第44話 王冠と王権
その様はまさしく孤軍奮闘。
戦艦一隻、重巡洋艦五隻、巡洋艦は後詰めで連れてきていないが、ミサイル艦と長距離レーザー艦はそれぞれ二十隻づつ連れてきている。駆逐艦も連れてきたかったが、最悪を想定すればコロニーの護衛。いざとなったら避難を希望する市民を乗せて離脱も想定し残してきたのだ。
「エネルギー結晶まで持っていきやがってこんちくしょうっ!」
「エネルギー残量レッド!」
「重巡洋艦損耗率レッド!」
「質量弾残りわずかっ!」
「ミサイル艦ミサイル残量ゼロ! このまま敵に船ごとぶつけると言ってきてますっ!」
「馬鹿野郎! それは最後の手段だっ! やるときゃ全員で行くわっ! 止めろ!」
獅子奮迅の活躍とは裏腹に、艦橋は完全なる鉄火場だ。
「レーザー艦ジェネレーター稼働率レッド! このままだと戦列から脱落しますっ!」
「こっちが合わせろっ! 粘れっ!」
スーサイはじっと待っている。相手が焦れるその瞬間を。焦って旗艦が顔を出す瞬間を。
「まだかっ!」
戦闘開始からそろそろ一時間。後先考えない全力戦闘に、部下達は良くついてきた。スコアはかつて無い撃墜数百二十五隻をカウントし、そこには五隻の戦艦すら含まれる大戦果。本音を言えば全力で撤退したいところ。だが、逃げ場はないのだ。
シュバイツの置き土産は実に悪質だった。後方から聞こえてくる報告は、例えここで必死に撤退したとして、駐屯地には物資が残されていない事実。もしそれらがリスト通りに残されていたら、もう少し何とか出来た。例えば第三艦隊の船の増援とか、後詰めの巡洋艦を呼び寄せるとか。そのことごとくを、シュバイツは潰してくれたのだ。
「まだかっ!」
部下達の悲鳴に近い報告を流して聞きながら、相手の旗艦が動くのをじっと待ち続ける。
しかし、現実はそう上手くはいかない。
「っ! ミサイル艦アトキ、メゼラ、グライズ爆散っ! 轟沈っ!」
「正体不明の攻撃ですっ!」
遅れだしていたミサイル艦やレーザー艦が次々爆発四散していく。
「どっから攻撃してやがるっ!」
長距離の攻撃を可能にするような装備をしている艦船は見当たらない。そも、エネルギーが残り少ないといって、一発で質量弾でもない攻撃で落とされるなど、あまりに異常だ。こんな馬鹿げた芸当が出来るとすれば――
「レガリアかっ?!」
こんな辺境地域の扮装に、まさかのレガリア投入する馬鹿がいるとは思わなかったスーサイは、その最悪に思いっきり肘掛けをぶっ叩く。
スーサイの受難は続く。
「巨大ドライブアウト反応っ!?」
「共和国軍後方にドライブアウト反応多数っ?!」
「ちくしょーめっ!」
ここでまさかの共和国軍の増援。これで、もうわずかに残されていた勝ち目は消えた。
「隊長! 退艦してくださいっ! 小型の宇宙船ならまだ逃げられますっ!」
「このままクヴァースへ帰還し、部隊を再編成して来てくださいっ! それまで我々が保たせてみせますっ!」
そんなモノは夢物語だ。そんな事は誰もが分かっている。ここでスーサイを失うのは帝国の損失だと、部下はそう信じているのだ。
「逃げられっかよ。この乱戦で正確に狙撃出来るレガリアが隠れてんだ。のこのこ飛び出したら、そこで打ち落とされて終わりだ馬鹿野郎」
「……しかしっ!」
「しかし、じゃねぇ。ここまで来たんだ、あのデッカイのは道連れにしようじゃねぇか」
部下からの言葉をバッサリ切り捨てたスーサイは、どっかりキャプテンシートにふんぞり返り、顎で大艦隊中央に鎮座する超大型戦艦、共和国のダロ・メットに狙いを定める。
「最期にデッカイ花火と行こうじゃねぇか」
「……機関室、残っているエネルギー結晶体を全部使用せよ。本艦は最終作戦へ移行する。残った僚艦も同様に行動せよ」
「伝令、目標、敵艦隊中央、共和国超大型戦艦ダロ・メット」
「シールド発生装置のチェック急げっ!」
「あんがとよ」
ガンガン飛んで来る高出力のレーザーやらミサイルやらを回避し、整然と美しく距離を広げ、そして最期の一矢となるためにジェネレーターをブン回そうとした、その時。
「っ?! えっ!? はあっ?!」
「どうしたっ! 問題発生か?」
「あ、通信です」
「通信だあ? 誰から?」
「ゼフィーナ大佐からです」
「はあっ?!」
勝手に辞めていった女が何用だ、とばかりに通信を開くと、鉄火場だった艦橋が沈黙に包まれる。
『新国家ライジグスの正妃、ジゼチェスの王冠、ゼフィリアナ・ボルフィナ・ジゼチェスである。勇敢なる帝国軍軍人らよ、大義であった。敵対国家共和国が我が国ライジグスの軍事境界線を侵犯したのを確認した。これより我らライジグス軍が対処を行う。帝国軍の諸君は退避されたし』
軍服のような、それよりもフォーマルな感じの衣装に、ヒラヒラしたトーガのような物を纏い、真っ赤な髪を美しい布でターバンの様に巻き、美しい宝石で飾り立て、額には美しく輝くティアラとレッドカーバンクル結晶のティアドロップ、首には金剛赤鉱合金のチョーカー、豊かな胸元には黄金のブローチと、今までのゼフィーナとは思えない、とんでもない美女がそこにいた。
『我が国ライジグスを侵犯せし蛮族どもに告げる。新国家ライジグスの正妃、オスタリディの王権、リジリアラ・オツッマス・オスタリディの名に於いて、これよりお前達を一切合切残らず殲滅する。恐れるならば今すぐ立ち去れ』
そして次に現れたのは、わりと人気が高かったリズミラだ。こっちもゼフィーナに負けず劣らず、それどころか普段のゆるふわガールが鳴りを潜めて威力倍増の魅力を見せる。
ベースはゼフィーナと同じだが、オスタリディの嗜みとして、より多くの宝飾品を身に纏っているのだが、ゴテゴテした感じは無く、魅惑的な美しさを醸し出している。
『こちら帝国撲滅艦隊総司令ニオサス・ユミキ・バーシ一等星だ。いきなりしゃしゃり出て何を抜かすかと思えば、ライジグス? そんな国家知らんわ』
『知らなくて結構。貴様のアホ面を二度と見る事もあるまいからな。引けばもう一度位は見る事もあるかもしれないが?』
『口を慎みたまえ。むしろ君たちがこちらへ投降するのなら、許さんでもないぞ? ぐふふふ』
何を考えて、ナニを想像しての提案か、一発で分かってしまう共和国の司令官の言葉を聞いた瞬間、ゼフィーナの表情が抜け落ちた。
「あ、やばい」
スーサイの直感がそう告げ、ほぼ反射的に叫んでいた。
「ジェネレーター出力最大でシールド防御っ! 陣形ポスティア!」
○ ● ○
FFFCC(フルフレンドフルカスタムカーニバル)ー001KKK(改三)プラチナギャラクティカの、まるでホテルラウンジのような艦橋に、凄まじい冷気が漂う。冷気を発生させているのは、先程までウッキウキで正妃衣装の自慢をしていたゼフィーナその人である。
「副砲エネルギー九十」
「正妃様、落ち着きましょう?」
「わたしは冷静だ。復唱」
「はあ、まあ、理解はしますけど……エネルギー九十、設定、充填開始」
金剛赤鉱合金のチョーカーにおしゃれな聖銀製の腕輪をしたオペレーターが、それとなく注意するが、効果はなかった。
「ついでにミサイルも打ち上げましょうかーそうですねー百発くらいー?」
「ですから正妃様、落ち着きましょう?」
「うふふふふーやですねー冷静ですよー? 復唱はー?」
「タッ君に怒られても庇いませんからね? 火器管制室聞こえたな? ミサイル百発エネルギー充填開始」
プラチナギャラクティカ。それは超大型客船レベルの船で、高性能な戦艦を作ったら楽しくね? という頭おかしいコンセプトの船である。積んでいるジェネレーターは、本来惑星規模の宇宙船を動かすのに使用される巨大ジェネレーターを、例のごとくマッド達が丹精込めて小型化し、それを複数載せているという、自重を知れ! と叫ばずにはいられないモノで、そんなモノでレーザーを打ち込めば……
「エネルギー充填完了」
「ミサイル準備完了」
「「射て」」
モニターでゲヘゲヘ笑っていた小汚ないおっさんが光に包まれ、ブルータキオンの爆発発光が連続して輝き、帝国撲滅艦隊とかいう大艦隊の半分が消滅したのであった。
そして、ただでさえボロボロだったスーサイの艦隊も、その攻撃の余波で行動不能状態へ陥ったというオチがついた。
スーサイ・ベルウォーカー。彼の受難は始まったばかりである。
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