第30話 遅く起きた朝は。

 Side:シェルファ


「あんねーそんでねーとと様とにーにとねー」


 目の前で愛らしい仕草で、本当に嬉しそうに話す女の子、ルルちゃんの様子に、私は本当に助かったんだという実感が生まれる。


 あのおぞましい体験が時々フラッシュバックするけれども、タツロー様に強化調整された私の精神は、それを何でも無い事だと言わんばかりにねじ伏せてしまう。とても助かるのだけども、出来れば忘れてしまいたいわ。


「ねーね?」

「ん? どうしたの?」

「だじょぶー?」

「うん、だじょぶー」


 上手く笑えているだろうか、上手く誤魔化せているだろうか。


 本音は、とても不安でしかないの。


 これから私はどうすれば良いんだろう。どうやって生きていけば良いんだろう。どうすればここから捨てられずに生きられるだろう。自分でも嫌になるくらい身勝手で、だけど怖くて、頭の中がグルグルってわーってなっているわ。


「おやおや、辛気臭い顔をしてますの」

「え?」


 ガラティア様だ。タツロー様のメイドで、この凄い施設を一人で管理できてしまう凄い人。私と違って、色々な技術を持っている人。


「ルル様、とと様の格好良いところ見に行きますの」

「やふー! みるー!」

「ほら、貴女も来なさいですの」

「え? あ」

「はあ、いいから来なさいですの」

「……はい」


 ガラティア様に連れられて、私はこの施設にある訓練ルームへ向かう。


 すれ違うメイドさんたちが、何だか色々言いたそうな表情で立ち止まるけれど、ガラティア様に注意されて慌てて立ち去る。そんな事を繰り返しながら、私たちは訓練ルームへたどり着いた。


「これはガラディア殿。貴殿もタツロー様の見学に?」

「そんなところですの」


 そこには帝国軍、いえ今はタツロー様に忠誠を誓い、タツロー様の私設軍隊へ入隊したゼフィーナ様とリズミラ様、あとお名前は知らないけれども、きっと幹部級の人たちが沢山いらっしゃった。


 全員が全員、私なんかと比べるまでもなく、凄く輝いて美しい女性ばかりだ。


 美しい女性達に囲まれて、かなり気後れしている私を放置し、ガラティア様が近くに待機していたヘンテコなサポートロイドを呼んだ。


「ポンポツさん、ルル様をお願いできますの?」

「ウィー、マイシスターカムン! ダゼ」

「うぃーだーい!」

「ソレデハ死ンデシマウダゼ」


 ヘンテコなサポートロイド、凄い安っぽい外見してるのに、凄い高機能なポンポツ君へルルちゃんを預けたガラティア様が、『さて』と呟きながら私を睨んだ。


「よろしい? 胸ばかり大きくて頭はカッスカスな貴女でも、見れば分かる努力の形を教えて差し上げますの」


 ガラティア様が、すっと指差した先には大きなモニターがあり、そこではタツロー様がタツロー様に良く似た人物と戦っていた。いえ、戦いになっていない、一方的に殴られている様子が映し出されている。


「……これ、は?」

「訓練ですの」

「こ、これが、く、訓練です、ですか?」


 私にはどんな攻防が行われているか、ほとんど見えない。でもタツロー様が苦しそうな表情で殴られている姿はどうしてか、しっかり目で追えてしまう。


 ルルちゃん情報で、タツロー様が一人であの男達を倒したと聞いていた。無傷で圧倒したとも聞いていた。それが、これは……。


 しばらく言葉も無く、ただただ呆然とその様子を見ていた。


「頭が無いから騙される、力が無いから奪われる……ではどうしてそれらを持つ努力をしませんの?」

「……え?」


 どうしてこんな辛そうな事をしてるんだろう? そんな私の表情を読み取ったのか、ガラティア様が厳しい口調で私に問いかける。


「羨むだけで手に入りますの? 嫉妬しただけで賢くなりますの? ねだっただけで全てが転がって来ますの?」

「……」


 言われている事は正論だ。とても耳が痛い正論。私の甘ったれた心へ、ガラティア様の言葉はナイフみたいに刺さる。だから私は何も言葉を返せなかった。


 そんな私に呆れたのか、ガラティア様はため息混じりに、だけど今度は優しく感じる口調で語ってくれた。


「よく見るですの。何も持っていないと自覚して、何も才能が無いと悲観して、それでも足掻いて足掻いて泥を啜ってでも、汚物を食らってでも、それでも前へ進もうとする人間の姿ですの」


 言われてる意味は分からない。何も無い?   才能が無い? タツロー様が? 


 よく分からない。よく分からないけれど、そうしろって言われるなら、今度はしっかり見る。目をそらさずに真っ直ぐ、タツロー様のように。


「あ」


 見えた。タツロー様が何をしてるかも、タツロー様に似た人物が何をしているのかも、全部私は見える。


 ああ、なんて私は馬鹿かしら。勝手に自分の心情を勝手に夢見ていただなんて。


 タツロー様はちっとも苦しそうな顔していないじゃないの。何を私は見ていたの。あれは、友達と遊んでる男の子の顔だわ。


 相手をしている似ている人も、視線で態度で行動で、ほらもっとついて来い、もっとやれるだろ? ってそんなやり取りをしている。嫉妬しちゃうくらいに相思相愛で、羨ましいくらいの友情だ。タツロー様はきっとあの人に追い付いて見せたいんだ、きっと。


 二人の姿を夢中になって見ていると、苦笑混じりのゼフィーナ様達の声が聞こえる。


「しかし、タツロー様は凄い。わたしならこの時点で満足してしまうだろう」

「そうですねー凡人と天才の差、でしょうかー?」

「馬鹿言ってるんじゃないですの。タツロー様は超凡人ですの。天才は相手をしている化け物だけですの」


 ゼフィーナ様やリズミラ様、ガラティア様達のやり取りを聞きながら、私はずっとタツロー様の姿を追いかけていた。


 苦しいだろうに、痛いだろうに、辛いだろうに、それでも進むことを止めない。止めるという選択肢が、最初からないんじゃないのかしら。


 あれはきっとたぶん、タツロー様を突き動かしてるのは、憧れなんだと思う。自分が憧れている人に、憧れてるからこそ、その気持ちを裏切れない……進む先にきっと、絶対に、理想の自分があると信じて。


「……そうなんだ」


 うん、そういう事か。なるほど、どうしてガラティア様が私をここへ連れてきたのか、凄い分かったわ。


 確かに私は身体だけ立派な小娘だ。もう私は戻れないって理解してなかった。


 お父さんもお母さんも、いないの。生まれ育ったコロニーへ帰れない、だって私の家はもう無いんだから。


 もう甘える時期は終わってしまったの。私は何も知らない出来ない小娘ではいられないのよ?


 ねぇシェルファ、貴女は何をしたい? 貴女は何になりたいの?


 自分に問いかける。私は、そう、私はタツロー様と一緒に居たい。


 あの時、ただ馬鹿みたいに叫ぶしか出来なかった私に、ただ真っ直ぐ力強く勇気づけてくれた、あの美しい瞳で見てもらいたい。あの人の隣で、あの人の傍らで。


 あの人と共に歩くにはどうすれば良い? あの理想へ凄い勢いで走ってる男の子へ、私が追い付くにはどうすれば良い?


 簡単じゃない。覚悟を決めなさい。私もあそこと同じ場所へ立てばいいのよ。


「ガラティア様。私に技術を教えてくれませんか?」

「ほほぅですの」


 さあシェルファ、宣言しましょう。ここにいる全ての女性が、きっとそのポジションを狙っている。私よりも才能溢れる女性達が必死で努力もしている。


 絶対に渡さない。絶対に私が手に入れる。私が私の手で私だけの物にするのよ……さあ、その宣言を。


「私をタツロー様……いえ、タツローと共に歩いていけるに鍛えて下さい」


 そう、私がタツローさ、タツローのパートナーになる宣言を。

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