第32話 初心者講習というガチンコ喧嘩祭り

 講習。それは一種の授業。


 俺がパッと思い浮かべられるのは、運転免許書の安全講習とか、違反者講習とかそんな奴だ。


 こうこうで危険があり、このようにやれば比較的安全な運転ができます、的な動画とか講師の人の説明だとかを聞いて終わるような、そんなのが講習だと思っている。平和的にな。


 そういうもんじゃん? だから講師と生徒が怒鳴り合うのを講習とは呼ばないだろう? それは絶対だ。ではこの状況はなんだろうね?


「てめーらクソ野郎が依頼主に喧嘩売るから依頼が減ってんだ、理解してるかこの馬鹿野郎どもがっ!」

「あ”ぁ”ん?! 舐められたら終わりだろうがっ! 女ごときがでしゃばってくるんじゃねぇっ!」

「そうだ。オレらは問題をしっかり解決している。依頼主に媚びを売る事まで仕事にしていない」

「その依頼主からオゼゼもらって生かされてるって考えができねえのか! 馬鹿か!」


 罵声と怒号が四方八方から飛び交うこの状況、もう開始からずっとこの調子なのだ。


 どうしてこうなったのか、理由はとても簡単だ。講師役が女性だったから。


 いや、俺とシェルファは感心したんだよ? 歩き方とか身体の運びとか、それこそ周囲に向ける気の配り方とか、完全に熟達した戦士の貫禄だったからね。この人が講師なら安心だと思ったよ、うん。


 ところがどっこい、講習に来ていた有象無象どもが反発した。理由は、女はすっこんでろ、ただそれだけの理由だ。


 もうね、頭悪い通り越して、頭入れ換えたら? レベルの酷さだ。ここの野郎共全員でも、この姉さん一人に勝てないって理解できないらしい。


 それに言ってる事も頭悪い。仕事をもらっている立場で、仕事をこなしてやってんぜ、って上の立場からモノを言ってるのがね、本当にダメだと思うんだわ。


 このままここにいたら、俺まで頭が悪くなりそうだ。


 うーん、こんな不毛な講習受けんでも良かったかね? ランク上げとかマジでどうでも良くなってきたわ。


 どうやって抜け出そうか考えていると、周囲が盛り上がってきて、隣の小汚ない男が汚い笑顔を向けてくる。


「お前もそう思うだろ?」


 まるで同調圧力しろ、とでも言うみたいに、隣の小汚ない男が手を肩に置く。すんげぇ面倒くさいから、思いっきり手首のスナップを効かせて、害虫でも叩き落とすように払う。


「なんだよ!」


 なんだよはこっちだ。面倒臭い。


 やれやれ、話が進まなきゃ終わらんか……仕方ない。せーの。


「「「「っ?!」」」」


 少し強めに威嚇すると、ギャースカ騒いでいた野郎共が、一斉に黙り込んだ。んだよ、どんだけ肝っ玉小さいんだ、こいつら。


 ま、これで話が進むか。よしよし。


「せんせー講習を進めてくれない? これ以上無駄な時間を過ごしたくないんで」

「そうね。ありがとう」

「いえいえ」


 全員まとめて、ルルは除く当たり前だが、威嚇したんだが、講師役の女性はケロリとしている。さすがだね。


 女だ何だと騒ぎそうだし、そのまま威嚇した状態で話を聞くと、なんて事はない。会社とかで入社した時にやる研修みたいな内容だ。いわゆる、社会通念上のマナーやルールを重視して、円滑な人間関係を構築していきましょうって感じのアレ。


 逆を言えば、周囲の奴らはそれすら出来てないって事で、そりゃーならず者判定されるわ。つーか単なる馬鹿の集団じゃねえか。


 誰も騒がないからサクサク進み、質問もなにも出来ないからテキパキ進行する。そうしてさっくりと講習が終了した。


 でもなぁ、こんなんでこいつら理解すんのかね? いわゆるシャイニグ馬鹿の類いだと思うんだが。


 俺がそんな事を考えていると、講師役の女性がニヤリと肉食獣のような笑顔を浮かべた。


「さて、堅苦しい話はこれで終わり。今さらだけど自己紹介をするわ。あたしの名前はファラ、ギルドのランクは五よ」


 女性の名前を聞いた野郎共が、閃光だの一閃だのと騒ぎ出す。彼女の事は知らないが、ギルドランク五という意味は理解できる。一流と二流の中間くらいで、普通にかなりの凄腕だ。ランクを聞いて宙賊が泡を食って逃げ出す程度だな。


「先ほどまでありがとう。あんたらの理屈は理解したわ。つまり、自分達はもう十分に一人前って言いたいわけよね?」


 すげぇ、こう、口が裂けていくんじゃないかって笑顔をこっちに向けてくるんですが。おーこわ。


「感謝しなさい? あたしが模擬戦の相手をしてあげるわ。シミュレータルームへ来なさい。全員強制参加よ」


 ニッコリと微笑み、出口を指差すファラてんてー。わー男前ー。すげーこえー。


 一部の野郎が逃げようと視線を走らせるが、てんてーは見逃さない。


「逃げるなよ?」


 わー男前ー。すげーこえー。


 逃げるのは無理と理解したのか、ドナドナ状態でゾロゾロ移動し、入会試験を受けた時に利用したシミュレータルームへ。


「自分が使ってる規格のシートを使いなさい。ああそうそう、面倒だから全員一辺に相手してあげる。とっとと準備しなさい」


 あーなるほどねー、つまりこっからが本当の新人講習だと。一流どころの講師を用意して、舐めた態度をある程度見逃して、その後に模擬戦でボッキリ折っていくと。


 あれ? これ、俺が混ざるとダメなんじゃ?


「タツロー様、ギルドマスターが緊急の用件があるようで、すみませんがマスターの部屋までお越し願えますか?」


 ちょっとどうしようかワタワタしていたら、さっきの受付嬢が大声で俺を呼び出した。なるほど、ここで連れ出してくれるってわけか。


「へーい、じゃすんませんが」


 先生に頭を下げ、んじゃすまんね、と片手を上げて部屋から出る。


「はあ、助かった」


 ちょっとドキドキしてしまった。そんな俺の様子にシェルファがクスクス笑い、その笑い方をルルが真似をし、煽るようにポンポツが同じ姿をする。君たち仲が良いね?


「ご協力有難うございます。よろしければこのままマスターの部屋までどうぞ。そこでこの講習の締め括りが見れますよ?」

「ほーん」


 どうしようかな。うーん。でも、そうだなぁ、見といた方がいいんかな。


 ゼフィーナとかリズミラとか、他の軍属だった皆から、俺の戦い方は異常すぎて現実味のないビジュアルディスク(この世界の映画の総称らしい)みたいだ、と言われてるから、一度普通の戦いって見といた方がええのかも。よし。


「じゃ、お邪魔します」

「はい、ではこちらへどうぞ」


 受付嬢に案内されて建物の最上階、結構立派な扉がある部屋の前に連れてこられた。


「マスター、タツロー様方をお連れいたしました」

「はい、どうぞ」


 立派な扉を開ければ、豪華とは違う、スタイリッシュなまとまり方というか、うるさくない内装で、それとなく気品やら豪華さがある静かな迫力というか、そんな部屋に通された。


「そっちのモニターで見れますよ」

「あ、どうも」


 どうやら仕事中らしい。いやまあ、そりゃそうだろう。ちょっと心苦しさを感じながらも、モニター前のソファーに座って講習最後の勝負を見る。


「とと様」

「お? あーはいはい」


 どうやら膝の上が良いらしい。ひょいっと膝の上に乗せて、よしよしとお腹を叩けば、お嬢様は大満足だ。


 その様子にクスクス笑いながらシェルファが俺の左に、やれやれと呆れながらポンポツが右にそれぞれ座った。


 モニターには縦横無尽に飛び回る白銀色の

宇宙船と、その他有象無象が戦っている。白銀色の船がてんてーの持ち船……ん?


「あー、聞いてもいいか?」

「はい、どうされました?」


 まだ近くに控えてくれている受付嬢へ、感じた疑問をぶつけてみる。


「俺の入会試験の時って、用意されたデータの船使ったけど、彼らの乗ってる船って彼ら自身の持ち船?」


 俺の疑問に、受付嬢は『あ、やべっ』という表情を浮かべた。何で?


「あの時の試験は不誠実だった、という話なんですよ。本来は、自分の船のパラメーターを使ってシミュレーション試験を行います。当たり前ですよね? その船で今後活動するんですから」

「……なるほど、確かに優秀だわ」


 受付嬢が答えられなかった事を、ギルドマスターが教えてくれた。ほんと、あのおっさんすげぇな、色々と。


「で、どうですか? この支部でも一番の腕を持つ『閃光』のファラの戦い方は?」


 書類データに目を通しながら、ネイさんが聞いてくる。俺は改めてモニターへ目をやり、彼女の戦い方を観察する。


「無難かな」

「無難、ですか?」


 敵船の射線を利用して同士討ちを狙うような軌道を飛び、一撃離脱を繰り返して、必ず一対一の状況へ持っていく。凄く堅実で、凄く無難なやり方だ。


 相手の船の性能を見越してるし、自分の船の性能がどれだけかも理解している。絶対に無理をしないし、冒険心を出さない……なるほど、俺の戦い方を異常だと言うのも分かるなぁ。今度から気を付けるか? でもなー、手の内隠してアボンとか笑えないしな。


「気にしなくていいと思いますよ?」


 俺の悩みを見抜いたのか、シェルファがクスクス笑いながら言ってくれる。


「そうかな?」

「ええ、実力が下の人間に合わせる必要もありませんよ」

「そりゃそうか」


 あははと二人で笑い合っていると、ネイさんと受付嬢の視線がじっとり冷たい事に気づく。


「こほん。あ、あー、すごいなーあこがれちゃうなー」

「ソリャ無イダロ、棒読ミスギンダゼ」

「うるさいよ!」

「すごーすごー」


 わいわいがやがやしているうちに、ファラという女性が圧勝という形で講習は幕を閉じた。


 一般的な戦い方を見れた。俺がかなりおかしいってのは理解した。理解しただけだけどね。まあ、知らないよりかはいいでしょ。


 見るもん見たから帰えんべ。


「さて、帰りますか」

「はい」


 はてさて、帰ったら少しはのんびりしようかな、そんな事を考えていたら、外からドタドタ激しい足音が響いてきて、扉が吹っ飛んだと錯覚する勢いで開き、一人の女性が飛び込んできた。


「君! 是非、あたしと模擬戦をしなさい!」

「はい?」


 どうやらまだまだ、クランハウスへは帰れないようだ。

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