第42話 れっつごーメイドタイム! むせるも添えて。

「服装チェック!」

「「「「はいっ!」」」」


 ズラッと整列した改造メイド服姿の少女たちが、彼女達よりも年齢が上な女性に号令され、キビキビと二人一組で前後に立ち、それぞれの服装を指さしでチェックしていく。


「笑顔チェック!」

「「「「はいっ!」」」」


 号令を出す女性は、首に金剛赤鉱合金のネックチョーカー、豊かな胸元に吊り下がるブローチ部分には世明けの光(ライジグス)のエンブレム。そしてその耳には聖銀のイヤーカフスにティアドロップ状の、瞳と同じカラークリスタルがイヤリングのように付いている。


 金剛赤鉱合金はヴェスタリア王家の象徴、ブローチはジゼチェスの印、聖銀はファリアスの名産品、瞳と色を合わせた宝飾品装着はオスタリディの嗜み、とタツローの正妃たちのイメージを取り入れた、つまりはエンゲージリングである。


 正妃は王族っぽくティアラとチョーカー、側妃はお洒落な腕輪とチョーカー、才妃は目立たないけれど主張するイヤーカフスとチョーカー、とそれぞれ決まっているのだ。


 チョーカーが統一なのは、彼女達曰く、俺の物感が一番強く感じるからたまらん、という理由だとか何とか。


 つまり、このメイドさんはタツロー嫁の一人である、という事だ。


「「「「チェック大丈夫です!」」」」

「はい、よろしい。それではメイド長からお話があります。少し楽になさい」

「「「「はいっ!」」」」


 ザッ! と音を立てて休め状態になるメイド達。どこからどう見ても軍隊の訓練風景にしか見えないが、ここでのメイド修行はこれがデフォルトなので、誰一人として疑問にも感じないので問題ない、んではなかろうか。多分、おそらく、きっと。


「シスターズの皆さん、見習い卒業おめでとうですの」

「「「「はいっ! メイド長っ!」」」」

「皆さんも今回の大掃除に参加する事を許可しますの。お道具の用意はよろしいですの?」

「「「「はいっ!」」」」


 ザッザッとヴェ・ガディ合金の長ホウキやらデッキブラシやらを取り出す少女達。どこから取り出したのかは見えない。道具の取り出しを見せるのは三流のする事、らしい。メイド長ガラティアのルールでは、そうなっているんだとか。


「よろしいですの。では五人一組六チームを作りなさいですの」

「「「「はいっ!」」」」


 ザザザッと一糸乱れぬ動きで、五人一組六チームを作り、バババッとそれぞれの掃除道具を両手で持つ。


「十人隊、テンマスターズ、一から六隊の隊長は前へですの」

「「「「はい」」」」


 アビゲイルの分析曰く、一人で帝国軍人(一般兵)千人分の能力があるとかなんとか。そんな選ばれた十人の内六人が少女たちの前に立つ。彼女達も勿論才妃で、カフスとチョーカーを装着し、慈愛に満ちた表情を少女達へ向けている


「どのような役割をさせるかは任せますの。こっちはこっちで忙しいので、フォローは出来ませんの。そこはしっかり肝に命じて下さいですの」

「ご心配なさらず。メイド長はメイド長にしか出来ない仕事がありますから」

「そこは信頼しますの」


 ガラティアは、外していたチョーカーと腕輪を身に付けると、満面の笑顔で立ち去った。


「オーダーの再確認を必要としている子はいますか?」

「「「「大丈夫ですっ!」」」」

「よろしい。ですが、今一度確認をします。ヒューマンエラーはどこにでも潜んでいますからね」

「「「「はいっ!」」」」


 深紅のティアドロップを付けた女性が、ゆっくり少女達を見回してから、噛み砕いて分かりやすい説明を口にする。


「難しい事ではありません。ご主人様の所有物であるこのコロニーを、不法に占拠、詐欺を行っている犯罪者達がいます。我々がこの犯罪者を一斉に掃除します。訓練は十分ですね?」

「「「「はいっ! 万端です!」」」」

「よろしい。今回の作業は、自分、テティスが総責任者を担当します。卒業と同時の大きな仕事ですが、手を抜かず、気を抜かず、怪我の無いよう注意して作業を行って下さい。いいですね?」

「「「「はいっテティス様っ!」」」」


 後に、バトルメイドなる職種が増える事となる大事件の幕が、落ちるより早く燃え上がるのであった。



 ○  ●  ○


「よしよし、これで良し」


 危機管理室の能力限界を越え、そろそろ潮時だと直感したラザディ・メルトランは、隠し資産と様々なデータをパクった記憶媒体を荷物に詰め、誰にも見つからないようにコソコソ非常用発着場を目指していた。


「バザム通商同盟宙域へ逃げて、そこでしばらくほとぼりが冷めるのを待って、新しい市民IDとか買って、共和国か別の国にでも再就職だな」


 自分の能力を信じて疑わない彼は、どこへ行っても引く手数多であると愚直に信じ、数年は遊んで暮らせるだけの資産で、どんな贅沢をしてやろうか、などと暢気な事を考えていた。


「マ、能力ガアッタラ、コンナ未来ハ無カッタンダケドナ、ダゼ」

「っ?! だ、誰だ!」

「がんほーがんほー!」


 きゅういぃぃぃぃんっ! という高音のモーター音がしたかと思ったら、物陰から直角に妙な物体が飛び出してきた。ずいぶんとレトロな感じの、古くさいサポートボットで、足元で盛大な火花を散らしながら、こちらへ突っ込んでくる。


「ちっ」


 ラザディは懐に忍ばせておいたレーザーガンを構え、数発サポートボットへ射ち込んだ。これでもラザディは元軍属であり、そこそこの腕前を持っており、軽く狙いを付けただけで、正確に光条がボットへ吸い込まれていく。


「たたかいに、ほこりなどない!」


 フィフン! フィフン! と軽快な重心移動で直撃しそうな光条をすり抜けるように回避してみせる。


「ちっ! 面倒なっ!」


 エネルギー弾倉が空になるまで連射し続けるラザディだったが、ボットはあり得ない程高機動で軽快で、まるでこちらの攻撃が全て読めているかのように、ヒラリヒラリとすり抜けて行く。


「じょうだんはなしだ。ルルはクソまじめな娘ちゃんだっ!」

「さっきから何だっ?! 何なんだお前っ?!」


 ボットから聞こえてくる舌っ足らずな幼女ボイスに、不気味さを感じてたまらず叫び、トリガーを引くが、どうやらエネルギーを全て使いきってしまったようで、カチカチむなしく音が鳴るだけだった。


「とったぞっ! ぶのわるいかけはきらいじゃないっ! すていくっ!」

「ソンナ物騒ナノ使ワセナイヨ? ダゼ」

「うぼあっ?!」


 懐に飛び込んできたボットが、そのちんけなロボットアームを、視認出来ない速度で腹を打ち、そのあまりの衝撃でザラディの目がグルンと白目を剥いた。


「にーに、ルル、もっとー!」

「ダーメ、本当ハ単独デヤルハズダッタンダゾ? ダケド連レテ来タダロ? コレデ御仕舞イダゼ」

「ぶーぶー!」

「ハア、コチラポンポツ。馬鹿A確保ダゼ」


 自分の中でジタバタするルルに、やれやれと肩を竦めながら、古くさいサポートボットであるところのポンポツは、自分より遥かに大きい男を引きずって戻るのだった。



 ○  ●  ○


 それは白と黒の悪魔であった。


「メイドがっ! ああっメイドがそこにっ!」


 悪行の限りをしてきた、公社の中で指折りの腐った部署警備部。ごろつきと紙一重でごろつき側な奴らしかいない場所に、野太い男どもの、聞きたくもない茶色な悲鳴が絶えず途切れず響いている。


「このっ!」


 バトルライフルの銃身が焼けるまで、エネルギー弾倉が底をつくまで、力の限り連射しても、ヒラヒラしたメイド服に身を包む少女達は、輝く笑顔で掃除とばかりにホウキで、ブラシで光条を叩き落としていく。


 ならば接近して組伏せれば、と不要に近づけば、逆に軽々ブン投げられて意識を刈り取られる。自分の半分程度の身長しかないのに、力でも負けるのだ。もう悪夢を見ているとしか思えない。


「何だよ?! 何なんだよっ?! やめてくれよぉぅ?!」


 大の男達がガチ泣きである。勿論その程度で手心が加わるはずもなく、無抵抗ならラッキーとばかりに意識を刈り取られていく。


 彼女達が警備部詰め所に突入して三分。動いてるのはメイドさんだけだった。


「確認っ! 抵抗勢力は隠れてないかっ!」

「確認っ!」

「確認っ!」


 ご丁寧に、隠れて難を逃れようとしている男達すら軽々制圧し、やりきった彼女達は素晴らしい笑顔で整列する。


「はい、よく出来ましたね。満点です」

「「「「はいっ! 有難うございますっ! これからも精進いたしますっ!」」」」

「そうですね。慢心、ダメ、絶対は素晴らしい標語です。その気持ちを忘れないように」

「「「「はいっ!」」」」


 間違いなく殺伐としているのだが、どうにも世界観がオカシイ。突っ込み不在のメイド行進曲は、公社が制圧されるまで止まる事はなかったのだった。

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