っ!?」
いつもの、何度もやってきたテンプレート通りの会話だったのに、今回はテンプレート以外のセリフが返ってきて驚く。
「ぜ、全面戦争って大袈裟な。荷物を届けるだけだぜ?」
『ま、いいがね。何度もボコボコにされて、あそこの恐ろしさは知ってるだろうから』
「……」
恐ろしい事を言い出したAIに、ジムズはだらだら冷たい汗を出す。
AIは何と言った? 『何度もボコボコ』と言ったのか?
この施設で見つけたレガリアは、帝国軍相手でも無傷で圧倒する力を持った船ばかりだ。実際、共和国を教団が支配するのに使われているし、周辺国でも恐れられている。そんな技術を持ったかつての文明人が、クヴァーストレードコロニーを拠点としていた存在に、何度もボコボコにされている? あの新国家を宣言した女性は何と言った? あのコロニーの正当なる所有者と言わなかったか?
『へいカウボーイ、準備できたぜ?』
本当に大丈夫なのだろうか。
不安を騙すように、モニターに表示されるタタンカの嘆きを見る。それは有害物質を大量に含んだ小惑星規模のデブリだ。中には衝撃を受けると爆発するエネルギー結晶体を埋め込んであり、教団が何度も必勝の手段として使ってきた、まさに一撃必殺の大いなる力だ。自分が生活していたコロニーも、こいつが破壊したのだ。それを間近で見せられた自分は、こいつの馬鹿げた破壊力を知っている。知っているのだが、嫌な予感は消えてくれない。
『急ぎじゃないのか?』
「あ、ああ、すまない」
これは作戦に含まれている。このままだと共和国の戦力が危険水域に落ちてしまう。それを救うには、タタンカの嘆きで相手を打倒しなければならない。大丈夫だ。アゾド司祭も承認しているんだから。
自分の本能をねじ伏せ、何度も内心で自分を励まし、ジムズはその言葉を発した。
「ハイヨー、シルバー」
『了解』
施設が猛烈に稼働を始め、大いなる雷矢、マスドライバーへエネルギーが送り込まれ、電気に変換されたそれは、巨大な獣が吠えるような轟音を出して、巨大なタタンカの嘆きを吐き出した。
いつもなら頼もしく感じる咆哮が、まるで絶命する前の絶叫に聞こえたような気がするジムズだった。
○ ● ○
「巨大質量感知」
「ビンゴ。さすが我らの旦那様」
「主砲発射用意ー。チャージは最小でー」
「了解しました。主砲発射準備!」
「主砲展開。プラチナギャラクティカ、船首主砲格納扉、開口!」
プラチナギャラクティカの、優美な形をしている船首が、真っ二つに割れ、大きな口を開いていく。そしてその奥から、巨大な砲身が轟音を立てて、槍のように突き出していく。
「各国への放映はどうか?」
「最大強度の超空間通信を使った電波ジャックをしてます。アビィちゃんにも協力してもらっているので、こちらは問題ありません」
『むぅっかぁせーてっ! あちし達の全宇宙デビューですのん! ここは一発派手にかまさないとライジグスの女が廃るわん!』
「頼りにしているアビィ。展開しているエッグコア隊、ホワイトブリムに退避命令」
「こっちの動きを察知して、既に主砲射線上からの退避完了してます。安全距離まであと三分!」
「さすがは副メイド長テティス、良い仕事だ」
ドッキングしているクイックシルバーの船体が発光を始め、プラチナギャラクティカの動力パイプラインが、七色に煌めいていく。その輝きは全て巨大な主砲、船首へと流れ込んでいく。
「目標、目視にて確認!」
「来たか」
「主砲のチャージはー?」
「最小なので、チャージするまでもなくいけます!」
「アビィ、一番ドラマチックなタイミングを頼む」
『燃えてきたーですのん!』
モニター上ではすごくゆっくり動いているように見える小惑星デブリ、しかし実際はとんでもない速度で飛んで来ている。本来ならば泡を食って逃げ出すべき光景なのだが、艦橋にいる全ての人間が、どこか観光でもしているような気軽さで、そのゴミを眺めていた。
グングン近づいてくるデブリに、共和国側は勝利を確信し、残党処理をする用意を始める。
「逃げれば良いものを」
「ちょうど良い距離感ですねー彼ら」
「そうだな」
そろそろ本気で逃げないとヤバイ距離になった時、艦橋の巨大モニターにデカデカとカウントダウンが始まった。
『最高のショーにして頂戴ねん』
「心得た。火器管制!」
「カウントにトリガー同期!」
「船体制御!」
「疑似マヒロシステム起動。船体安定。シールドチェック、問題なし」
「最高のショーだと思わんかねーでしたか? ルルちゃんが言って、ダーリンが微妙な顔してましたがー」
プラチナギャラクティカでも衝突すれば撃沈する大きさのデブリが、避けようのない距離まで迫ってきた。これは逃げられない、当たると思われた瞬間、世界が閃光に包まれた。
圧縮破壊砲。エネルギーの特性を効率良く抽出し、一番高効率なエネルギーを圧縮、それを弾丸として発射する。作って最初の射撃訓練で、太陽タイプの恒星をチャージ十パーセントで消し飛ばした時、この兵器の封印が決定した。
最小出力で吐き出された光の弾は、迫り来るデブリを容易く蒸発させ、勢いが止まらず、追撃をかけようとしていた共和国軍にぶち当たり、巨大な太陽を産み出した。
「これで、新国家だからと舐め腐って、こっちに喧嘩売ってくる勢力が減るな」
「むしろ自陣営に取り込もうと躍起になるんじゃないですかねー?」
「それならそれでやりようはいくらでもある。いくらでもな」
「怖いですねー」
「お前には負ける」
「うふふふふー何の事でしょーぅ?」
「そういうトコだ、そういう」
圧倒的破壊が終わり、生き残った共和国軍がワヤクチャに逃げ出す。それをまるで猟犬のようにエッグコア隊が追いかけていく。
ライジグスの威光。後々そう語り継がれる事となる戦いは、そろそろ幕引きを迎えようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます