第41話 山吹色のお菓子を食い過ぎて、食中り

「どうして、どうしてこんな事に……」


 特務辺境遊撃部隊、第一艦隊の旗艦、帝国軍第八世代型超大型戦艦リ・ゼッヴァルの艦長室。かつて不敵に無駄に自信に満ち溢れていたシュバイツ・ニールセンの姿は無く、憔悴しやつれ疲労感を漂わせた、ブラック企業の社畜めいた死んだ魚の目をした男がそこにいた。


 自分に賛同し、帝国に、皇帝に不満を持つ拗らせたボンボン貴族集団。第一艦隊はそんな集団であり、上手く行っても下手を打っても一蓮托生。エサに釣られて、栄光の未来へ転進(撤退)した今、彼らを待っていたのは、とんでもなく冷たい重圧だった。



 運命の四日前――



 公社のゴタゴタに、隣人の壊滅、まさかのサイコパス野郎が危機を感じて逃げ出し、じっとりと確実に『あ、これアカンやつ』と感じていた時、その報告はもたらされた。


「い、今、何と?!」

「は、グランゾルト卿より秘匿通信が、シュバイツ様へ直接届いております」


 アリアン・ファコルム・グランゾルト。帝国七大公爵家筆頭にして、帝国で唯一、あの暴君皇帝を何とか操縦できる唯一の存在。普段は皇居に常駐し、いつでも皇帝の無茶振りに対応できるよう待機していて、滅多な事で帝国本星から出る事がない人物だ。


 可憐な、凛々しく、清純そうな麗しき女性でありながら、そのやり口は苛烈を極め、帝国の大黒柱と言わしめるだけの性質を持つ、そんな雲の上の人間の名指しの、それも秘匿通信……昨今の状況から、何とも粘りつく冷たい汗が、ゆっくり死神の鎌にでも撫で付けられるように、背中を流れ落ちるのを感じずにはいられない。


「シュバイツ様?」


 伝令を伝えに来たのは、普通にシュバイツと関係が無い一般通信官である。シュバイツが何を感じ、どうして愕然としてるかなど、帝国軍人である事を誇りに思って、仕事と任務を実直にこなしている彼が知る由もない。


「そ、そうだな。こちらに回してもらえるかな?」

「はっ! ではこちらを。本官はこれで失礼いたします!」


 秘匿通信の暗号パスワードをシュバイツに渡した彼は、見事なまでに洗練され、神々しさと美しさを感じる帝国式敬礼をビッチリ決め退室していった。


 そんな敬礼を忌々しそうに見つめ、心を落ち着けながら、プライベート端末に暗号パスワードを入力し、通信機を起動させた。


「こちらはクヴァーストレード……」

『遅い』

「っ?!」


 ゾッとする位低く、顔が引き吊る威圧感を湛えた一言に、瞬間、シュバイツの背筋が伸び上がる。座高が十センチは伸びたんじゃなかろうかと思うくらい、ビキリと体が一直線に固まる。


『シュバイツ・ニールセン。やってくれたモノだな?』


 アリアンの睨みに、シュバイツの喉が小さな悲鳴をひゅいぃと鳴らす。


 アリアンがここまで威圧的なのは、八つ当たりだ。つい先程までタツローに散々圧迫面接されていたストレスを、これ幸いとばかりにシュバイツへぶつけているのだ。


『ゼフィーナ・ポルフォス……いや、ゼフィリアナ・ポルフィナ・ジゼチェス、リジリアラ・オツッマス・オスタリディ両配下の「エペレ・リザ」の謀殺失敗、やってくれたな? 貴様』

「はっ、い、いえ、自分はそんな大それた……は、ぇ?!」


 ジゼチェス、オスタリディ。その家名にシュバイツの顔面から、血液どころか別の何かまで抜け落ちていく気分を味わう。


 帝国が国家として認められる礎となり、今現在でもそれぞれの一族が声高に王権復活を望む、かつての星間国家でも最有力で格式歴史共にがっちがちのガチな国の王族血族の家名だ。


『ユータス・エブレ・カエルサレに何を吹き込まれたか知らぬがな? その愚かな野心により奴は皇帝陛下に直接天誅をいただき、既に墓の下だぞ。後ろ楯を失って良かったな? 三下』

「ユータス様が、亡くなった……」


 シュバイツの自信の源は、七大公爵家軍事のカエルサレ家の後ろ楯があったからだ。ましてや『エペレ・リザ』の始末は、ユータス直々の命令だった。


 シュバイツは自分の足元が崩れ去る幻を、確かに見た。


『もう何もするな。二度と言わん。お前はそこで動かず騒がず耳を塞ぎ、このグランゾルトが到着するまで身辺整理をして待っていろ。特務辺境遊撃部隊の指揮権は第二艦隊のスーサイ・ベルウォーカーへ渡せ。お前に拒否権は無い、いいな?』


 そこまでで通信は強制的に遮断され、ブラックアウトした画面に、亡霊のような自分の顔が映し出される。


 終わった。自分だけでなく、実家もこれで断絶だ。それで終わればまだ温情、あの皇帝とグランゾルトだ、四親等くらいまで粛清される可能性もある。


 力無く椅子にもたれたシュバイツ。呆然と呆けたように、まるで人形のように動かなくなった彼を、通信機の呼び出し音が正気に戻す。


 億劫な気持ちで相手の名前を確認すれば、ニブムとある。あのサイコパス野郎からの通信だと? 一度だってそんな真似をしなかった人物からの通信に、自然と指が動いた。


『ひゃひゃひゃひゃ! 良い破滅日和ですな! シュバイツ殿』

「……」


 ああ、こんなんだったなコイツ、とうんざりした気分で睨み付ける。だが、サイコパスには通用しないようで、それすら嬉しそうにビクビク嬉しそうに痙攣している。


『我が教団では破滅は受け入れるべき神のご意志。ですが、素直に破滅を受け入れるのは教義の上では邪道とされております』


 何を言ってるんだコイツという目を向ければ、やっぱりサイコパスはビックンビックン痙攣する。もうやめて、俺の精神力はプッツン寸前だ、などと内心で逃避し始める。


『ニブム様では時間がかかるので、面倒ですが自分から説明を』


 ニブムの従者的ポジションだった、ジムズという青年がニブムを押し退け、画面を占拠した。


『共和国の帝国撲滅艦隊が編成されます。そこへ教皇様直属のレガリア部隊が参加し、クヴァーストレードコロニーへ強襲を仕掛けます。コロニーを素早く制圧し、その後に共和国軍の第一軍が後詰めとして進軍予定です。どうですか? 手土産を持って参加しませんか?』


 朗報だ。これ以上無いくらいの朗報。


 このまま座して死を待つより、第一艦隊丸々共和国へ手土産として持っていき、何なら内部情報も持っていき、それを功績として取り立ててもらえば……絶望から希望が見え、シュバイツの口許に笑みが浮かぶ。


「委細承知した。部下も喜び勇んで戦うだろう」

『ええ、そうでしょうね。では』


 こうしてもう後が無いシュバイツたち、現実を見ないボンボンたちは、第一艦隊をパクって失踪したわけだが……



 現在――



 喜び勇んで飛び出し、共和国の対帝国撲滅艦隊へ参加、出来たまでは良かった。しかし、現実は非情であった。




「まずは誠意をお見せいただきたいのですよ」

「誠意、だと? こちらの情報では足りないと?」

「有り体に言えば、その通りです」

「……」


 撲滅艦隊を実質的に動かす、中位二等星。帝国ならば自分より遥かに階級下の男が、は虫類を思わせる冷たい眼差しでこちらを見つめる。


「予定では、十分に弱体化したコロニーへ、こちらの撲滅艦隊が強襲をしかけ、中期的な作戦で制圧する事を指針にしてました。ですが、協力者の無能で作戦変更を余儀なくされています。それで帝国の精鋭? ですか、を持ってきました情報もあります、で釣り合いが取れるとでも?」

「ぐぅっ」

「しかも、持ち出せた情報が、まるで役に立たないとなっては、二重スパイ容疑をかけられてもおかしくありませんよ?」


 帝国駐屯地には、マヒロが張り付いており、彼らが四苦八苦して盗み出した情報は、まるで無意味な情報しか無かったのだ。それに、進軍の様子を見た彼は、こいつらが大して役に立たない類いの、自分の上司と同じ類友であると見抜いたのだ。


 彼らと一緒にやって来た、公社の支部長とやらも大した情報を持ち出せておらず、コロニー制圧に使う情報の不透明性に、正直、男の頭は痛いし胃も重たい。


 だからこその意趣返しという名の、共和国的に実利ある提案を持ち出した。


「一番槍は譲るので、勇猛果敢に敵を撃滅してもらいます」


 第一艦隊の最前線配置が決定した瞬間である。




 実戦経験というのは、先の宙賊撃滅戦が初であり、しかも最初から通じ合ったごっこ遊び。精鋭なのは第二、第三艦隊であり第一艦隊は違う。その事を十分に理解している第一艦隊所属の軍人たちは、士気だだ下がり状態だった。


「こっちは数が多いんですから、何とかなるんじゃないですかね?」


 気楽な妄言を吐き出す副支部長ダレイモへ、シュバイツは呆れた視線を向けずにいられなかった。


 シュバイツとて帝国士官学校は卒業しているのだ、それなりにエリートである。間違いなくこの階級までは、自力で登ったわけで、艦隊戦の難しさ恐ろしさは理解している。その点で冷静に判断するなら――


「被害甚大だろうな」

「は?」

「ふ、貴様には分からん。支部長の尻でも舐めに戻ったらどうだ? お前の受け持ちだろう?」

「……失礼しました」


 勝手にやって来て勝手に去っていくダレイモ。シュバイツは疲れた表情で、椅子にもたれる。


 スーサイ・ベルウォーカー。第二艦隊を率いる生粋の帝国軍人。自分と同期であり、首席卒業をかっさらっていった男だ。あの男を相手に先陣を切り、戦果を出せ……悪い冗談過ぎる。今の地位だって、嫌々ながら部下達に後押しされて就いた地位なのだあいつは。まぎれもなく、純度百%の生粋の帝国人、脳筋野郎の戦闘狂だ。


「はあ、私の夢が」


 このまま帝国貴族として生きたとして、皇帝が頂点にある限り未来は存在しない。そこから脱却するのに、辺境のレガリアコロニーを入手して足掛かりとし、独立する。新興の貴族の未来は、力業を用いらなければ開拓できない所まで来ているのだ。


「神はこれを乗り越えて見せろ、そう私に言われているのだろうな……」


 神が聞いたら爆笑されて終わりそうな言葉を呟き、シュバイツは部隊編成を、何十回目になるか分からない見直しを行うのであった。

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